第15話 ~ 亡霊のように…… ~
外伝Ⅳ第15話です。
よろしくお願いします。
2人はしばらくユカの故郷について話に花を咲かせた。
いつの間にか、夜が青ざめていた。
「もうこんな時間か」
「戻りましょうか?」
王城に戻ることにした。
いつもの脱出ルートを逆さにたどる。
最後の石床を押した時だった。
「きゃああああああああああああああああああああ!!」
絹を裂くような悲鳴が聞こえた。
アスイの声だ。
突然、石床が盛り上がったことで驚いたのか。
はじめはそう考えた。
様子が違う。
激しい息づかい。
リモルの声も聞こえる。
鉄が床を叩く音が聞こえた。
ユカは床から飛び出した。
盛り上がったカーペットを巻き取るのも煩わしい。
鞘から抜き放ち、片手剣で切り裂く。
視界にようやく王女の居室が広がった。
「貴様!」
黄緑色の目を細める。
部屋の一角。
親子を追い込んだ騎士の姿があった。
全身を装甲で覆い、フルフェイスの兜を被っている。
手には無印のロングソードが握られていた。
慌てた様子で騎士は振り返る。
面食らったのは向こうも同じらしい。
その表情は兜のバイザーに阻まれ、うかがい知ることは出来ない。
鉄靴が絨毯を蹴った。
やかましい甲冑の音が部屋に鳴り響く。
先手は甲冑騎士だった。
ユカは剣を構え、腰を落とした。
迎え討つつもりだ。
カァアアアアアンン!!
金属同士がぶつかる。
渾身の打ち下ろしを、ユカは剣の腹で受け止める。
騎士は容赦なく押し込む。
ユカも負けない。
歯を食いしばり、技術と体勢を持って、なんとか支える。
両者の動きが膠着した。
見計らって、ローランは床の下から這い出す。
助けを呼ぼうとしたが、居室の扉を開けることは出来なかった。
内鍵は開いている。
おそらく外側から針金か縄を使い、開かないように固定しているのだろう。
体当たりを試みるが、ローランの小さな身体ではびくともしない。
「誰か! 誰かいないの!」
叫んだ。
王城にはそこかしこに夜衛がいる。
騒ぎを聞きつければ、誰かがやってくるはず。
だが、王女は気づく。
もしこれがすべてジメルが仕組んだことだとすれば……。
夜衛のローテーションや配置を変えるのは容易い。
「ローラン!!」
悲鳴じみたメイドの声が、王女の耳を叩く。
振り返る。
甲冑騎士が反転。
ローランに向かって、走ってきた。
思いっきり上段に振り上げた剣を、落とした。
慌てて、ローランは横に転がった。
背後で剣が扉に刺さる音が聞こえる。
素早く立ち上がって、騎士の方を見た。
扉から剣を引き抜く。再びローランの方に体を向けた。
遅れてローランと騎士の間に、ユカが入る。
再び両者は鍔迫り合いを演じる。
「ローラン! 親子を連れて逃げろ!」
ユカは叫ぶ。
状況は亡霊騎士と城下でやり合った時と一緒だ。
ユカが防戦していては、思いっきり戦えない。
ローランは黙って頷いた。
振り返って、親子の元へ行こうとする。
不意に声が聞こえた。
「『復活の証文』をどこへやった?」
しゃがれた声だった。
むろん、聞き覚えはない。
少なくとも王城内にいる人間のものではない。
驚いたのは、その声が騎士からもたらされてもの。
そしてなにより――。
質問の内容だった。
バーガル親子に向けたローランの足が止まる。
今一度、騎士に向き直った。
「今、なんて――」
いまだユカと激しい鍔迫り合いを演じている。
力の押し合いでは、女であるユカには不利だ。
が、家臣のピンチよりも、ローランは訊かねばならなかった。
ユカにとって、目が覚める質問だった。
歯を食いしばり、少しでも力を抜くと押し込まれる状況で、元戦士も質問する。
「貴様、今なんと言った!」
がら空きになった腹に、ユカは前蹴りをくらわせる。
ダメージは皆無。
それでも1度距離を置くことに成功した。
騎士はゆっくりと構えを戻した。
息を整え、言った。
「お前たちが公文書を盗んだのではないのか?」
「何を言う! 公――――」
ユカが言いかけた瞬間、ローランは肩を叩いた。
そのまま肩を押して、前に出る。
主の行動にユカは戸惑ったが、ローランの意志は固かった。
「どういうことかしら? 盗まれたって?」
「とぼけるな! お前たちが盗んだのだろ!?」
騎士は語気を荒げる。
対して、ローランは肩をすくめた。
「『復活の証文』が私たちを盗んだとあなたは思っているのね。まあ、是非はともかく……。証文がなくなったのは事実なのね?」
騎士は沈黙した。
狼狽しているのがわかる。
「あくまでとぼけるつもりか……。お前たちが閉館時間に公文書館にいたのは調べがついているのだぞ」
「そうよ。行ってたわ。……だから、それがどうだというの?」
「なに?」
「それよりもおかしいのは、そっちよ。一体誰の『復活の証文』を調べて、盗んだなんて言えるのかしら。証文なんて山ほどあるのに」
「…………!」
騎士はようやく気づいたらしい。
迂闊にも自分が口を滑らせてしまったことを……。
膨大な紙の束が収まった書庫の中。
ある特定の人物の『復活の証文』がなくなっている。
その事実を知っていることを、騎士は喋ってしまったのである。
動揺は空気を通って伝播した。
ユカは走る。
一瞬の隙を見逃さなかった。
一直線に突進する。
狙うは装甲の薄い手甲。
片刃剣の軌道が、薄闇に閃く。
硬質な音が鳴る。
剣が床を滑った。
取り落としたのは騎士の方だ。
片手を掴み背筋を曲げて、蹲るような体勢で1歩、2歩と後ずさった。
ユカはさらに踏み込む。
だが――。
「王女の居室から音が!」
「なんだ、これは!」
「入れないぞ!」
「王女! ローラン王女はご無事か……」
声が扉の向こうから聞こえる。
どうやらようやく騒ぎを聞きつけ、衛士が集まってきたらしい。
ローランは目を細めた。
正直白々しいとすら思った。
が、彼らも被害者なのだ。
今はこらえる。
「あ!」
ユカが声を上げる。
一瞬、外に意識を向いた時、騎士はいなかった。
不意に空気が動く。
2人は一斉に振り返った。
ベランダへと続く窓が開いている。
その向こうに、騎士が立っていた。
怪我をした片手を隠すように抱えている。
打ち落とした剣も拾われ、騎士の鞘に収まっていた。
「逃げるな!」
ユカが叫ぶ。
無意味だった。
騎士はベランダの手すりに身を預ける。
そのまま乗り越え、落下した。
「ちょ! ここ4階よ!!」
ユカとローランは走る。
手すりに身を乗り出し、辺りをうかがう。
背を向けて逃げる騎士の姿はない。
その死体も……。
忽然と消えたのだ。
まるで、そう――。
亡霊のように……。
ユカは前髪を払う。
視線はいまだ王城の裏庭だ。
「取り逃がしたか?」
舌を打つ。
ローランはホッと息を吐く。
「私たちだけじゃ捕縛は難しかったわ。今は、お互い生き延びたことを喜びましょ」
くるりと背を向ける。
部屋の角で身を寄せ合うバーガル親子に近づいた。
2度目とはいえ、恐ろしかったのだろう。
騎士がいなくなっても、アスイは歯を鳴らして振るえていた。
リモルは逆に母を守るように、その小さな身体を盾にしている。
「怪我はない?」
一拍おいて、親子は首を縦に振る。
うまく言葉に出来ないだろう。
見たところ、確かなようだ。
ひとまず安心する。
「ごめんなさい。私の部屋なら大丈夫だと思ってたんだけど」
謝罪した。
2人は何も言わなかった。
ただ首を振り続けた。
不意にローランの背中に光が宿る。
窓から朝日が差し込んできた。
ようやく夜が明けたらしい。
長い、と思った。
空はあいにく雲が多かった。
折角の朝日が、まどろみのようにぼやけていた。
さーて、きな臭くなって参りました。
明日も18時に更新します。
よろしくお願いします。




