第7話 ~ “ショタ”って言葉を知ってる? ~
外伝Ⅳ第7話です。
よろしくお願いします。
「リモル、起きてくれる?」
小さな肩を叩く。
リモルを瞼を上げ、唇についた涎を拭った。
寝ぼけ眼をキョロキョロと動かす。
視界には3人の女の人が立っていた。
自分を見つめている。
みな、微笑んでいた。
――1人は母親アスイだとすぐわかった。
2人目は真っ白なエプロンに何かヒラヒラした布をくっつけている人。
亡霊騎士と戦っていた。とても強い。
3人目は猫耳の綺麗な人。
たしかガーネットと名乗っていたはず……。
「ふぇ……」
リモルは子供らしい反応を見せる。
何故、自分が見つめられているのかわからない。
そんな顔だ。
「おはよう」
ガーネットに声をかけられるも、リモルは首を傾げる。
外を見ると真っ暗だ。
夜空に星が見える。
「ちょっとお出かけするわよ」
「今から……?」
「うん。あなたたちのお父さんが運び込まれた教会にね」
「教会に?」
ぼんやりと鸚鵡返しに尋ねた。
「ロー……」
ユカは口を開いた瞬間、ローランの足蹴りが飛んでくる。
間一髪のところでかわすも、追撃の肘鉄が横っ腹に突き刺さった。
「お、おお……」
不気味な声を上げて、ユカは蹲る。
「ロー……何かな?」
「す、すまん。ローキックは基本だなって言おうとしたのだ」
「何それ……」
「そ、それよりもガーネット。やはり、私1人で行けばいいと思うのだが」
教会に行くと言いだしたのは、ローランだった。
目的は『復活の証文』の確認だ。
まずそれが正式な証文なのか。
サインしているのが、本当にリモルの父親なのかを再確認するためだ。
「ダメよ。正式な証文かどうか確認できるのは、私しかいない。2人を連れて行くのも、サインを今一度確認してもらうためよ」
「だが……。素直に見せてくれるだろうか?」
「教会が……? まあ、その時は頼りにしているわ、元冒険者さん」
ローランはユカの胸を叩いた。
長い紫の前髪を掻き上げる。
「私はお前のメイドであって、荒事担当ではないのだがな」
「行くわよ」
すでにその時には、居室のカーペットをめくっていた。
やれやれ……。
ユカは首を振った。
再び夜のローレス城下に人影が伸びる。
窓から漏れる光を受けると、人通りが極端に少なくなった表通りに、4つの影があぶり出された。
そのまま西へと向かう。
リモルはまだ眠いらしい。
何度も欠伸をし、目を擦っている。
その度に、アスイやローランが立ち止まって元気付けた。
居室に待機しててもらうことも考えたが、万が一見つかるとさすがの王女でも隠し通すのは難しい。
王女の居室に、男子を連れ込んだとなれば、どんな噂が立つかわからなかった。
「ふふ……」
「何がおかしいのだ、ガーネット?」
「いえね……。ユカは“ショタ”って言葉を知ってる?」
「いや」
「でしょうね」
以降、ローランは言葉の説明をしなかった。
ただ笑っていた。
それが不気味で、ユカは少し距離を開ける。
「あそこの教会です」
先導していたアスイが指をさした。
体感的に1時間近く歩いただろうか。
ようやくローランたちは目的の教会にたどり着いた。
オーバリアントには時間という概念はあるが、12進法も時計もない。
体感で測るしかなかった。
「いかにも……って感じの教会ね」
建物を見上げる。
教会は壁面や屋根の一部が崩れていた。
プリシラ教の象徴こそ屋根にかかっているが、黒い鳥が羽を休め、ホーンテッドマンションの様相を呈している。
小さいながら庭とすぐ近くに墓地が広がっている。
植えられた木は枯れており、恐怖に拍車をかけていた。
時間は丑三つ時。
人の気配も声もなく、町は寝静まっている。
教会の建物は開いていた。
いかなる時間、いかなる者も拒んではならない。
それがプリシラ教の教えだった。
盗みに入られてもいいよう、教会に華美な装飾はない。
祭壇や置かれた椅子も質素なものだ。
どこの教会も同じだが、外と同じく中も荒れ果てていた。
天井がぽっかりと開いており、星の光が射しこんでいる。
中に入って、辺りを窺う。
ローランはふと足下に視線を落とす。
荒れ果てているが、掃除はかかしていないらしい。
床を水拭きした跡があった。
――なかなか殊勝な心がけね。
ローランはわずかに笑みを浮かべた。
カッカッカッ……。
すると奥の方から足音が聞こえてきた。
やや足早に現れたのは、司祭服を纏った男。
おそらくこの教会の司祭だろう。
「誰だ?」
やたらと高圧的な声を発する。
警戒しているというよりは、どこかめんどくさそうな印象が残る声音だった。
「怪しいものじゃないわ」
進み出たのはローランだった。
司祭に近づいていく。
闇の中で徐々に司祭の顔が露わになった。
剃髪に、魚眼のような丸い瞳。
エラの張ったあごは、どこかカエルを思わせる。
肌は青白いので尚更そう見えて、ローランは思わず笑いそうになった。
「何がおかしいのですかな?」
顔を隠したつもりだったが、司祭にはばれてしまったらしい。
軽く咳払いをして、ローランは姿勢を正した。
「公文書館の方からやってきましたガーネットと申します」
穏やかに、詐欺師みたいな言い方で名乗った。
司祭は少し目を細める。
疑いの目であることは明らかだ。
ローランはそっと短剣を差し出す。
そこにはローレス王家の紋章が光っていた。
今度は、驚きに見開かれる。
咳を払い、青の司祭服の襟元を正した。
「失礼した。……当教会の司祭――ムルネラと申します」
手を胸に当て、一礼する。
顔を上げた。
その表情からすべての猜疑心が取り除けたとは言い難かった。
「王国の公文書館の方が、こんな夜更けにどんなご用ですかな?」
「夜分に申し訳ありません。実はこの親子から頼まれて、証文の確認を」
「親子……」
司祭はバーガル親子に魚眼を向けた。
睨まれた瞬間、アスイは少し顔を逸らす。
一方でリモルはまさに親の仇――といった具合に睨んだ。
ムルネラの口元がわずかに動く。
一瞬、舌打ちしようとしたのを寸前で止めたような動きだ。
「ああ……。いつぞやの」
冷静に返した。
「覚えておりますよ。……確か旦那様がここの教会に登録されていて、生き返った後に行方不明になったと」
「行方不明になったんじゃない! おま――――」
突然怒鳴り始めたリモルの口を、ユカが塞いだ。
しー、と口元に指を当てる。
「どうかされましたか?」
「いえ……。実は、証文が偽物だったのではないか、と申しておりまして」
ムルネラは「くふくふ」と嫌らしい笑みを浮かべた。
「そんな子供の言葉を真に受けたのですか、ガーネット殿」
「無礼をお許し下さい、司祭殿」
ローランは軽く頭を下げて、非礼を詫びる。
「しかし……。ご承知のことと思いますが、『復活の証文』はこうしたトラブルを避けるため、教会側と王国側が示した解決策です。その証文に疑いありという声を聞けば、たとえ子供の寝言であろうとも、疑いを向けざる得ません」
「私の教会で不正が行われていると……」
「そこまでは言っていません。疑いを解きにやってきた。そう……ご理解下さい」
「何もこんな夜更けにこなくても……」
「即時解決することこそ肝要と思い、無礼は承知で参りました。どうかご協力を」
徹底的に下手に出る。
やんわりと追い返すつもりだったムルネラも、いよいよ言葉に詰まった。
むしろ、ここで断れば、逆に疑われる。
そんな雰囲気を察し、ムルネラは覚悟のため息を吐いた。
「わかりました。どうぞこちらへ」
手を差し、4人を導く。
「ありがとうございます」
ローランは頭を下げた。
それを後ろでユカは見ていた
軽く舌を出して、王女は笑っていた。
時々こうやってローランが現代語を引き出すのは、
自分が現代の人間であることを忘れないようにするための
癖だと考えています。
明日も18時に更新します。
よろしくお願いします。




