第1話 ~ 変わり者よ、私 ~
外伝Ⅳ第1話です。
よろしくお願いします。
「あなたが13人目のメイドよ」
涼やかな少女の声が豪勢な居室に響いた。
天蓋付きのベッド。
机や椅子には、職人が魂を削って作ったと思われる彫り細工が施されている。
絨毯は明るいピンク色。
壁には3人親子がモデルとなった絵画が飾ってある。
精密に技巧的に描かれた絵は、もはや現代世界でいうところの“写真”と相違ないほど、技術的に昇華されていた。
ただ絵のモデルは架空のものだ。
向かって右で微笑を浮かべている母親は、真ん中に座った子供を産んですぐ他界している。
有り体に――。
ただ一言で説明するなら……。
高貴な人間が住む部屋だった。
少女の声音が響き渡る。
どこか誇らしげですらあった。
ローラン・ミリダラ・ローレスにして、黒星まなかは、対面に立った女性を見つめる。
挑戦的な目つきだった。
なのに、支給されたばかりの給仕服に身を包んだ女性はただ――。
「はあ……」
間抜けな声を上げた。
特に激情に駆られることもない。
ベッドに座ったままの王女を見つめた。
白い髪。そして薄いピンクの瞳。
あとは肌が異様に白いことを除けば、典型的な13歳の体躯と言える。
少々胸の具合も平均よりも遅れているといった体だった。
「それだけ?」
ローランは小首を傾げた。
肩甲骨付近まで伸びた白髪が揺れる。
思わず対面の女も首を傾げてしまった。
黄緑色の目にかかった薄紫の前髪が流れた。
「それだけ、とは?」
「……不吉とか思わない? もしかしてかっこいいとか思っちゃうほう?」
「その言葉は相反すると思うのだが……」
「だって『13』よ。『13』!」
また傾げた。
「その数字が何か?」
「13日の金曜日って知らない?」
「そもそも“きんようび”というのがわからない」
「そっか……」
何やら考え出した。
やおら顎を上げる。
「ねぇ」
「はい」
「えっと……」
声をかけたのは向こう。なのに、また考え始めた。
ベッドに投げ出されたままだった紙を拾い上げる。
書かれた中身を黙読した。
「あなた、ユカ・ミュールよね」
「はい」
ユカは素っ気なく自分の名前に反応した。
対してローランは興味津々だった。
ユカのプロフィールが書かれた紙と本人を交互に見比べている。
薄赤い瞳にチラチラと自分の姿が映っていた。
「あなた……。異世界にいた経験は?」
「あ゛あ゛?」
目の前の人間が王女であることも忘れて、声を荒げてしまった。
しかし、ローランは特に何するわけでもない。
ユカの反応ですべてを悟ったらしく、質問を続けた。
「“ニホン”という単語に聞き覚えは?」
「…………ぜんぜん」
「お父さんかお母さん。この際、祖先でもいいわ。“にほんじん”だったという話とか聞いたことない?」
「うちは先祖代々山村の貧しい家だが……」
「じゃあ、その“ユカ”って名前は誰につけてもらったの?」
「母だ」
「…………」
前のめりになってまで質問攻めにしたかと思えば、今度は黙り込んでしまった。
ユカはなるほどな、と得心した。
曰く「ローレスの王女は変わり者」。
城内に入ってここに来るまで、ある女中に言われた。
ローランは突然、ベッドに背中を預ける。
大の字になって寝転んだ。
「はあ……。期待したんだけどなあ」
「何がですが?」
「あなたの名前よ」
「ユカですか?」
「そう。……日本人っぽい名前だから、もしかしてって思ったんだけど」
はあああ、盛大にため息を漏らす。
本人を前に、だ。
ユカは少々いたたまれなくなったが、自分ではどうしようもない。
ただ立っていることにした。
「ま。いっか……」
起き上がる。
がっくりと項垂れたことをもう忘れたかのように、明るく微笑んだ。
「あの……。ローラン王女」
「ローランでいいわよ。私もユカって呼んでいい」
「はい。ではローラン……。私は何を――――って何を笑っているのですか?」
ローランは口元を手で隠し笑っていた。
白い頬は赤くなっている。
「だって……。私がローランでいいっていって、本当にローランって呼んだメイドは、あなたが初めてよ」
「そうなのですか?」
確かに一国の姫君を呼び捨てするのは良くない。
だが、本人の了解があるならば、それでいいのではないか。
ユカはそう思った。
「あなたは変わり者っていわれない」
「あなたに――」
ユカは自ら口を塞いだ。
ローランを見ると、ニヤリと笑っている。
「あなたに言われたくないって?」
「…………いや、そんなことは――」
「別にいいわよ。なれてるし。変わり者でも異端児でも、妾の子でもなんでもいいわよ」
「ローラン……!」
ユカの語調は強かった。
黄緑色の瞳に憤怒の色が混じる。
「あまり自分を卑下する言動は慎んだ方がいい」
「……。どうして?」
一瞬、間を置いてローランは尋ねた。
「ローランは人を突き放すためにその言葉を使っているようだが、むしろ同情を誘っているように聞こえるからだ。それはお前の本来の狙いとは違うだろ?」
「…………」
ローランは絶句した後。
「ふふ……」
微笑した。
「本当にあなたって変わり者ね」
「お前に言われたくない」
今度ははっきりと言ってやった。
ローランはまた笑う。
楽しそうに。13歳の少女の顔だった。
「気に入ったわ、ユカ……。よろしくね」
手を差し出す。
ユカは一瞬ぼんやりとした後、使用人の服に手をこすりつけた。
そして手を握った。
とても小さな手だった。
それでも今後、将来――。
ローレスという小国を担うであろう少女の手は、力強かった。
「ところで、ローラン……」
「なに?」
「私は何をすればいいのだ?」
自然とローランとユカは手を離す。
薄いピンクの瞳が、やや肩幅の大きな女性の体躯を捉えた。
首を傾げる。
「さあ……」
「さあ、とは?」
「そのままの意味よ。あなたは私の世話係というだけで、私がその業務を把握してるはずがないじゃない」
「確かに……」
うんうん、とユカは2度頷く。
「そう言えば、あなた……」
プロフィールが書かれた紙をもう1度、拾い上げた。
「前職が【戦士】ってなってるけど、冒険者ってこと?」
「そうだ」
「メイドとかお城で働いた経験は?」
「ない」
「誰があなたを雇ったの?」
ローランは真顔で聞いた。
私が聞きたいぐらいだ――。
肩をすくめるジェスチャーで、ユカは示した。
「ギルドのクエスト依頼の中にあったのだ。レベル50以上の腕の立つ剣士もしくは戦士。内容には『城内業務』としか書かれていなかったからな。てっきり城の警護だと思っていたが……」
「王女付きのメイドだったと……。その割には冷静ね」
「これでも驚いているのだ」
ユカは澄ました顔を上げた。
動揺は一片も見当たらない。
ローランは改めてユカを見つめる。
確かに戦士らしい身体をしている。
長身というのもあるが、普通の女性よりも筋肉がついているのが、召使いの服を着ていてもわかった。
「あなたはモンスターを退治したりしないの?」
「少し前に深傷を負ってな。ようやくベッドから起き上がったところだ。ちょうど金も尽きたところだったし、城内業務ぐらいならこなせると思ったのだが」
「なるほどねぇ……」
ローランは考え込む。
「……気に入らないか?」
ユカが尋ねると、白髪が横に揺れた。
「いいえ。むしろ、気に入ったわ。あなた、今まで私に付いたメイドとはちょっと違うみたいだし。それに名前の響きも好き」
「そうか……」
「むしろ――」
「なんだ?」
「あなたの方こそいいのかしら? 王女のお付きメイドなんて」
「ローランが迷惑でなければ、かまわんさ」
「変わり者よ、私」
「だから、自分で言うな」
「ふふん……。ユカのそういうとこ好きよ」
ローランは蠱惑的に微笑む。
ユカは思わず頬を染めた。
超然とした少女の容姿……。
それを気味悪いというものもいる。
だが、ユカにはただ可愛い少女に見えた。
「なに頬を赤くしてるの?」
気づけば、ローランはベッドから立ち上がっていた。
ユカのすぐ前まで近づいてくる。
「いや……。その…………人に“好き”といわれるのは初めてだったのだ」
薄ピンクの目が大きく見開かれる。
そして――。
「ふふ――――」
吹き出した。
そしてユカの二の腕をバシバシ叩いた。
「ホント……。ユカって面白いわ」
涙目を拭った。
雑でもいいから百合をやれって、誰かが言ってた!
明日も18時に更新します。
よろしくお願いします。




