第4話 ~ 私に不自由を与えないで ~
外伝Ⅳ第4話です。
よろしくお願いします。
裏路地に一陣の風が舞い込む。
白いエプロンが翻り、紫色をした前髪が揺れた。
瞼が持ち上がると、黄緑色の瞳がランプの光を反射した。
格好から召使いであることはわかる。
だが、放たれた覇気は武人そのもの。
手に握った両刃の剣は鞘に収まったままだった。
「ユカ……。どうしてここに……?」
元冒険者というユカは、わずかに目を細め、そして睨んだ。
「それは私の台詞だぞ、ローラン。お城から付いてきてみれば――」
「お城からって……。あなた、ずっと私を付けてきてたの?」
「むろんだ。……私はお前のメイドだからな」
「普通、メイドなら主が城から出ようとしたら、引き留めるものじゃないかしら」
ローランは苦笑した。
対して13番目のメイドは、瞼をしばたたかせた後。
「何を言っている。お前が私に命じたんじゃないか」
「え?」
「メイドの仕事は不自由にさせないことなのだろう?」
・・・・・・!
絶句すること以外、他に言うこともすることもなかった。
「ま、まあ、いいわ。結果的に助かったんだし。ありがとう、ユカ」
「別に礼を言われるようなことはしていない。メイドとして当然だ」
ローランは苦笑で返す。
「リモル! リモル! 大丈夫!」
突如、2人の間に悲鳴じみた女の声が通り過ぎていく。
同時に振り返った。
母親らしき女が、男の子に声をかけていた。
リモルという名前らしい。
ローランは親子にかけよると、軽く肩を叩いた。
「落ち着いて」
と優しく語りかける。
「頭を打ったんなら、あまり動かさない方がいいわ」
「え? でも――」
「ともかく、私に任せてもらえますか?」
「……は、はい」
いきなり飛び込んできた見ず知らずの女性。
しかし、向けられた薄ピンクの瞳には、妙な説得力があった。
母親はそっと手を離し、ローランに預ける。
首筋に手を当て触診し、胸に耳を当て鼓動の有無を確認する。
「うん。大丈夫よ。命に別状はないようです」
「よかった……」
「う――。……ううん」
少年の瞼がゆっくりと開く。
リモル! という母親の声に反応した。
「母ちゃん……?」
「よかった」
抱きつこうとした母親を制止する。
「ちょっと待って。気持ちはわかるけど、衝撃を与えたらダメよ」
「あ……。はい」
「この人たちは?」
ややぼんやりとした眼で、ローランを見つめた。
「私はガーネットよ」
「ガーネット? お前の名前は――――痛った!」
ローランは思いっきりユカのつま先を踏んづけた。
「何をする!?」
黄緑色の瞳がローランを睨む。
「こっちはユカ。私のぉ…………友達よ」
「私はメイ――――痛ッ!」
また踏む。
「だから、なんで私の足を――」
「私に不自由を与えないで、ユカ」
「む……。それなら仕方ない」
ユカはあっさり引っ込んだ。
両腕を前で組み、こめかみをピクピクと動かしている。
何やらぶつぶつと呟いているようだった。
そんなメイドの様子を無視し、ローランは話しかけた。
「大丈夫? 頭が痛くない?」
リモルは軽く頭を振る。
「ちょっと頭がジンジンするけど、平気だよ」
「そう。じゃあ、ゆっくり起き上がって」
リモルは言われた通りにする。
続いて立つように言うと、ローランは尋ねた。
「吐き気とか気持ち悪くない?」
「ううん」
リモルは首を振る。
「そ。……今のところ、大丈夫そうね。何か身体の調子が悪くなったらいうんだよ」
「うん。お姉ちゃんは、お医者さん?」
「このお姉ちゃんたちに助けてもらったのよ」
母親は説明する。
リモルは後ろの方で倒れている2人組の男を見た。
「すごい! お姉ちゃん、強いんだね」
「私はか弱い乙女……。強いのはこっちのお姉ちゃん」
ユカを指さす。
剣を台頭したメイドの顔が少し赤くなる。
「ありがとう」
「どういたしまして。ところで、こんな夜更けに出歩くのは危険ですよ」
それはお互い様なのだが、母親は特に糾弾することはなかった。
ただ「すいません。助かりました」といって、頭を下げる。
「実は、この子が探しているうちに、先ほどの暴漢に――」
「こら。お母さんを困らせたらダメよ」
ローランはムッと頬を膨らませてリモルを睨んだ。
「ち、違うよ。ボクはただ教会を見張っていただけだよ」
「教会を…………。見張っていた?」
「どこの教会?」
「お父さんの遺体が運び込まれた教会?」
ローランは首を傾げた。
母親を見る。
「どうやら、複雑な事情があるようですね」
「ま、まあ……」
「これもなにかの縁だと思います。。……事情をお聞かせくださいませんか?」
2人を安心させるようにニッと歯を見せてローランは笑った。
母親をアスイ。
子供の方はリモル。
姓はバーガルと言う。
元はマキシア帝国の北西部に住んでいた農民だったが、ローレスの移民政策に応募し、父は冒険者となり、こちらに移ってきたという。
ところが、父キラルはフィールド上のモンスターにやられ、死亡してしまったという。
「教会にいったのか?」
話を聞きながら、質問したのは元冒険者のユカだった。
「知らせを聞いて、すぐに行きました。蓄えはありませんが、ローレスの復活の代金は非常に安いので」
冒険者の優遇政策の1つで、復活の料金の上限が決められていた。
冒険初心者は、死んでしまう回数が多い。
それらを支援するため、国が設けたのだ。
「ですが――」
「父ちゃんはすでに生き返ってたんだ」
「生き返った?」
「誰が生き返らせたんだ?」
「わからないんです」
ユカの質問に、アスイは頭を振った。
復活にはお金が必要だ。
縁もゆかりもない人間を助ける奇特な人間はいない。
「なら、その父親はどうしたのだ?」
ユカが尋ねる。
アスイの顔はますます沈痛なものになっていった。
「それが行方がわからないんです」
「何かの間違いではないの?」
今度はローランが尋ねる。
「私もそう考えました。一応、安置されている遺体をすべて見ましたが、夫の姿はありませんでした」
「転送先の教会を間違えているとか?」
「それはありません。教会に証文を見せてもらいましたから」
証文は俗語で、正式には『復活の証文』といわれるものだ。
特定の教会で生き返ったことを示す書類で、国の公式文書でもあり、国と教会それぞれで管理している。
以前、ある人身売買のグループが教会から棺ごと冒険者の遺体が盗む事件がおき、教会の司祭もグルになって、遺体の数を水増しして報告する事案が発生した。
それから、証文による二重管理が徹底されることになった。
「確か、証文には生き返った本人のサインが必要ですよね」
「はい。ですから、見せてもらいました」
「どうだったんだ?」
「夫のものでした。冒険者登録の時のサインを、ギルドで確認したから間違いありません」
「じゃあ……。やっぱ父親はあんたたちを置いて……」
「父ちゃんはボクたちを置いて、出てったりしないよ!」
リモルは叫んだ。
ローランも自分のメイドを睨む。
ユカは前髪を掻き上げながら、「すまない」と謝罪した。
「けど……。状況証拠からいって、可能性は否定できないわね」
「父ちゃんはきっとあの教会に騙されているんだ」
「騙されている?」
ユカは怪訝な表情を浮かべる。
リモルは怪我をした顔で大きく頷いた。
「ボクみたんだ! 教会から棺が出て行くところを」
「棺が……。出て行くところ…………」
「うん。夜中にね」
「誰がそんなことを?」
ローランはリモルに詰め寄るとまだ未成熟な腕を握った。
「痛いよ、お姉ちゃん」
「あ。ごめんね……」
「うんとね。……確か、甲冑を着てたよ」
「甲冑?」
「そう――。そうだ」
ポンとリモルは手を打つ。
「ちょうど。お姉ちゃんの後ろにいる人みたいな」
「え?」
ローラン、ユカ、アスイが一斉に振り返った。
キィンと両刃の剣が、地面を打ち鳴らす音が聞こえた。
名前の由来は某超大作RPGのお姫様からです。
明日も18時に更新します。
よろしくお願いします。




