第16話 ~ 国とか身分とか関係ない ~
外伝Ⅳ第16話です。
よろしくお願いします。
王女の居室のドアが打ち破られる。
衛士たちがなだれ込んできた。
どよめきが起こる。
部屋が荒れていたからだろう。
穴が開いた扉。
切り刻まれたカーペット。
押し倒された机や椅子。
そして何よりもぽっかりと空いた石床が、衛士たちの目に入った。
「あらら」
ローランは苦笑する。
ベランダから戻ってきたユカも後頭部を掻いて誤魔化した。
「ご無事ですか? ローラン王女」
年長の衛士長が話しかけてくる。
気遣った――というよりは、どこか儀礼的な声音だった。
「ええ……。大丈夫よ。私は――」
「あの穴は?」
「賊よ。そこから侵入してきたわ」
ローランが指さしたのは、部屋脱出用の穴だ。
横でユカが睨んでいる。
王女は小さく舌を出した。
穴を見ながら、衛士長は目を丸くする。
「こんな穴一体どうやって?」
「さ、さあ……」
ローランは明後日の方に視線を向ける。
「それにあの者たちは?」
バーガル親子のことを指さす。
衛士に囲まれ、再び身を震わせていた。
「私の友達よ」
「しかし、どう見ても一般市民……。それも貧み――」
「それが何か?」
にっこりと笑った。
寒々しい笑顔だった。
13歳とは思えない凄みに、衛士長はたじろぐ。
「丁重に扱ってちょうだい。出来れば、部屋を用意してくれる。衛士もつけてね」
「そのような対応を受けさせるのですか? この人間たちはどう見ても、移民……」
「だから何か言った?」
あくまで穏やかに訊いた。
だが、衛士長は鼻白む。
「わ、わかりました」
ぐっと息を呑んだ後、指示を出した。
「ところで、賊は?」
「そのベランダから逃げたよ。おっさん」
ユカが指し示す。
「お、おっさ――」
「1つ忠告しておいてやる」
ずいっとユカは衛士長に詰め寄った。
「あの親子は姫様の大事な客人だ。何かあったら、お前の首だけじゃすまないからな」
衛士長を睨む。
強敵に挑む冒険者のように鋭い眼光だった。
むぅ、と衛士長は唸る。
反論できないほど、ユカには迫力あった。
バーガル親子が衛士に連れられていく。
その囲みを破って、リモルがローランの方に走ってきた。
「おい! こら!」
衛士長がいさめようとする。
それをローランが手で制した。
「どうしたの、リモル?」
「あのね……」
「なんだ、リモル?」
長身をかがめて、そっとリモルの髪を撫でる。
少し安心したのか、まだ幼い子供は口を開いた。
「悪いヤツ! やっつけてね!!」
王女とそのメイド。
2人をじっと見つめた。
自分の力、強い意志を分け与えるかのように。
ユカはギュッと口を結ぶ。
そして言った。
「任せろ!」
「ママを頼んだわよ、リモル」
言葉を聞き、リモルの顔が少し柔らかくなる。
「うん!」
大きな頭を振って、頷いた。
アスイの元へと戻っていく。
「私は決めたぞ、ローラン」
「え?」
ローランは顔を上げる。
ユカは連れられていくバーガル親子を見ながら、言葉を続けた。
「国とか身分とか関係ない。私はあの子のためにこの事件を解決する」
ユカの言葉は力強かった。
ローランは眉を上げる。
ふふんと鼻を鳴らした。
「何を今さら――」
「む?」
「私は最初からそのつもりよ」
ローレス王国唯一の王女。
ローラン・ミリダラ・ローレスもまた、固く誓うのだった。
次の日――。
城内は一種の異様なムードに包まれていた。
昨日の王女襲撃事件も、その雰囲気に一躍買っていたが、それ以上に注目されたのが、捕り物だった。
騒ぎを聞きつけ、ローランとユカが階下へと向かう。
衛士が走り回り、廊下には家臣や給仕たちがひそひそと言葉を交わしている。
階段にも溢れた人々を押しのけ、ローランたちは騒ぎの中心へと急ぐ。
城の裏門が開けられていた。
さらにそこへと続く廊下に、衛士たちが整然と並んでいる。
実は、平時において裏門が開けられる理由は1つしかなかった。
城内において罪人が出たのだ。
給仕や女中ではない。
官吏以上の役職のものの中にだ。
「なんの騒ぎなの?」
近くの家臣に尋ねた。
王女がすぐ側にいたことに驚いたのだろう。
わあ! と大きな声を上げて、家臣の1人が驚く。
さらに周囲も気づき、姫君に道を空けた。
ローランは目で辺りをうかがう。
そしてピンクの瞳をキッと見据えて、同じ質問を繰り返した。
「どうやら誰かが召し捕られたようです」
「そんなことはわかっているわ。誰が捕まったの?」
ローランは1歩踏み込む。
男の家臣はおびえるばかりだ。
「ローラン、来たぞ!」
周りよりも少し抜け出た長身のユカが指で示す。
ローランはさらに群衆の中に分け入った。
野次馬を整理していた衛士に止められる。
いつの間にか、最前列にいた。
衛士に囲まれ、1人の人間がとぼとぼと歩いてきた。
否――。
正確には人間ではない。
頭に2つの獣耳。
灰色の囚人服からは、大きな尻尾が垂れている。
そう獣人だった。
それもローランがよく知る。
「パレア……」
ローランは息を呑んだ。
すぐ側を影が走る。
衛士の制止を振り切って、ユカが獄吏とパレアの前に立ちふさがった。
「お前たち! パレアをどうするつもりだ!」
ユカは激高する。
先頭を歩いていた責任者らしき男は、闖入者を見て片眉を上げた。
「彼女には無断で王国の公文書を持ち出し、廃棄した容疑がかけられている。よって収監所に移動し、改めて取り調べるつもりだ」
「な!」
元冒険者の顔がみるみる赤くなっていく。
「パレアはそんなことをするヤツじゃない!」
「どうだか? こいつは獣人だぞ! 所詮は知能の低い」
「貴様!」
歯をむき出し、吠えた。
その様は獣のようだった。
ユカが踏み出す。
瞬間――。
のど元に刃物が突きつけられる。
槍だ。
衛士の槍が、ユカ1人に無数に突きつけられていた。
「このぉ!」
それでもユカは抵抗しようとする。
「ユカ!」
大きな声が響く。
捕り物を見ていた群衆たちの視線が王女に向く。
そこでやっと王女がいることに、皆が気づいた。
致し方なく――。
そのような感じで、皆が平服するが、ローランはただ一言。
「みんな、そのままで」
とだけ言って制した。
「獄長、すいません。その者は私付けメイドなのです」
「姫の? そ、そうでしたか……。それは知りませんでした」
責任者は汗が付いた襟を正した。
「少々しつけがなっていなかと……。いえ。老婆心ですよ。姫様を思っての発言です」
「ありがとうございます」
スカートを広げて、ちょこんとお辞儀した。
「それでは――」
再び獄吏たちは歩き出す。
パレアを連れて。
「パレア!」
王城の広い裏玄関にユカの声が響いた。
パレアは少し顔を上げる。
そしてわずかに微笑んだ。
そのまま狼娘の顔は、友人である王女に向けられる。
ローランは視線に気づき、わずかに下を向いた顎を上げた。
毅然とした顔になり、「うん」と1つ頷いた。
――心配しないで……。必ず助けるから。
パレアは少しホッとしたような顔で同じく頷いた。
そして前を向く。
小さな背筋を伸ばし、堂々としていた。
ユカの、ローランの横を、獄吏たちが通り過ぎていく。
薄暗い外へとパレアは獄吏と一緒に連れ出された。
裏門が閉まる。
悲鳴のような金属音が裏玄関に鳴り響いた。
ローランはその音を背中で受ける。
野次馬は解散をはじめた。
口々にあらぬ噂を立てる。
参集した衛士たちも解散する。
ユカを拘束していた衛士も、責任者の号令によって離れていった。
バタン……。
扉が閉められた。
時間は昼前。
まだ明るいが、今日は曇天のためか窓から差し込む光が弱い。
真っ暗闇というほどではないが、視界が灰色がかっていた。
残っていた数名の兵士たち。
そしてローランとユカだけだった。
獣人娘が収監所で拘束されるのか……(ごくり)
明日も18時に更新します。
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