第11話 ~ またモフモフしてあげるね ~
外伝Ⅳ第11話です。
よろしくお願いします。
パレア・グラトリスは公文書館中央管理室の司書をしている。
如何にも強そうな名前。
しかし、姿を確認した人間はたいてい肩すかしを食らうことになる。
まず背が小さい。
成長期の女児といい勝負どころか負けてしまう。
さらに眼鏡。
鼻先についた赤い痣。
頭の上に飛び上がった耳。
そして太く長い尻尾。
見ればわかるが、パレアは獣人。
それも比較的知能が高いといわれる狼族だ。
いわゆる狼女。
現代でも、ここオーバリアントでも、狼族の性能は畏怖の対象の1つだ。
が――。
パレアの姿を見て、怖がる人間はいない。
むしろオートクチュールの人形……。
飛びつきたくなるような可愛さを秘めていた。
椅子にちょこんと座り、受付業務をしている姿は、町中でひなたぼっこしている小動物並のリラクゼーション効果があった。
本人は知らないが、城内では密かにファンクラブが結成されるほどの人気だ。
中央管理室でいつも通り、業務をこなしていたパレアは、ふと窓を見た。
空が暮れなずみはじめている。
太陽が西に没しかけていた。
もうすぐ業務もおしまいだ。
軽く鼻歌を歌いながら、受付台の下で今日の利用者の確認をする。
こんこん……。
不意にドアが鳴った。
王城と公文書館をつなぐ唯一のドアである。
もう1度、窓の外を見る。
「こんな時間に何の用だろ?」
手続きに時間と手間がかかる重要公文書の閲覧とかならイヤだな、と思った。
「どうぞ」
パレアは声をかけた瞬間、2人の少女がなだれ込んできた。
1人は見覚えがある白髪の若い少女。
もう1人は知らないが、しなやかなプロポーションに女中の服を着た女性。
両人に共通していること。
それすなわち「美しい」ということだ。
「姫様!」
パレアは素っ頓狂は声を上げる。
当の王女は肩で息をしている。
隣の女性も同様だ。
「ど、どうしたんです?」
パレアは受付を回って、急ぎ王女に近づいた。
「こ、こんにちは、パレア。まだ開いてるかしら?」
「え? ……ええ。まだ開館してますけど」
「まったく……。意地を張らず、誰かに聞けばよかったんじゃないのか?」
「なんて説明したらいいかしら。レコードの専門店とかいった時に、店員に聞くんじゃなくて、自分で探し出したいって時ない?」
「だから、ローラン語はわからん!」
「もしかして、姫様……。また道に迷われたのですか?」
パレアは間に入る。
「王の家系であるこそ、城内の風紀を取り締まる必要が――」
「素直に迷ったといえ」
「そうともいうわね」
「ぬぬぬ……」
舌を出して戯けるローラン。
それを見て、怒髪天を衝くメイドの女性。
パレアはくすくすと笑った。
それを見ながら、2人は――。
カワイイ……。
と声を揃える。
「ところで、もう1度聞きますけど、何をしに来たんですか?」
しばらく狼娘に癒やされていた2人は、我に返った。
「パレア、ある人の『復活の証文』がここにあるはずなのよ」
「『復活の証文』ですか?」
「それを探すの手伝ってくれないかしら?」
「もしかして今から……」
パレアは後ずさりする。
顔が青ざめていた。
「もちろん!」
「もうすぐ閉館時間なんですよ!」
「そこは私とパレアの仲ということでどうかしら」
ローランは笑った。
爽やかとはほど遠い。
どこか威圧的な笑顔……。
小さな狼娘の顔が青ざめる。
尻尾と一緒に首を振った。
「ダメですよ。私が司書長に怒られてしまいます」
「そんなことをいわずに、ほらほら……」
パレアの背後に回り込むと、頭の上に飛び出た耳に触れる。
さわさわと優しく撫でた。
途端、パレアの顔がみるみる赤くなっていく。
「あ……。あ…………。そ、そこは……。ああ…………」
3人しかいない中央管理室で、狼娘の喘ぎ声が響き渡る。
「ほれほれ……。ここもいいんでしょ」
さっきからかすかに「やめて」という声が聞こえる。
だが、ローランは訴えを退け、さらに狼の耳をいじった。
むしろ嗜虐心をくすぶるらしい。
「す、すいません……。た、たすけてぇええ…………」
ついにパレアはまだ名前を聞いていない女性に手を伸ばす。
目には涙が浮かんでいた。
女性は何故か顎に手をついて、考え込むように視線を送っている。
小首が少し斜めに向いていた。
「ほう……。王城内にもまともな人間がいたのだな」
「この状況を見て、まともなわけが…………あふん!」
艶っぽい声を上げながらも、パレアは抗議する。
「すまんすまん。……ローラン、いい加減にしてやれ」
王女の首根っこを掴み、パレアから引き離した。
涙に溢れ、ぐすぐすと狼娘は泣いた。
まるで強〇された後みたいに、ずんと沈み込んでいる。
ぽろりと「お嫁にいけない」と嘆いた。
「しかし、王城内でローランとまともな会話をするヤツがいるとはな」
ユカは言う。
口元が緩んでいた。
「そうね。お父様以外で、分け隔てなく接してくれるのはパレアぐらいね」
獲物を狙う肉食獣のように目を光らせる。
視線の先には、パレアの耳があった。
まだ触り足りないらしい……。
そんな可愛い耳を隠しながら、パレアは言った。
「わたしも一緒です。獣人であるわたしを姫様は分け隔てなく接してくれました」
「獣人であるお前が、文官みたいな仕事をしているのもそうなのか?」
「はい。姫様に推挙いただいたんです」
「パレアって凄いのよ。記憶力抜群なの。狼族ってとても忠誠心が高いから、不正とかしないしね。こういう場所で働くには、持ってこいなのよ」
「ほう」
「……そ、そんなことないですよ!」
目を×の字にして訴える。
顔は真っ赤だ。
「ローレスはさっきの大臣みたいな人族主義者が多いと聞くが」
「そうね」
ユカの言葉に、ローランは目を伏せた。
少し悲しそうだった。
200年ほどさかのぼれば、人間とエルフ、獣人が相争う歴史に辿り着く。
今でこそ、融和し、諍いは消えているが、差別は消えることはない。
ローレス王国も「人間が頂点である」と主張する人族主義者がいる。
移民政策に真っ向から反対するのも、こうした主義者が中心だ。
「冒険者というシステムが出来るまで、ローレス王国の官吏や兵士におけるまで、すべて人間でまかなわれていたそうよ」
「そうした状況を変えたのが、ラザール王なのです」
パレアは振り返る。
中央管理室に置かれたラザールの肖像画を見つめる。
「といっても、獣人の兵は多くなったけど、官吏はまだパレアだけどね」
「でも、これから多くなってほしいです」
「理解した。ところでそろそろ閉館時間じゃないか?」
窓の外を見ると、空が真っ赤になっていた。
パレアはピンと尻尾を伸ばす。
「ああッ! そうだった!!」
「お願い、パレア! どうしても今日中に探したいの!」
手を合わせてお願いする。
合掌もオーバリアントでは定番のお願いの仕方だった。
「むぅ……。仕方ないですね」
「ありがとう! 今度、またモフモフしてあげるね」
「それは姫様がしたいからでしょ!」
パレアはパッと耳を隠す。
半泣きになりながら、王女を睨んだ。
やっとこういう可愛い獣耳キャラを出せたぜ!
明日も18時に更新します。
よろしくお願いします。




