第18話 ~ この方をどなたと心得る ~
外伝Ⅳ第18話になります。
よろしくお願いします。
「『復活の証文』ですか……」
ムルネラは声を震わせた。
甲冑騎士は鉄靴を鳴らし、ずけずけと教会内に入ってくる。
「改めるぞ」
「お待ち下さい」
騎士の後を追った。
地下室へと降りていく。
どうやら在処を把握しているらしい。
ムルネラは爪を噛んだ。
考える。
心当たりは少ない。
思い当たるとすれば、最近公文書館の役員に一部の『復活の証文』を見せたことぐらいだ。
不正なことは何もやっていない。
証文に関しては、紛れもなく本物なのだ。
それを改めるとは一体……。
「あのぉ……。わたくしに何か瑕疵がございましたでしょうか?」
「私は命じられたに過ぎない。あの方にな……」
「あの…………方…………」
ムルネラは思わず口を噤んだ。
ぼやかして言うことすら恐れ多い。
まして名前など呼べるはずがない。
それほど高貴な方なのだ。
騎士とともに地下の書庫へと入っていく。
ムルネラは壁にかかった松明に火を付ける。
オレンジの光が部屋を包んだ。
「調べさせてもらうぞ」
整然と並んだ棚。
その引き出しを引き、書類を調べはじめる。
「お手伝いしましょうか?」
ムルネラは声をかけたが、返事はない。
騎士は黙々と作業を続けていく。
1枚の書類を見つけた。
注視したまま、騎士の動きが止まった。
思わずムルネラは喉を鳴らす。
「み、見つかりましたか? お探しものは?」
恐る恐る尋ねた。
「逆だ」
「は?」
ムルネラは首をひねる。
「本来見つかってはいけないものが見つかったのだ」
「……ど、どういうことですか?」
「どういうことだと!!」
騎士は激高した。
ひぃいいい、と情けない声を上げて、ムルネラは倒れる。
カッと開いた目の間を、脂汗が駆け抜けていった。
恐怖に顔を歪ませる教会の司祭。
騎士は手を緩めない。
証文を突き出し、ムルネラに迫る。
「達しがいってるだろ? 遺体を運んだ冒険者の『復活の証文』は破棄しろと」
ムルネラはさらに目を大きく広げた。
「あれには重大なミスがあったのだ。すでに公文書館の方は破棄した」
「な――」
「他の教会にも伝えてあるぞ」
「お、お、おお、お待ち下さい! 私は聞いておりません」
聞いていたのは、厳重な管理だ。
ついさっきもそう念を押されたところだ。
しかし、王城で何があったか、ムルネラは知らされてはいない。
「本当か?」
「誓って申し上げます。私が指示されたのは証文の厳重管理で」
「指示された?」
「証文の破棄など何も――」
ぬらりと鞘から剣が引き抜かれる。
刃が松明の明かりを反射する。
その光が、ちょうどムルネラを両断するように照らした。
「貴様……」
怨嗟の声。
ムルネラは再び悲鳴を上げる。
足を掻きながら後ずさる。
股ぐらに黒いシミが広がった。
「一体誰の指示で動いていた?」
「指示でって、そ、そそそれはあの方……」
「貴様の言うあの方は誰だ。本当に我が君主か?」
「プリシラ様に誓って!」
「では、何故破棄を要求した証文が残っているのだ!」
「違う! 私は聞いていない!」
「貴様の主君は誰だ!!」
「ジメル様です。我が君主は国務大臣ジメル・ボクオール様に他なりません!」
ムルネラは叫ぶ。
密閉された地下で、叫声は何度も反響した。
ムルネラは涙を流していた。
鼻水を啜り、口から涎を垂らしている。
「あ、あああ…………。あ――あ、あ……」
口をぱくぱくと動かしている。
カエルというよりは、魚を思わせる。
目の前に騎士の剣が閃いていた。
刃がよく研がれている。
少し近づいただけで、顔が割れてしまいそうだった。
しかし、その刃がゆっくりと離れる。
思わずムルネラは「ふぇ?」と声を上げた。
「――だ、そうだ」
ちん、と音が鳴る。
刃は鞘にしまわれた。
騎士は入り口の方を見る。
ムルネラも倣い、首を回した。
人が立っていた。
書庫の入り口に。
見覚えのある背丈だった。
フード付きのローブをすっぽりと肢体を隠している。
おもむろにフードを脱ぐ。
上品な仕草だった。
指先も細い。
「あ……」
反射的に声を上げた。
這いつくばりながら、身体を向けた。
「お前!」
現れのは少女だった。
頭に耳がついた。
白い髪の獣人の少女……。
「お前、この前『復活の証文』を探しにきた」
「あらあら……。覚えてくれているの。光栄といった方がいいのかしら、司祭さん」
「なんでこんなところに……」
いや……。そもそも……。
「お前、捕まったはずじゃあ」
「やっぱり勘違いしていたのね」
少女はおもむろに頭に手をかけた。
自分の耳を掴む。
すると、スポンという感じで耳が取れた。
目を丸くする。
カチューシャに獣の耳を付けた作り物だったのだ。
ハラッと束ねた髪が垂れる。
白い髪が広がった。
綺麗な髪だ。
だが、どこか背徳めいた感じがする。
あまりにも白すぎて、職業柄――骨のように見えた。
「貴様、何者だ……」
自らの言葉の1つ1つを飲み込むように尋ねた。
少女は視線を外す。
ちらりと甲冑騎士を見つめる。
小さく肩をすくめた。
ほらね、というように……。
「私って深窓の令嬢だから」
「自分で言うな」
仲よさげに2人は掛け合いをはじめる。
やがて騎士は兜を脱いだ。
これまた女の顔が現れる。
流れるような前髪を垂らし、黄緑色の瞳を光らせた。
見たことがあると思ったら、先日少女に同行していた女だった。
「き、貴様ら。一体どういうつもりだ?」
「どういうつもりはこっちの台詞よ、ムルネラさん」
「一部始終は見せてもらったわ。……さっき棺桶を運んでいった連中も衛士に、今頃衛士に捕まっているはずよ」
「な、にぃいい!」
ムルネラの大きな口がさらに大きく開かれた。
「答えてもらおうか……。お前とジメルの関係を」
「じ、ジメル……。なんのことだ?」
「白を切るつもり?」
「私はしかと聞いたぞ。お前からジメルの名を」
「は! だからどうした? お前のような卑小なものがぴーちくぱーちく囀ったところでどうだというのだ?」
「なら、きちんとした身分の人間が聞けばいいんだな?」
「ああん?」
ムルネラは眉根をひそめる。
すると白い髪の少女が懐をゴソゴソとまさぐる。
取り出したのは手鏡だ。
その裏を、ムルネラに向けた。
司祭の顔が驚愕に歪む。
そこに刻まれていたのは紋章だった。
「ローレス王家の……。まさか……!」
それは以前、少女が官吏を名乗った時、差し出した短剣とは別の意味合いを示していた。
ローレス王家に使える家臣は、その身分を証明するために紋章がついた武器を王より戴く。
一方、王家のものがその身分を証明する際、武器とは別のものが差し出される。
王は玉璽を。
王妃は髪飾りを。
そして――。
王女には手鏡を渡される。
ムルネラはそのことを知っていた。
教会は建てる際、公文書管理の資格が必要になる。
その勉強の過程で知ったのだ。
いつか王に拝謁する機会があるかもしれない。
そんな浅ましい夢をいただいていた男は、失礼がないようにと覚えていた。
女騎士が横に並ぶ。
少女から紋章を付いた手鏡を受け取ると、差し出した。
「ひかえおろう!」
腹から声を出して、女騎士は叫んだ。
「この方をどなたと心得る。先の王妃の忘れ形見!
ローレス王息女ローラン・ミリダラ・ローレス様なるぞ!!」
女の声は地下に突き刺さった。
「ははあああ」
思わずムルネラは頭を垂れた。
そんな司祭の姿を見ながら、ローランのメイドは尋ねる。
「こ、これでいいのか?」
「バッチリよ、ユカ!」
ウィンクとサムズアップ。
賞賛の大盤振る舞いで、ローランは応えるのだった。
このお話をもちまして、200部に達成しました。
ここまでお読みいただいた方ありがとうございます。
これからも本作をよろしくお願いします。
明日も18時に更新します。
よろしくお願いします。




