第13話 ~ いつまでこんなことをするのだ? ~
外伝Ⅳ第13話です。
よろしくお願いします。
四つん這いになりながら、パレアは鼻を利かせる。
手をつき、膝を追って這う姿は、町中の野良犬だ。
お尻から伸びた尻尾をフリフリと揺らしている。
異様な愛らしさはローランでなくても、飛びつきたくなる。
ちなみに件の王女は目を輝かせていた。
口元から涎を垂らしている。
ユカが襟首を掴んでいなかったら、生肉に飛びつく肉食動物ように飛び出していただろう。
つとパレアが立ち上がった。
ある棚の周りを鬱陶しいほど嗅ぎ回る。
「?」
ユカは思わず首を傾げた。
それもそのはず……。
先ほどパレアが自信満々に1枚の証文を抜いた棚だったからだ。
引き出しを引く。
それも同じ場所だ。
パレアは激しく嗅ぐ。
徹底的に臭いで、探すつもりなのだろう。
しばらく鼻を近づけていたパレアは、嗅ぐのやめた。
半ば開いていた瞼を、大きく開く。
ついでにずれた眼鏡の位置を戻した。
手を入れ、1枚1枚証文を確認していく。
やがて首を傾げた。
「どうしたの、パレア?」
パレアの動きに、ローランも眉根を寄せる。
「ないんです。やっぱり……」
「「??」」
「確かにここにあったはずなのに、書類がないんです」
「臭いはそこからするのに――か?」
パレアは書類を確認しながら、頷いた。
「つまり誰かが故意に持ち出したってことか……」
「それはあり得ません!」
ユカの疑問を弾くようにパレアは否定した。
横でローランも静かに同意する。
「そうね。証文の持ち出しは基本的に御法度。国務大臣以上の承諾が必要になる重要なものよ。それに――」
「持ち出されたのなら、パレアが覚えていないわけがない……ということか」
ローランとパレアが同時に頷いた。
「盗まれたという可能性は?」
ユカは周りを見る。
ひしめくようにして棚が四方を囲んでいる。
壁や天井に目を向けると、窓などもない。
オーバリアントでは一般的ではないが、通風口のようなものも存在しなかった。
つまりネズミ1匹入る隙間がないのだ。
「見ての通りよ。外部との出入り口はさっき通ってきた扉しかない」
「その扉も開けるためには、パレアの魔紋が必要になるということか。他に紋を持っているのは?」
「私の上司である司書長様ですが、現在隣国マキシアへ出張中です」
「キラルがサインしたのは、2週間前だそうだから、司書長が開けた可能性は低いわね」
「ちょっと待て。なら犯人はパレアということになるぞ」
「ひやっ!」
パレアはピンと尻尾を伸ばした。
あわあわと口を動かす。顔は真っ青だった。
ローランは息を吐く。
「この子はそんなことしないわよ。私が保証する。というか、真っ先に自分が疑われるのに、公文書を盗むなんてことしないわ」
「確かにな。なら、2週間の間にここに入ったのは――」
「後で記録を見てもいいのですが、わたしの記憶が確かなら、姫様だけです。あとはわたしですね。送られてきた公文書を整理するので、1日1度は入っています」
「公文書といっても、頻繁に確認しに来る人間はいないわ。閲覧が一般に開放されているわけでもないし」
「公文書を一般に見られる国なんてあるのか?」
ユカは疑問を呈する。
ローランは誤魔化すように笑った。
オーバリアントでは公文書を秘匿し、目に見えないようにするのが一般的だ。
かつての現代世界の国々でもそうであったように……。
「ますますパレアに疑いの目が向くことになるぞ」
「特に国務大臣にバレたら釣るし首になるかも」
「釣るし――」
パレアの尻尾が枯れた花のように力なく垂れていく。
かけた眼鏡がずれて、落ちそうになったのをなんとかキャッチした。
「疑問は残るけど、キラル・バーガルの『復活の証文』が亡くなっていることは間違いないのね」
「はい。それは――」
「じゃあ……。この人たちの『復活の証文』も探してくれないかしら」
1枚の皮紙を差し出す。
そこに幾人かの名前が書かれていた。
パレアはその名前を見て、再び取り憑かれたように歩き出す。
だが――。
「ない!」
「ここにも!」
「やっぱりない!」
記憶を頼りに引き出しを引いたが、書類はなかった。
パレアは部屋の隅で蹲る。
床に何やら文字のようなものを書き、ぶつぶつと呟いた。
完全にいじけていた。
「まあまあ、パレア……。最初のは当てたんだから気を落とさないで」
ローランは旧知である狼娘の肩を優しく叩いた。
くるりと振り向いたパレアの目には涙が浮かんでいる。
「なあ、これはもしかして……」
「ええ」
ローランはパレアにハンカチを渡した。
そして立ち上がる。
「書類そのものが亡くなっているんでしょうね」
「もしかして、その皮紙に書かれた人物も……」
「そう。復活した後に、行方不明になっている人よ。しかも――」
「も――――」
ローランは目を細める。
明らかに怒っていた。
その対象者はいないが、中空の一点を見つめている。
「その家族も殺されているのよ」
「まさか!?」
「そ。あの亡霊騎士にね」
――――!!
ユカの顔が歪んだ。
ローラントと同じく猛り、大きな身体を震わせている。
「一体何者なんだ? ローラン、知っているんだろ?」
「それは――」
立ち上がったのはパレオだ。
眼鏡のずれを直す。
開いた口を一旦閉ざすが、彼女は言葉を続けた。
「実は、公文書館を開けることができる人間が、私と司書長以外にもいるのです」
「それは誰なんだ?」
「ここだけじゃない。城内のあらゆる魔法扉を開けることができる人がいるの。しかも、その気になれば、なんの痕跡も残さず開けられる人間が……」
「もったいぶるな、ローラン!」
ユカは思わず怒鳴ってしまった。
一国の王女は半分伏せていた目をユカに向ける。
ピンク色の瞳は、妖艶な輝きを帯び、元冒険者を惑わした。
そして瞳と同じ色の唇が動いた。
「ジメル・ボクオール……」
「それは――」
ユカは息を呑む。
黄緑色の瞳がかっと開き、大きな胸を思わず反らして後ずさった。
「そうよ。……王室を除けば最高権力者1人」
「あの……。国務大臣か……」
ユカの声は震えていた。
ローランとパレアは頷く。
その顔は、ブリキのように硬かった。
ジメル・ボクオールという男は、良くも悪くも実直な男だった。
非常に気むずかしい印象があり、実際その通りの人物だ。
部下の意見を聞き、民の声を聞き、さらにそれを実行する推進力のあるタフな男でもある。
人は言う。
『政治家として生まれるべくして生まれてきた男だ』
と――。
ボクオール家は代々王室に使える名家だ。
しかし彼は、裕福な関係に甘えることなく、また奢ることなく、両親に言われるでもなくごく自然に政治家になった。
こうした人間が形成されていったきっかけは、すでにジメルの記憶にはない。
ただ1つあげるなら、王室への反骨心だ。
ジメルは特別なものを嫌った。
獣人やエルフを嫌うのもそのせいだ。
人はジメルを人族主義者だという。
本人から言わせると、それは少し違う。
何故なら、ジメルが一番嫌いなのは、同じ人間である王室側の人間だったからだ。
むろん、仕事上おくびにも出さない。
実はいうと、ラザール王に対しては尊崇の念すら抱いていた。
優秀な王だ。
彼が憎むのは王室というシステム。
人間でありながら、特別視されるのが、昔から我慢ならなかったのだ。
何故そう思うようになったのか――。
すでにジメルの記憶から消え、ただ反骨心だけが残っていた。
執務をしていると、不意にノックが鳴った。
処理していた書類から目を離さず、ジメルは。
「入れ」
ややぶっきらぼうに言い放つ。
入ってきたのは、男の秘書だった。
若く、そして彼もまた人族主義者だという。
別にそこが気に入ったわけではないが、苛烈だというジメルの秘書という任務をよくこなしてくれている。
秘書は2、3案件について判断を仰ぐ。
ジメルは的確に指示を出した。
そして「最後に――」というと、声を潜めた。
「例の人材の件ですが、現場からまた増やしてほしい、と」
「この前、送ったばかりではないか」
ジメルはペンを机に置く。
ブロンズの頭をなでつけた。
「ですが――」
「わかっている」
「いつものように」
「ああ。そうだ」
鬱陶しげに返事する。
秘書は恭しく頭を下げた。
部屋から出て行く。
ジメルは椅子から腰を上げる。
振り返り、テラスへと続く大窓を見つめた。
すでに陽は落ちている。
空には星が浮かんでいた。
自慢の鬚を舐めるように触る。
そして鼻を啜った。
彼の癖だった。
手を後ろにする。
星だけしか浮かんでいない空を見上げた。
「いつまでこんなことをするのだ?」
その独白は執務室の空気に触れる。
わずかな余韻を残して消え去った。
ちょっとミステリーっぽくなってきたかな?
明日も18時に更新します。
よろしくお願いします。




