第10話 ~ 私って“ひきこもり”だから ~
外伝Ⅳ第10話です。
よろしくお願いします。
「いつもこうなのか?」
廊下を通り過ぎる人々を見ながら、ユカは尋ねた。
どこのフロアへ行っても、階下を変えても、王城の人間の態度は同じだ。
礼節はわきまえているが、素っ気ない。
恐れる一方で、唾棄するような目で見てくる。
これでは腫れもの扱いだ。
「みんな、珍しいのよ」
「珍しい?」
「ほら……。私って“ひきこもり”だから」
「またローラン語が出てきたな」
メイドは眉をひそめた。
「一応聞くが、“ひきこもり”ってなんだ?」
「簡単よ。自分の部屋から出てこない人のことをいうの」
「そうなのか? 私のイメージから言うと、皆無なのだが……」
今度は目を細める。
現代世界でいうジト目というヤツだ。
王女は胸を張った。
「これでも謎のベールに包まれた深窓の令嬢で名前が通っているのよ」
「冗談だろ?」
ユカは切って捨てる。
ローランは頬を膨らませた。
「で、本当のところはどうなんだ?」
「だから、深窓の――」
「それはもういい。一国の王女が部屋から出てくるだけで、皆が怯えているのは異常だろ」
ローランは立ち止まる。
ドレスを翻し、くるりと回った。
また顔を寄せる。
「ユカのそういう人が訊きにくいことをズバズバ訊くのは好きよ」
「私は思ったことをそのまま言ってるだけなのだが」
「得てしてそういう人間ほど貴重ということよ」
異世界においても、現代世界においても……。
ローランは少し目を伏せた。
また前を向いて、歩き出す。
そして――。
「怖いのよ」
「怖い?」
「この髪と目でしょ? 珍しいけど、みんなの理解が追いつかないんでしょうね」
「私は綺麗だと思うがな」
ユカは真顔で言った。
くすくすと王女は笑う。
「ありがと。でもね。怖いってのは、人の理解が追いつかないからなの」
「言っている意味がわからないのだが」
「母も父も、白髪でもなければ、目もピンクでもないの」
「…………!」
「私はね。生まれるはずがない人間なのよ」
周りを伺う。
王城の人間の態度は相変わらずだった。
生まれるはずのない人間。
それは畏怖――。
一方で、ローランを見る目に侮蔑が混じっているのは、彼女が本当の王女ではないという疑いから来るからだろう。
「なるほど。で、お前は本当に王の娘なのか?」
ローランは一瞬目を丸くした。
「本当にあなたって、訊きにくいことを訊くのね」
「どうなんだ?」
「もちろん、お父様の娘よ。この姿はね。先天的にメラニンが――」
「まだローラン語だな。わかりやすくいってくれ」
「生まれついての病気……といったらわかりやすいのかな?」
「お前、病人なのか?」
「心配しなくても、至って健康体よ」
「それはわかっている。病人が夜な夜な部屋から抜け出たりはしない」
「たっははは……。手厳しいわね」
「理解した。王女といっても、それなりに苦労はあるわけだ」
「苦労しかないわよ、実際……」
「そう言いながら、楽しそうだがな、お前は」
ユカはクスリと笑う。
「下を向いてても仕方な――」
不意にローランの声が途切れる。
ずっと我が物顔で歩いていた王女の歩みが止まった。
突然立ち止まられて、思わずユカはツンのめる。
「どうし――」
尋ねようとした時、ユカも気づいた。
廊下の向こう――。
華美な服装を着た集団が歩いてきた。
いかにもお大臣様という男が、十数人の家臣を引き連れている。
先頭を歩く男と目が合った。
ブロンズ色の髪に、ちょび鬚。鋭いというよりはどこか陰険な印象がある茶色の瞳。長身で、肩幅が広く、あまり無駄な贅肉はない。髪の色と同じ上着には切れ目装飾が施され、大きく空いた襟元には白いシュミーズが見えている。
中世ヨーロッパの貴族が着ていた服に似ていた。
他の者も王女に気づく。
ふと談笑が消える。端に寄って、道を譲った。
ブロンズ色の髪の男も立ち止まる。
廊下の真ん中で手を後ろに組んで立ったまま、道を空けようとはしない。
王女と男の視線が交錯した。
ようやく端に寄る。
軽く頭を下げた。
ローランは歩き出す。
ゆっくりと……。
ユカからは、その背中しか見ることはできなかったが、やや緊張しているようだった。
前を通り過ぎる。
時――。
「姫、夜遊びもほどほどにお願いしますよ」
ブロンズ色の髪の男はぼそりと呟いた。
会釈し、歩き出す。
脇を抜けるように、取り巻きも後に従った。
ローランは何もいわない。
ユカだけが振り返った。
「何者だ?」
格好は文官だが、やたら大きな背中だった。
「ジメル……。この国の国務大臣よ」
「偉いのか?」
「それはもう……。王に次ぐ地位の人間だからね」
「ほう……。だから、あの態度か。明らかにローランを毛嫌いしているようだったが」
「まあ。……生粋の人族主義者だし」
「人族主義者?」
「つまりは私のような珍しい髪の毛、目、獣人やエルフといった人間が嫌いな人のことのよ」
「なるほどな」
「それに……。今王室と家臣との間がかなりごたついているからね」
「ごたついている?」
「冒険者に対する政策を続けるか否かということで、王室と家臣との間でもめているの」
それならユカも噂で聞いていた。
優遇・移民政策を続けると主張する王室派。
撤廃を主張する家臣派が王国を二分する形で争っていることを。
こうした政策論議は、民間でも盛んに行われている。
冒険者が集う酒場でも、この話題一色だ。
何せ自分の商売に直結することだ。
冒険者も気が気でないのは当然だった。
「ローレスは冒険者の国だろう? 撤廃を示唆する議論が出る理由がよくわからないのだが」
「問題点として2つ。移民が増えたことによって、犯罪も同時に増えたことね。なんでもかんでも受け入れてしまって、素性がよくわからない人間もローレスに入ってきてしまったのよ」
「もう1つは?」
「労働力の問題……。冒険者を優遇したことによって、国内でも冒険者になる人間が増えてしまった。そのため冒険者以外の労働者が減ってしまった。特にインフラ整備に当てる人員の確保が難しくなっているのよ」
「そういえば、ギルドで川の人夫を募集していたな」
ユカが言っているのは、城下を流れるローレス川上流の堰のことだ。
2年前の大雨でローレス川が氾濫し、堰を作ることになった。
だが、人員が足りず、遅々として工事が進んでいない。
「そういった国のインフラ整備を整えて指示を出すのが、さっきのジメルよ」
「なるほど。……ローランを目の仇にするわけだ」
「私は仲良くしたいんだけどね」
ローランは肩をすくめる。
「ところで、ローラン……」
「なに?」
「話は変わるのだが、さっきこの場所を通ったような気がするのだが……」
つと王女の足が止まった。
首をひねる。
ローランは苦笑を浮かべた。
「へへへ……」
「まさか……。迷ったのか?」
「そのまさかよ」
ユカは顔を手で覆った。
「実は私は方向音痴なんだよね」
「ここはお前の城だろ? 何年住んでるんだ?」
「てへぺろ!」
舌を出す。
妙にかわいいのがまた腹が立った。
「お前が部屋に“ひきこもっている”理由がよくわかったよ」
ユカは大きく息を吐いた。
作中にて「病気」と表現させていただきましたが、
あくまで異世界の人間にわかるように、ということで描写させていただきました。
ご理解いただきますようお願いします。
明日も18時に更新します。
よろしくお願いします。




