第9話 ~ だから、側にいて。お願い ~
外伝Ⅳ第9話です。
よろしくお願いします。
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ローランは『復活の証文』を火で炙る。
皆の視線を背中で受けた。
疑義と困惑の眼差しが向けられていることは、背後を見なくてもわかる。
――これぐらいでいいでしょ……。
そっと火から離す。
裏返したり、逆さにしたりして、調べる振りをする。
しかし、ピンク色の瞳は一点を見つめていた。
オーバリアントの文字にも、日本語でいうところの「、」「。」といった句読点が使われる。
公文書である『復活の証文』の文章にも当然使用されている。
『復活の証文』には規約が書かれていた。
証文が、文書を預かる教会で冒険者が生き返ったことを示すものであること。
いかなる理由・身分であろうと、偽造を固く禁ずること。
同じ証文を2枚作り、王国公文書館と教会で管理を行うこと。
概ねそういった内容が書かれている。
ローランが注目したのは、最後の文章だ。
『以上の規約を遵守する誓約のもと
下記に復活者と復活の儀式を行った者のサインを記入すること』
割と長いセンテンスで書かれていながら、句読点は見当たらない。
改行を行うことによって、読みやすくはなっているし、そもそも契約書などでは決まり文句であるため、あまり誰も注視しない。
だが――。
いわゆる現代世界でいう“炙り出し”というものをやると、文章がこうなる。
『以上の規約を遵守する誓約のもと、
下記に復活者と復活の儀式を行った者のサインを記入すること。』
毎日、公文書を見てなければわからないほどの些細な改編が行われる。
この秘密を知っているのは、父であるラザール、公文書を発行している公文書館の人間。
そして提案したローランしか知らない。
しかも公文書館の人間も、偽造防止のための香り付けだと認識している。
オーバリアントで言う「レヴィ」――現代世界ではレモンに近い――果物の汁を使って、作業をしているからだ。
こうして火で炙ると出てくることを知るのは、ローランとラザールしかいない。
『復活の証文』を確認を終える。
すると何食わぬ顔で、ムルネラに返却し、お礼を言うのだった。
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ローラン一行は再び王女の居室へと戻ってきた。
空が薄く青みがかっている。
夜明けが近い。
その中、疲れ果てたリモルはソファに座るなり眠りこけてしまった。
黄緑の髪を、アスイが撫でる。
彼女も疲れていた。目の周りに、隈ができ、落ちくぼんでいた。
不安なのだろう。
当然だ。
結果的に、夫が蒸発した可能性が高くなったのだ。
限界かもしれない。
今、彼女を支えているのは、おそらくリモルという存在だ。
「ローラン……。公文書を見て、何か不審なところあったのか?」
バーガル親子の様子を見ていたローランはふと視線を上げる。
がたいの大きなメイドが立っていた。
スカートの横には鞘に収まった剣が下がっている。
お付きのメイドとなったユカに向かって、ローランは軽く肩を竦めた。
テーブルに置かれた冷めたお茶を一口すする。
「あれは本物ね」
「見分けがつくのか」
「ちょっとした細工がしてあるのよ」
「あの儀式みたいなのはそのためか」
蝋燭の火であぶったことを言っているのだろう。
ローランは「ええ……」と短い言葉で肯定した。
「どうする?」
尋ねた後、ローランにそっと耳打ちした。
「今のままでは、リモルの父親が妻と子供を捨てたということになるぞ」
「大丈夫……。まだ調べることはあるわ。それに――」
「なんだ?」
「亡霊騎士の疑いがまだ晴れてない」
「あ――」
「あの教会が怪しいことは間違いないでしょうね」
「どうして断言できる?」
「床が掃除してあったからよ」
「掃除なら誰でも――」
「ムルネラが掃除をするような司祭に見えた?」
「それは……」
「そんな殊勝な人間なら、空いた天井をそのままにしておかないと思うわ。……ぴかぴかになるほど、水拭きされていたしね」
「何故そんなことを気にする?」
ローランは立ち上がった。
ユカの顔に、迫る。
お互いの鼻息がかかるほど接近する。
真っ白な肌の美少女に迫られた。
さしものユカも顔を赤くする。
「ユカ……。あなた、意外と鈍いわね」
「わ、悪かったな」
「頭を巡らせばわかることよ。ムルネラが掃除をしなければならなかったわけ」
メイドは顎に手を置いて考える。
黙考はさして長いものではなかった。
「足跡を消すためか……」
「そういうこと」
にやり、と笑った。
「つまりあの晩、誰かがいた。おそらく私たちが来る少し前にね。ムルネラ、掃除をしていて、私たちが来るまで起きてたのよ。だから、教会に入ってきた私たちにもすぐ気づいた。――もしかしたらその訪問者が忘れ物を取りに来たとか、そう思ったのかもしれないわね」
「なるほどな」
はあ、とユカは感嘆した。
「しっかりしてよね、私のワトソンくん」
「わと……なんだ、それは?」
「助手っていう意味よ」
「時々、ローランの口から出てくる謎のワードは一体なんなのだ?」
ふふん、と鼻を鳴らす。
ローランは満面の笑みを浮かべた。
「ひ・み・つ」
と言った。
思わせぶりな表情。
ユカは前髪を掻き上げる。
綺麗な黄緑色の瞳でローランを睨み付けた。
しかし袖にされるだけだ。
結局諦めて、話題を変えた。
「で? どうする? 教会を見張ろうか?」
「それはまだいいわ」
「だが……」
「ユカは私のメイド……。だから、側にいて。お願い」
また思わせぶりに笑みを浮かべる。
白い野花がぱっと開いたような笑顔。
ユカの顔が再び赤くなる。
「じゃ、じゃあ……。何をする?」
「本丸に入る前に、少し調べておきたいところがあるの?」
「どこだ?」
「公文書館よ」
ローランは目を細めた。
少し休憩を取り、ローランが動き出したのは昼過ぎだった。
家臣たちが昼食を終え、給仕たちが後片付けに追われている。
同時に、廊下にはいい匂いが立ちこめていた。
今度は、給仕たちの昼食の時間なのだ。
そんな中、ローランはユカを伴って廊下を歩いている。
真っ白な髪。
ピンクの瞳。
白い素肌。
異様でありながらも、絶世の美しさを備えた王女
姿を認めたものは、繁忙を極めていても、立ち止まらずにはいられない。
職務を止め、歩くことを止め、息することすら止めて、頭を垂れた。
付き従っていたユカにとって、異様な光景だった。
そしてすぐにわかった。
廊下ですれ違うほとんどの人間が、本心から頭を垂れていないことを。
その美しさからでも、身分からでもない。
単純な恐れ……。
そして――その一方で、侮蔑の念を抱いていることを……。
王城の人間の態度を見て、ユカはようやく理解した。
今あるローランのポジション。
同時に、今自分が何に仕えているか、を……。
「ユカ……」
唐突に前を歩くローランが声をかけた。
びっくりして、反応が遅れる。
「な、なんだ……」
「イヤになった?」
「なにが、だ?」
「隠さなくてもわかるわよ。わかったんでしょ。私の王城での立ち位置」
誤魔化しはきかない。
ローランは自分よりもずっと年下だが、向こうの方が賢い。
それはまだたった2日だが、イヤと言うほど思い知らされている。
「まあな。……でも、イヤではない」
「そうなの?」
ローランは歩きながら、顔を後ろに向けた。
「人間が人間を蔑む目には慣れている。これでも貧乏な農村の出身だからな」
「ああ……」
「似たようなものだ。たとえ、身分が違っていてもな」
「そう……」
ローランは前を向く。
そして呟いた。
――やはり正解だったわね。
「ん? 何か言ったか?」
ユカが肩口から顔を出す。
「何でもないわ」
そう言ったローランは嬉しそうだった。
ストックと自分の精神がガリガリと削られていく音がする……。
明日も18時に更新します。
よろしくお願いします。




