第11話 ~ なんスか! その太くて黒いものは! ~
第11話です。
楽しんで下さい。
万雷の拍手に彩られながら、宗一郎は闘技場を後にする。
固い鎖の音ともに城門は閉じられ、歓声が遠くの方へと追いやられる。
暗い廊下を歩いていると、蝋燭の火に煽られて2つの影が現れた。
宗一郎は顔を上げる。
そこにいたのは、ライカと、その足に隠れるようにクリネが立っていた。
一瞬どう反応しようか迷った。
許嫁――おそらく政治的な婚姻であろうが――婚約者となる男を叩き、聴衆の面前で辱めたのだ。
自分やったことに後悔などないのだが、傷つけないという約束を反故にしてしまった。故に気まずくはある。
しばらく間、言葉も交わさずに沈黙する。
すると。
パチパチ……。
穏やかな拍手が聞こえた。
ライカが細い指をピンと張って、手を合わせていた。
「お疲れ様でした、勇者殿。良い戦いでした」
「良い戦いか……。オレはお前の許嫁を素手で殴り、聴衆の面前で恥をさらしてやったのだぞ」
ライカの金髪が横に揺れる。
「いいえ。約束を守っていただいた。マトー殿も、そしてあなた様も無事こうして戻ってきたのだから……」
言葉を聞き、宗一郎は無意識的に息を吐いた。
思ったよりも、気を張っていたらしい。
「なら、いいのか? こんなところにいて。本来なら、あちら側を激励せねばなるまい」
「良いのです。おそらく今は顔も見たくもないでしょう。頑固者の顔など……」
――聞こえていたのか……。
たいした地獄耳だ。
「それよりも我が妹の賛辞も聞いてやって下さい。珍しく闘技に関心を持ったようで、勇者殿に一声かけたいと自ら申し出たのです。……さあ、クリネ」
まだぬいぐるみを抱きしめていそうな年齢のクリネは、姉の後ろから怖ず怖ずと現れると、スカートの裾を掴んで一礼した。
「先日は、満足に挨拶もせず中座して申し訳ありませんでした」
謝罪した。
初めて会った時のことを言っているのだろう。
クリネが話すまで、すっかり忘れていた。
宗一郎は微笑を浮かべ、片膝を付き、小さな姫君に向き合った。
「いえ、こちらこそ……。姫君におかれまして、此度の戦い。少々ショッキングなものをお目にかけてしまいました。わたくしの方こそ、申し訳ありません」
クリネの顔が赤くなる。
慌てて、頭を振る。二房に結われた濃いブロンドが横に揺れた。
「そ、そんなことはありません。とてもカッコ良かったです!」
はっ、と息を飲むのがわかった。
一度上気した顔がさらに溶かした鉄のように赤くなる。
「~~~~」
辛抱できないという風にくるりと振り返る。
姉の腰布を掴むと、それを軸にして背中に隠れた。
「こら! クリネ!」
やだやだと、姉の影に隠れて頭を振る。
「すまないな、勇者殿。……普段は危ないぐらい活発な妹なのだが、どうも初対面の人間は苦手のようで」
「そんな子供もいる。かく言うオレもその1人だ」
「勇者殿が? 信じられないな。……我が父上と、初対面であれほど物怖じせず会話をかわした人間は初めて見たが」
「だから、昔の話だ」
「そうか。……おっと、その父――陛下からの伝言だ。また話がしたいので、今夜晩餐の席に招待したいと」
「戦った後に、今度は晩餐か……。休む暇もないな」
はあ、と息を吐く。
戦いの疲れ――というよりは、異世界に来てから気疲れの方が問題だった。
立場も目上の事も考えず、現代世界であれほど好き勝手やっていたのだ。
そのギャップに、まだ身体と精神が慣れていないらしい。
いっそ卓袱台をひっくり返してやろうかと思うが、そこまで宗一郎は横暴でも子供でもない。
現代世界で一国の首相相手に啖呵を切るようなことをしていたが、これでも宗一郎は慎重に彼らとの信頼関係を結んできた。
それは別れの時にもよく現れている。
「疲れているなら、日取りをずらしてもらうが」
我に返り、宗一郎は顔を上げる。
「いや、いい。……折角のご招待だ。お招きに預かろう」
「うむ。では、客室で待たれよ。時がくれば、係の者が来るだろう。湯浴みをしたいのであれば、メイドたちに言えばいい」
「小間使いみたいな真似をさせてすまないな」
フルフルがいれば、随分と殊勝な言葉だとからかっただろうが、宗一郎の本心だった。
「それはこちらの台詞だ。では、今夜また」
ライカは背を向ける。
クリネはそっと一礼すると、姉について行った。
「随分、殊勝な態度じゃないスか。ご主人……」
うしし、と笑みを浮かべながら現れたのは、悪魔だった。
薄紫の髪は実験に失敗した博士みたいにボンバーヘッドになり、悪魔の象徴とも言える2本の角は、完全に隠れてしまっている。
「いたのか、淫乱悪魔」
「いますとも! フルフルはご主人のど・れ・いなんスから」
「あ・く・まの間違いだろ?」
「ところでどうします? きっとマトー様は今頃、お楽しみですよ。……私たちも部屋に戻って。1発キメときます?」
ムキッ!
「ぎゃああああ!! ご主人、なんスか! その太くて黒いものは! やめて! フルフル、いっちゃう! いっちゃうううううううう!!!」
「黙れ! この年中無休の発情悪魔め!!」
文字通り、主人の鉄槌が再び振り下ろされた。
バリアンが東に沈んだ夜。
闘技場での熱狂そのままに、多くの人々が晩餐に出席していた。
あちこちでは踊りや歌の催し物が行われ、シェフが目の前で料理をふるう即席の屋台などが並んでいる。
壁には煌びやかな装飾が施され、1トンほどあるのではないかと思うほどのシャンデリアが広間の中央に下がっていた。
晩餐というから、皇帝の家族を囲んで食事でもするのかと思いきや、これでは夜会――いや、屋内型の祭りに近い。
人の多さこそ、年に2回行われる某イベントには遠く及ばないものの、コスプレではない本当の中世ヨーロッパ風のドレスや、キルティング地のダブレット、厚手のマント姿は、如何にも異世界という感じがした。
かくいう宗一郎も、スーツを洗いに出され、完全に異世界モードにチェンジしていた。
ジュストコールのような長い藍色のコート、レースが付いた白のベストに、網の目状になったキュロットという出で立ちだ。
正直言って、宗一郎は気に入っていなかった。しかし肩や胸に綿を詰めるようなダブレットなど不細工だし、司祭のような長いシュールコーも、着る気になれなかった。
様々な妥協と、メイド達の苦悩を経て、今の格好なのだが、やや殺気だった仏頂面が綻ぶことはなかった。
だが、思ったよりも奥方たちには人気らしい。
スーツ姿よりも、こちらの方が似合っていると絶賛されてばかりいた。
男が近づいてくると、闘技場での不思議な力について、根掘り葉掘りと訊いてくるものが後を絶たなかった。
すべては天界の力だと嘯いておいたが、今度は天界の話をしてほしいと言いだす始末。最初はしどろもどろだった宗一郎も、話しているうちに設定が固まり、嘘を吐くことになれてしまった。
本当に天界から派遣された勇者ではないかと、自分でも錯覚してしまう出来映えだ。
宴もたけなわとなった時に、本日のメインが登場した。
広間の中央にある大階段から、娘に手を引かれて皇帝が現れたのだ。
馬鹿騒ぎをしていた貴族達が「ほう」と感嘆の息を吐く。
女性陣は夢でも見るように瞳を輝かせ、「綺麗」と声を漏らした。
皇帝は謁見の間の時とさほど変わらない格好だったが、その娘――ライカの衣装は大きく変わっていた。
シンプルな白地のホールター・ドレス。
袖はなく、首にかける布地以外は、背中が剥き出しになっている。
胸も大きく開かれ、谷間をこれでもかと強調している。
金髪は下ろされ、頭には蝶の細工があしらわれた小さなティアラが乗っていた。
そこに武骨な甲冑姿の姫騎士はいない。
一国の姫君が、今まさに宗一郎の前に現れた。
「そ、宗一郎殿……。そんなに見つめられては少々困る……」
白い頬を朱に染め、やや上目遣いでライカは懇願した。
我に返った宗一郎は慌てて目をそらす。
「どうスか? ご主人」
ひょっこりと宗一郎の肩口から顔を出したのは、フルフルだった。
こちらも黒地に、袖のラインに紫のワンポイントがついたベアバック・ドレスを着ている。背中を大きく露出させたドレスは、前の方も盛大に開かれており、ほとんど乳房が見える状態になっていた。
むろん、男の目を釘付けにしている。
しかし、そんなフルフルの官能的な姿が霞むほど、ライカのドレス姿は似合っていた。
「お前が用意したのか?」
「そッスよ」
ニヤリと笑う。
それはそうだろう。
晩餐の席の女性たちの姿を見ればわかるとおり、ライカが着ているドレスは、あまりに現代のデザインに近すぎる。
「お前なあ……。勝手に現代の文化を異世界に――」
「ご主人。現代ではなく、天界の文化ッスよね」
主人の狼狽ぶりを楽しむように悪魔は笑った。
「勇者殿……。下女を責めないでやってくれ。余から頼んだのだ」
その言葉は意外な方向から飛んできた。
ライカのすぐ隣に立つ皇帝だ。
宗一郎は慌てて膝をつく。
「そう固くならなくていい。宴の席だ。ましてやそなたは主賓。堂々としておればよい」
「有り難い申し出ですが……」
「まだ固いな。おお……。そうだ。先ほど、そなたの下女から聞いたのだが、天界ではこういうのだそうだな。確か…………ぶれえ――」
「無礼講ッスよ。皇帝陛下……」
「そうであった。……無礼講といこうではないか、勇者殿」
「は、はあ……」
思ったより――いや思ってた以上に、皇帝はフランクな性格らしい。
見た目から溢れる威厳からは想像も出来ないが、謁見の間とは違う雰囲気を醸し出している。
「我々の世界では、こういう宴の席で1番驚かせたものこそ褒め称えられるのだ。むろん、皇帝である余も例外ではない。何か皆に驚かせるようなものを考えていた時に、そこの下女に知恵を授かったというわけだ」
宗一郎はフルフルを一瞥すると、すぐに皇帝の方を向き直った。
「しかし、ちち――陛下! 私をダシにするのは今後やめていただきたい」
「不服か? 愛娘よ。……うまくいったから良いではないか。勇者殿の視線を釘づけに出来たのだから」
「か、からかわないでいただきたい!」
――全くだ……。
真っ赤になって抗議するライカに、宗一郎は密かに同意した。
「お前もいい年した女だ。もう少し女としての容姿を磨いた方がいいと思うぞ。――でなければ、本当にほしいものを逃してしまう」
「…………。い、意味がわかりません」
「そうか……。まだ早いか」
ふっと皇帝は口端を広げて笑った。
サブタイのもの本当になんだったのだろうか……(ゲス顔)
明日も18時に投稿です。
よろしくお願いします。
※ ブックマーク1000件超えました。
付けていただいた方ありがとうございます。
おかげで各ランキングも上がっております。
夢の月間入りも見えてきました(^^)
皆様の応援のおかげです。
今後もよろしくお願いします。