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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
外伝Ⅳ ~ ローラン・ミリダラ・ローレス ~

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第5話 ~ こういう時こそ、現代世界の知識 ~

外伝Ⅳ第5話です。

よろしくお願いします。

 虫ランプの明かりに照らされ、銀装の騎士の姿が浮かび上がっていた。


 全身をくまなく金属の鎧で覆っている。

 フルフェイスをかぶり、顔の形どころか表情すら見えない。


 まるで中身が(ヽヽヽヽヽヽ)何もないよう(ヽヽヽヽヽヽ)にすら思える(ヽヽヽヽヽヽ)


「亡霊騎士……」


 ローランは噂の名前を口にした。


 息を呑む。


 バーガル親子は身を寄せ合い、ユカはじっと騎士を見つめていた。

 みな、冴えない顔をしている。


 城下を賑わす亡霊に出会ったのだ。

 平静なものなどいるはずがない。

 しかも、その騎士に会えば、死体が増える。


 つまり、殺される。


 亡霊騎士は無言だった。


 ただ下げていた剣先を、空へと向け、両手で握った。

 ぐっと沈み込む。


 ――来る!


 ローランが反応した時には、亡霊騎士は駆けていた。

 一瞬、間合いが詰められる。


 まずい!


 心の中で叫んだ時には突き飛ばされていた。


 横合いからユカが飛び出す。


 ギィンンンン!!


 闇に2つの剣線が閃く。


 騎士の一刀をものの見事に受け止めていた。


「くぅ」


 苦悶が漏れる。

 ユカからだ。


 フルメイルを着て、風のように動ける騎士の膂力は計り知れない。

 元戦士の冒険者といえど、ユカは女性……。

 しかも病み上がりだと聞いている。


 歯を食いしばって押し返そうとするが、びくともしない。

 打ち返すのは至難の業だ。


「ユカ!!」


 主の声が飛ぶ。


 それを聞いたユカは、わずかに口角を上げた。


「何者かはしらんが――」


 黄緑色の瞳が光る。


「つい先ほど契約した主だが……。指1本触れさせんぞ」


 ふっと息を吐く。


 刃を一瞬押し返す。

 そのまま甲冑の胴に蹴りを入れた。


 溜まらず体勢を崩し、亡霊騎士は後ずさる。


 ダメージはない。


 今一度柄を握り直し、腰を落とした。


「ユカ! 大丈夫!」

「……ローランはその2人を連れて逃げろ」

「でも――」

「問題ない」


 ――リハビリ相手としては少々ハードだがな……。


 鞘から剣を抜く。


 反り刃の片手剣。

 ずっと手入れをしてきたのだろう。

 わずかな光にも反応して、鈍く反射している。


 瞬間、ローランの肌が粟立つ。


 ユカが殺気を放ったのだ。

 刃と同じく黄緑色の瞳も、光っていた。


 ――これが戦士としてのユカなのね。


 居室で出会った――少々世間知らずなメイドの姿はない。


 幾多のモンスターを切り伏せた女戦士の顔があった。


 亡霊騎士も感じたのか。

 先ほどとは違った構えを見せる。


 ローランもおののいたが、今はその気迫が頼もしく思えた。


「行くぞ!」


 先手はユカだった。


 腕を開いた独特の構えで、亡霊騎士に向かって走っていく。

 正中ががら空きだ。


 対して亡霊騎士は迎え討つ。

 力を込め、再び一刀の膂力で切り伏せるつもりだ。


 真っ正面から来たユカに、大上段から振り下ろす。


 ユカは軽やかにステップを踏む。

 回避した。


 が――。


 読み筋だったのだろう。

 振り下ろしを途中で止め、剣を返して薙いだ。


 鋭い――。


 剣線が真横を薙ぐ。

 捉えられた――と思った。


 タンッ!


 軽い音――。地を蹴る。


 身を反らし、ユカは空中で逆さになる。

 地に向いた頭の先を、亡霊騎士の刃が通り過ぎていた。


 優美ともいえる回避行動。

 しかしそれだけにとどまらない。


 ユカは飛んだ反動を利用し、回転する。

 腕を水平にし、プロペラのように身体を回す。


 手の先には片刃の剣――。


 ちょうど亡霊騎士の首筋にかかる。


 ――とった!


 ローランは思わず前のめりになり、ぐっと拳を握り込む。


 が、歓喜はすぐに消滅した。


 剣先がわずかに兜にかかる。

 火花が散り、金属を削った。


 ユカはそのまま後方に着地する。


 翻って、亡霊騎士に向かって構えたが、杞憂だった。


 相手のアクロバティックな動きに動揺したのだろう。

 次撃を忘れ、構えを取るだけにとどめた。


「踏み込みが甘かったか。さびてるな……」


 自省する。

 曲芸のような動きを見せた後で、だ。


「ユカ……」

「なんだ? まだいたのか? 早く2人を連れて――」

「あなた、強かったのね……」

「な――」


 ユカの顔がみるみる赤くなる。


「なんだ、その意外そうな顔は! とっとと逃げろ!」

「あなたでも勝つのは難しい?」

「見ていたろ? 現役の頃ならまだしも、リハビリ中の身にとって、少々きつい。負けもないが、勝ちもない。そんなとこだ」

「そう――」


 ローランの顔が暗くなる。


 確かに逃げるのが得策だろう。


 だが勘が告げる。


 ――逃げるな……。


 精神的な意味ではない。


 心の奥底にある一抹の不安……。

 それを払拭できないからこそ、躊躇っている。


 つまり……。



 果たして亡霊騎士は1人なのか……。



 と。


 もう亡霊騎士は出ない。

 その確約をつけない限りは、動くべきではない。

 ローランはそう考えていた。


 しかし、このままユカのお荷物になるわけにはいかない。


 彼女は言わなかったが、力が発揮できない理由の1つに、ローランたちがここにいるからだろう。


 護衛という縛りがなくなれば、ユカの剣技はもっと光るものになるはずだった。


 ローランは迷う。

 その内、剣による火花が散った。


 仕掛けたのは亡霊騎士。

 ユカの動きを見て、『動』の性質の剣技だと見切ったのだろう。

 故に自ら動き、その足を殺しにかかる。


 乱戦に持ち込み、ユカの剣を止めるつもりだ。


 そのもくろみはうまくいく。


 初めこそユカは最小限の動きでかわし、あるいはいなした。

 なるべく剣を持つ手をフリーにし、カウンターに備える。

 しかし、思ったよりも亡霊騎士の手数が多い。


 亡霊故に、体力は無尽蔵なのだろうか。


 重い鎧を着ていないユカの方が、先にバテはじめる。

 身のこなしだけでは間に合わず、打ち合うことが多くなる。


 それは思うつぼだった。

 力にまさる亡霊騎士が徐々に押し込む。


 ――まずい……。


 このままではユカがやられる。


 ローランは周囲を見た。

 ランプの光が届く範囲以外は、すべて黒に染まっている。


 窓や扉があるが、誰も出てこない。

 衛士が巡回している表通りからも遠い。


 叫んだところで、助けは聞こえないだろう。


 ――もう! なんでこういう時に限って誰も出てこないのよ!


 城下の住民たちに向かって恨み言をいう。


 気持ちはわかる。

 みな、亡霊騎士のことを知っていて、荒事にあまり関わりたくないのだ。


 ――あ……。


 ローランは閃いた。


「こういう時こそ、現代世界の知識じゃない」


 ぺろりと唇を舐める。


 喉を整えると、大きく息を吸い込んだ。


 そして――。



「火事だああああああああああああああああああああああああ!!」



 絶叫した。


「え? 火事?」


 ローランの突然の奇行に、側にいたリモルが首を傾げた。


「リモルも叫んで! アスイさんも!」

「え? 私も?」

「火事なんてどこにも――」

「いいから!」


 思わず怒鳴ってしまった。


 あまりの迫力にリモルは縮み上がる。


 そして渋々……。


「か、火事だ~」

「声が小さい! こうよ!」



 火事だああああああああああああああああああああああああああああああ!!



 よしんば王城まで聞こえるような大音声だった。

 一国の姫が発したとは思えない。

 礼儀にうるさいローランの教育長が聞いていたら、卒倒していただろう。


 そんなことなど構いやしない。

 とにかく叫んだ。


 そんなローランの姿勢に、やがてリモルとアスイも同調する。


「火事だああああああああああああああああ!」

「火事ですよおおおおおおおおおおおおおお!」


 と大きな声を張り上げはじめる。


 ――何をやっているんだ、あいつらは……。


 横目でユカはローランたちの行動を見る。


 その効果は徐々に現れた。


 真っ暗闇だった道に、明かりが投げかけられる。

 路地に面した窓から、光が差し込みはじめたのだ。


 人の動揺する声が聞こえる。


 そしてドアが一斉に開き、着の身着のままの状態の人間たちが出てきた。


「火事はどこか?」

「誰か水だ! 水を用意しろ!」

「ちょっと! 私の家は大丈夫なの?」

「火の手は?」


 口々に喋りはじめる。


 静かだった路地が、まるで市場のように騒がしくなった。


 ――よっし!


 ローランは心の中でガッツポーズを取る。


 まさかテレビでやってた防犯対策が、オーバリアントで役に立つとは思わなかった。


「なるほど。『助けてくれ』と叫んでも、誰も出てこないが……。『火事だ』と聞けば、出てこざる得ないというわけか」


 ローランの隣にいつの間にか、ユカが立っていた。


「無事だったのね」

「おかげさまでな」


 片手剣を鞘にしまう。


 ローランは周りを伺った。


「亡霊騎士は?」

「最初に明かりがついた時に引いていったよ」

「そう――」


 ローランはホッと胸をなで下ろす。

 バーガル親子も生き残ったことに、喜びを噛みしめていた。


「ところで、ローラン」

「なに?」

「あれは亡霊ではないぞ」

「どうして?」

「私は冒険者だが、何度か人と切り結んだこともある。甲冑を着た相手ともな」

「それで?」

「あの音と感触……。中に人が入っていなければ、絶対におかしい」

「つまり――」


「亡霊騎士は亡霊ではないということだ」


 騒然とする裏路地に、一陣の生暖かい風が舞い込む。


 2人にまとわりついた空気は、気持ちの悪い気配を含んでいた。


「火事だ」のネタを書いた時、作者も「まさかテレビでやってた防犯対策が、オーバリアントで役に立つとは思わなかった」と思ったw


明日も18時に更新します。

よろしくお願いします。

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