第6話 ~ 私は知っていることをお話しているだけよ ~
外伝Ⅳ第6話です。
よろしくお願いします。
ローラン・ミリダラ・ローレスの居室に、いつも通り朝日が差し込みはじめた。
その大半が分厚いカーテンによって遮られたが、暗闇に沈んでいた部屋は、ほのかに明るくなってくる。
静かな朝だった。
いつも通りの王城の雰囲気。
だが、不意に「ゴト」と重い音が部屋に鳴り響く。
ピンク色のカーペットが持ち上がった。
さらに膨れ上がると、カーペットをはねのけ、1人の人間が現れる。
黒のワンピースに、ひらひらが付いたエプロン。
出で立ちはメイドだが、手には片手で振れる剣を持っていた。
「まさか……。城内にこんな抜け道があるとはな」
突如、ユカが床から現れた
すっかりトレードマークになったエプロンの埃を払う。
翻って、後続の少年に手を差し出した。
「んしょ」
というかけ声のもと、リモルが床に空いた穴から出てくる。
続いて母親のアスイ。
そしてローランが続いた。
「へへ……。なかなか面白いでしょ」
ローランは煤だらけの顔で笑った。
「ロー――」
思いっきりユカの足を踏んづけた。
「いっ――」
声なき悲鳴を上げて、ユカは思わず跳び上がる。
その横でローランは睨む。
口元はにやりと笑っていたが、明らかに怒っていた。
「ロー……何かな?」
「す、すまん。が、ガーネットが作ったのか?」
「そうよ。よくわかったわね?」
「こんなことを思いつくのは、王城の中でもお前ぐらいだろ」
「たははは……。ばれたか。1度作ってみたかったのよね、抜け穴。あっちの世界じゃあ、そんなの作ったらむちゃくちゃ怒られるし」
かといって、オーバリアントでやっていいものでもなかった。
ローランの言うことを理解できず、バーガル親子は呆然と見つめる。
また訳のわからないことを――とでもいうように、ユカは頭を抱えた。
「しかし、いいのか? こんなところに2人を連れてきたりして」
「もちろん、いいわよ。私の部屋なんだし」
「狭義でいえばそうだが、広義でいえば王の城なんだぞ」
「ここってお城なの?」
リモルが尋ねる。
「そうだよ」
ローランは屈み、安心させるように少年の頭を撫でた。
「もしかしてガーネットは王女様なの」
少年は目を輝かせる。
ちょっと困った顔をしながら、ローランは小さく首を振った。
「ううん。違うよ。……でも、このお城の偉い人だよ」
――子供に堂々と嘘を吐くなよ。
またユカは頭を抱える。
「あの……。本当に私たちはこんなところにいて、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫、大丈夫……。とりあえず、ここにいれば命の危険はないから」
「命……」
アスイはびくりと震え上がった。
ユカは説明を引き継ぐ。
「お前たちを狙ったのは間違いないだろう」
「あの子が教会から持ち出した棺を見たからですか?」
「たぶんな」
「とりあえず、幽霊の正体見たり、だね。……まあ、亡霊じゃないことはわかってたけど」
「亡霊じゃないことを知っていたのか?」
「あくまで推測の範囲内だったけどね。でも、ユカの証言とこの親子が狙われていることによって、犯人像が掴めてきたわ」
「犯人像……?」
ユカは眉をひそめた。
「実はね。亡霊騎士が斬った人ってみんなバーガル親子みたいな移民なのよ」
するとローランは机の引き出しを開けた。
そこには紐にくくられた書類の束があった。
ユカに差し出す。
書類に書かれていたのは、亡霊騎士によって殺された人間たちだった。
そのほとんどが移民となっている。
「どういうことだ、これは?」
「それを今から調べるのよ。ようやく捕まえた尻尾だからね」
「違う。なんでお前がこんなことを調べているんだ? ……ロー……ガーネット。お前は、一体何を知っているんだ?」
「別に……」
ローランはいたずらっぽく笑った。
そして何かの決め台詞のようにこう言った。
「私は知っていることをお話しているだけよ」
ふふ……。
王女は声を出して笑う。
「1度でいいから言ってみたかったのよね」
みながぽかんと口を開ける中……。
ローランは実に楽しそうに微笑んだ。
「眠ったか……」
2人がけのソファで、バーガル親子は寄り添うように眠っていた。
その手の平には飲んでいた茶器がある。
ユカはそっとカップを拾い上げると、テーブルに置いた。
「相当疲れてたみたいね」
ローランは立ち上がって、隙間のあいたカーテンをきっちりと閉める。
「マキシアから来て、父親が冒険者になり、さらにいなくなったとあっては、休む暇もなかっただろう」
元冒険者のメイドは目を細める。
口元は笑っていた。
リモルの髪を撫でる。
「父ちゃん……」
譫言を言う。
反射的にユカの手を払いのけ、さらに母アスイの方に身体を預けた。
「ユカは子供が好き?」
「ああ……。まあな。何故、そんなことを聞く?」
「あなたのそんな優しそうな顔……。初めて見たから」
「…………。初めてなのは当然だろ。忘れたのか? 我々は今日会ったんだぞ」
「それもそうね」
ローランは戻ってきて、椅子に座り直した。
ユカはもう1度リモルを見つめる。
先ほどのように柔和な笑顔を見せた。
「私にもな。弟がいたんだ」
つとユカは告げた。
ローランのカップが揺れる。
「身体が弱くて、5歳の時に亡くなったがな」
「プロフィールに書いてたけど、ユカも一緒なのよね。そこのバーガル親子と」
「貧しい山村の農民だった。ローランは〈パルカ〉という言葉を知っているか?」
ローランは目を細める。
眉間に皺が寄り、どこか怒っているようにも見える。
〈パルカ〉というのは、オーバリアント特有の単語で、現代世界でいえば〈口減らし〉のことだ。
現代世界では子供を奉公に出したりする時に使うものだが、オーバリアントでは違う。
特に身体の弱い子供が、山深いところに置き去りにするのだ。
むろん、身体の弱い子供が山で生きられるはずもなく、死んでしまう。
奇跡的に、山から戻ってきても、この子は身体が弱いと嘘を吐いていたとして、村の代表が殺してしまうのだという。
どう転んでも、健康体ではない子供を殺す風習のことを〈パルカ〉という。
貧しく。
子供を養えない現状は理解できる。
それでも黒星まなかは、現代人からすれば前代未聞の風習に怒りを覚えずにはいられなかった。
〈パルカ〉を知った時、父ラザールに禁止する法律を設けるように進言したほどだ。
「どうやら知っているようだな」
「ユカの弟さんは……」
「察しの通りだ……。〈パルカ〉によって亡くなった」
「山からは――」
「戻ってこなかったよ。……身体は弱かったが、私よりも賢い子だった。たぶん、己の命運も理解していたのだと思う」
「…………」
「だから、多分……。戻ろうとすらしなかっただろう。あいつは――」
ローランの顔が曇る。
「そんな顔をするな、ローラン。……あいつが戻って来なかった時、私はホッとしたんだ。あいつは遅かれ早かれ死んでいた。それに村の代表は父だ」
「――――!」
「自分の息子を殺さなければならない状況を、他の兄妹も母も見たくはなかった」
「それも含めて」
「わかっていたのだろう。……本当に賢い子だった。死ぬには惜しいほどに。生まれた場所が良ければ、もしかしてお前の側近ぐらいになってかもな」
結局、ユカの家族は耕作地を売り払うことになった。
それを元手に移民制度を使って、家族は冒険者になるためローレスに来たという。
「結局、両親は諦めてマキシアに戻ったが、私や他の兄妹はその後も冒険者として働き、それなりに活躍もできた。両親2人を養う程度にはな」
ユカはローランに許可を取り、部屋の寝具から掛け布団を取り出す。
ソファで眠る2人の親子にかけてやった。
「ラザール王には感謝している。冒険者の移民政策によって私たち親子は救われた。私自身もな」
「そう。それは良かった」
「なあ……。ローラン」
「ん?」
ユカは一瞬、逡巡した後、尋ねた。
「お前はなんで亡霊騎士のことを調べている。このことに関しては、王国も動いているのだろう?」
「純粋な好奇心っていったら信じる?」
「信じる。……だが、それだけではないのだろう」
「…………」
「付き合いは短いが、お前は無邪気な好奇心をもっていても、子供のように単純な人間ではないはずだ」
「会って間もないのに、なんでわかるの?」
「これでも冒険者でな。いろんな人間とパーティーを組んでいた。まあ、理屈ではなく、単に勘だがな……」
「そう――」
ローランは顎に指を1本押し当て考えた。
そして――。
「ある人にね。言われて、調べているの?」
「ある人?」
「それは教えられない。ユカ……。これ以上深入りするのはオススメしないわ。気持ちは嬉しいけど、あなたは通常通り――」
「ダメだ!」
ユカは突っぱねる。
強い声だった。
「親子に同情した? 自分の境遇を重ねているとか。なら――」
「それもある。けど――」
「けど?」
「私はお前のメイドだからな。……だから、どこまでもついていくつもりだ」
ローランは目を伏せた。
否定も肯定もしない。
ただ……。
「そう……」
とだけ呟いた。
まなかの設定では、ラノベ好きなのではなくミステリー好きなのです。
明日も18時に更新します。
よろしくお願いします。




