第14話 ~ 好きな気持ちを比べてどうする ~
外伝Ⅳ第14話です。
よろしくお願いします。
公文書館から辞去したローランとユカは、自室に戻ってきた。
決められたリズムでノックする。
しばらくして内鍵が外れ、扉が開く。
隙間からそっとアスイが顔を出した。
ホッと息を吐いてから、2人を招き入れる。
「遅かったですね」
アスイは言った。
部屋の中は真っ暗だ。
それもそのはず……。窓外に夜の帳が降りていた。
ユカは疲れた様子でどっかりとソファに座った。
その顔は冴えない。
というよりは、どこか不機嫌だった。
黄緑色の瞳が野獣のように光らせている。
戦士としての本能を思い出したかのようだった。
一方、ローランは淡々としている。
光蟲に特定の草をやる。
ぼうと光が広がった。
「リモルは?」
「先ほどまで起きていたのですが、寝てしまって。ベッドを使わせてもらったのですが、よろしかったでしょうか?」
「うん。いいのいいの。勝手に連れてきたのは私の方だし。遠慮することなんてないのよ」
ローランはヒラヒラと手を振る。
安心させるように笑ったが、完全に不安が取り除かれていたとは言いがたい顔をしていた。
アスイはちらりとユカをのぞき見る。
彼女の不機嫌な態度が気になるらしい。
ローランはユカに近づく。
何やら忠告でもするのかと思いきや、彼女の側にあった茶器に手を伸ばした。
すっかり冷めてしまったお茶をカップに注ぐ。
風味も何もないが、昼から何も飲んでいないことに気づいた。
「ユカも喉が渇いてるでしょ。飲む?」
王女の質問に、メイドは真顔で返した。
しばらくして大きく息を吐く。
「ローラン、よく落ち着いているな」
「ん?」
「こくむ……いや、国家が犯罪を犯しているんだぞ! しかもお前の――」
ローランはお茶をぶちまけた。
ユカの長い前髪からお茶が滴る。
しばらく閉じていた元戦士の瞳が、カッと開いた。
憤怒の形相は、現代世界でいう夜叉に似ていた。
「お前――」
胸に溜まった最大級の怒りを吐き出そうとした。
ピンク色の瞳と視線があった。
優しげで、それでいてかわいげな……。
普段は小動物のように小さく見える王女の目が、静かに怒っている。
その視線はユカの眼孔を貫き、脳髄まで刺し貫いた。
これだけは言える。
ユカの前に立っているのは、見たことのない王女の顔だった。
「どうしたの、お姉ちゃんたち?」
2人は同時に視線を向けた。
ベッドからリモルが起きてきた。
寝ぼけ眼をこすっている。
状況を理解しているのか、その顔は母アスイと一緒で不安げだ。
そんなリモルをアスイは抱きしめる。
身を守るように、諍う2人を見つめた。
ローランの瞳がいつもの状態に戻る。
寝癖のついたリモルの頭に手を置いた。
「なんでもない。ちょっと私の手が滑って、メイドのお姉ちゃんにお茶をかけちゃっただけ。ね? ユカ」
「あ、ああ……」
躊躇いつつも、ユカは頭を垂れた。
ローランが嘘を言ったからではない。
あまりにもその時、王女が普通に子供に接していたからだ。
その時初めて……。
ユカは王女が怖いと思った。
「お姉ちゃんたち、またお話してくるね。大人しく留守番できる?」
「う? うん……。大丈夫だよ」
「そう……。偉いね」
ローランは再びリモルの頭を撫でた。
そしてアスイに鍵をかけて、大人しくしているようにと忠告する。
「行くわよ、ユカ」
と声をかけた時には、ローランは部屋の抜け道を開けていた。
「外に出るのか?」
「内緒の話をしたいんでしょ? ここではまずいじゃない」
あ――と声が出た。
ユカは口を結ぶ。
黙って、王女に従った。
いつも通りのルートで王城を脱出。
ローランとユカは城下へとやってきた。
見慣れた夜の通りの光景を見つめる。
光蟲の光を頼りに、2人は進んだ。
「ここら辺でいいかしら」
表通りを1つ外れた通り。
商業区となっているそこには、いくつか居酒屋が明かりが漏れていた。
むろん、人通りは皆無に等しい。
時々、店の方から談笑が聞こえてくる。
ローランは店には入らない。
建物に囲まれた路地に入り、無造作に置かれた樽の上に腰掛けた。
「先ほどはすまない」
ユカは頭を下げた。
「いいのよ。でも、さすがに王城内で王国を批判するようなことを大声で言ったらダメでしょ。しかも、あそこは私の部屋なんだから」
「う……。す、すまん……」
「まあ、今さら心象をよくしたところで、焼け石に水だけどね」
「いや……。お前の国を非難したのだ。お前が生まれた場所を」
「?」
ローランは首を傾げる。
綺麗な白髪が揺れた。
「言っている意味がわからないのだけど」
「私の村は貧しかった。それでも貧しい村だと言われるのは我慢ならなかった。良いところもあった。村を流れる小川にはたくさんの川魚がいたし、裏山にはたくさんの木の実がなった」
「なんか食べ物の話ばかりね」
ローランはくすくす笑う。
ユカは頬を染めた。
「と、ともかく……。私が言いたいのは人にとって、生まれた場所を馬鹿にされるのは、その人間を馬鹿にすることと一緒だ――そう言いたいのだ」
「そう……。ありがと」
ローランは目を細め、感謝した。
しかし胸中では違った。
別の感情が渦巻いていた。
ローラン――黒星まなかにとって、とても複雑だった。
13年ローレスという国で生きてきた。
ユカの言うとおりだ。
自分の国を非難されて、気分が良いわけではない。
けれど――。
ユカほど胸を張って、怒りを露わにするかといえばそうではない。
白い髪。
ピンクの目の忌み子。
呪詛のように言われ続けてきた。
それでもまなかは持ち前の明るさを武器に、人と接してきた。
いつか認めてくれる……。
顔を上げて、生きてきた。
幸いにも父は自分を愛してくれた。
パレアという味方をしてくれる友人も出来た。
それでも呪いの言葉が消えることはなかった。
その中で、ローレスという国が好きだと胸を叩いていえるほど、まなかは聖人君子でもなかった。
見た目よりも18年長く生きている。
その歳月の経験をもってしても、乗り越えるのは難しいハードルだった。
それに――。
まなかには1つの思いがあった。
まだ自分は黒星まなかという意識が強いのかもしれない。
時々、現代の言葉を持ち出すのが、その良い証拠だ。
現代世界で18歳。女子高校生。妹と両親がいて、弟分といえる男の子がいた。
恋い焦がれているかもしれない。
忘れようと何度も決意した……。
しかし。
目に見えない現代世界の重力に引かれてしまうのだ。
だから――。
ユカの言葉は、まなかにとって……。
「うらやましい……」
ハッと気づいた時には、ローランは呟いていた。
手で口を隠すが遅い。
王女から口走った言葉。
どちらかといえば、人の機微に疎いユカも、何を指し示しているのかわかった。
故に、あえて尋ねた。
「ローランはこの国が嫌いなのか?」
風が通り過ぎる。
白髪と。
薄紫の髪を揺れた。
町中を流れるローレス川を通り、夜気を含んだ風。
少し肌寒い。
王女は髪を抑える。
その姿を、メイドはじっと見つめていた。
「好きよ。……でも」
「でも……。なんだ?」
「信じてもらえないだろうけど……。私には別の故郷があるの」
「別の故郷……。どこなんだそこは?」
「遠い場所よ。たぶん、もう2度と戻れないと思う」
「そう……なのか」
ユカの顔は「戻れない」といった王女よりも落胆しているように思えた。
「私はその故郷も好きなんだと思う。……だから、あなたが村を思う気持ちよりも私の『好き』は小さいんだよ」
「何をいう……」
ユカの声は、路地に凜と響き渡った。
言葉を継ぐ。
「好きな気持ちを比べてどうする。好きは好きでいいんだ」
ローランは目を丸くする。
ピンク色の瞳が、闇夜の中でも輝きを帯びていた。
そして王女は言った。
「あなたで良かった」
「……? 何か言ったか?」
白髪が左右に振れる。
「なんでもない。……ねぇ、ユカ。あなたの故郷のことを聞かせて」
「そうだな……。春には草花が咲き乱れていた。ラクナルという樹木があって、毎年青い花を枝木一杯に咲かせるのだ。山が青く見えるのだ」
「まるでサクラみたいね」
「サクラ? それはお前の別の故郷にあるのか?」
「ええ……」
ローランは目を細める。
その視線の先にユカはいない。
妹のあるみ。
そして弟分。
その2人といった花見のことを思い出した。
少し舌を舐める。
不意に握ったおにぎりがしょっぱすぎたことを記憶の底から呼び起こした。
「見てみたいな」
ユカはぽつりと呟いた。
やおらローランは顔を上げる。
すっと白い髪が肩を流れた。
「いつか、ね」
王女の笑みは闇の中にあっても、輝いてみえた。
サブタイになってるユカの台詞は、我ながら好きな言葉になりそうだ。
明日も18時に更新します。
よろしくお願いします。




