プロローグ
外伝Ⅳ『ローラン・ミリダラ・ローレス』の始まりです。
よろしくお願いします。
ローラン・ミリダラ・ローレスは、最初からローランであった。
そして……。
黒星まなかでもあった。
――え? なに、これ……。
ぼやける視界。
人らしき大きな影たち……。
声がハウリングしてうまく聞き取れない。
かつて自分がいた世界では、何事も受け入れる気構えを持っていたまなかも、この状況の中では混乱するしかなかった。
そして泣いた。
泣き叫んだ。
赤ん坊らしく。
周りは「元気な声だ」と喜んだ。
だが、それが悲しみの産声だということは、本人しか知らなかった。
ここがローレスという国であることを知るのに、数日がかかった。
自分はローランという名前で、なんと王国のお姫様らしい。
それを知った時の黒星まなかは色めきだった。
が、すぐに冷めてしまった。
つまりは、自分は黒星まなかという意識を保ちつつも、身体はローランという姫であると理解したからだ。
不意に『転生』という言葉が頭に浮かび上がる。
どうやら、現代世界から異世界へと転生してしまったらしい。
その意味も……。
そういう話もあるとういことも知っていた。
しかし、いくら人よりも寛容なまなかでも、その現実を理解するのには時間が要した。
――どうしよう……。
考えた末に、まなかは思い切って現地の人に自分の事を話そうと考えた。
自分は地球という星にいて、日本という国で、女子高生だった――。
まなかの思いつきは……。断念せざる得なかった。
話せないのだ。
言語は記憶の中に残っている。
魂に刻まれているのだ。
けど……。
それ以前の問題だった。
うまく喋れない。
出しても「あ」「う」とかしかいえない。
おそらく声帯も、顎や舌の筋肉がうまくできあがっていないからだろう。
まなかはそう推測した。
なのに面白い。
他の大人たちはその言語をたよりに色々推測するからだ。
お腹が空いているのではないか。
おしっこをしたのではないか。
うんちをしたいのではないか。
何か身体の調子がおかしいのではないか。
新鮮な気分だった。
まなかも人の子だ。
こういう経験を自然と赤ん坊の頃にしていたのだろう。
だが、成長した魂の中から見る赤ん坊の光景は、すべて新鮮なものだった。
文字通り、生まれ変わったようだ。
いや――。
実際、生まれ変わったのだが……。
このことをきっかけに、まなかは自分が転生したことをほぼ忘れた。
今の状況を楽しむことにしたのだ。
1年後。
ようやく喋ることもできた。
最初に喋ったのが……。
「しゃべれた」
――だった。
父親は不在で、乳母がその声を確認した。
驚いたというよりは、たいそう気味悪がったという。
父ラザールはその話を聞いて、喜び。
「きっと利発な子になるだろう」
口元を綻ばせた。
1年もすると、立って歩けるようになった。
乳母の目を盗んで、大きな姿見の前に立った。
そこで初めて鏡で自分の姿を見た。
ショックだった。
いや、こういうと語弊があるかもしれない。
別に負の感情はない。
単純に驚いたのだ。
髪が真っ白だった。
新雪のように太陽の光を浴びるとキラキラと光っていた。
目も赤――というよりはピンクに近い。
――外国人みたい……。
やがて呟いたまなかの感想は、とても呑気なものだった。
手も足も小さい。
思わず「かわいい」と声をあげてしまった。
肌も白い。
現代世界の時も、色白だった。
それよりも白く見える。
気になったのは、周りに自分と同じ人がいなかったことだった。
父の髪の色はブラウンだ。
自分を生んですぐに他界したという母親も、金髪だったと聞いている。
乳母や御側付きにも、そうした髪と目のものはいない。
アルビノという遺伝子疾患があるのことは知っている。
異世界であろうと、ほぼ現代世界の人間と同じ構造であるなら、そうした疾患があってもおかしくはない。
しかし、現代世界と異世界の反応は違う。
前者は病気の一種だと考える。
一方で異世界は。
呪いだと考えるのだ。
ようやく部屋の重い扉を動かせるようになった。
大人の目を盗んでは、外の景色を求めた。
乳母や御側付きは慌てた。
だが、それ以外の人間は遠巻きに見つめるだけだった。
冷たい眼差し。
そこはかとなく蔑まれているような気がした。
いや、気のせいではない。
黒星まなか……。
いや、ローラン・ミリダラ・ローレスは王宮内で特殊な人間だった。
人々はみな、こう呼ぶ。
子供だからわからないと思ったのだろう。
“忌み子”と――。
ラザール王の子ではないと――。
ローランが2歳の頃だった。
そんな呪詛のような言葉を聞きながら、ローランそしてまなかは育つ。
そうした状況は変わらぬまま。
さらに11年という歳月が過ぎるのだった。
ローレスト三国の中でも主導的な役割を果たすローレスは、2つの言葉で呼ばれていた。
曰く《はじまりの国》。
曰く《冒険者の国》。
毎年100万人以上の冒険者志望が訪れ、冒険者として登録し旅立っていく。
その数は他国と比べて桁が違う。
こうした背景には、ギルドの本部が置かれていることも1つ理由。
しかし、事はもっと単純だ。
モンスターが非常に弱い、ということだ。
【体力】も低く、癖のないモンスターは、冒険者初心者にとって、打って付けだった。
ローレスはこうした状況をうまく利用し、周辺諸国との折衝の末、冒険者志望を積極的に受け入れる姿勢を打ち出した。
基本的に国家間で禁止されている農夫の移動を、冒険者になることを望む者に限って、許可したのである。
貴重な農民が他国へ流れるのは、国としても痛手だ。
が、冒険者の増加はオーバリアントにとって急務という実情もある。
一方、自国で冒険者を育てることが難しい国々にとっては、ローレスの申し出は有り難い一面もあった。
最大の相手国であり、盟友マキシアの皇帝カールは、話がわかる人物であったことも、施策を推し進めることができた1つの要因だっただろう。
だが、こうした移民による施策は、いつの時代、どこの世界でも軋轢や社会的病理を生む。
冒険者による窃盗や殺人。
冒険者の斡旋を語った詐欺。
果ては人身売買。
新しい犯罪が増え、国は後追いで法律を作っていく。
ローラン・ミリダラ・ローレス。
黒星まなか。
忌み子という蔑称を持つ姫君も、こうした状況の渦中にいた。
次の話から本格的なお話が始まります。
最近、時期的な理由もあるかもしれませんが、
ブックマークが増えてきて、嬉しい限りです。
おそらく8月中は毎日更新が(たぶん)できると思いますので、
今後ともよろしくお願いします。
明日も18時に更新です。
よろしくお願いします。




