第82話 ~ 炎と氷どっちがいいですか? ~
第4章第82話です。
よろしくお願いします。
まなかが目覚めたその日の夜。
宗一郎はみなを宿の食堂に集めた。
丸テーブルに、ライカ、クリネ、フルフルが座る。
その視線は宗一郎に向いていた。
まなかはいない。
朝から昼にかけて喋り、疲れて眠ってしまったらしい。
「色々遅くなってすまない。オーガラストとの戦いの顛末について話をしておかなければならないことがあってな」
そして宗一郎は話し始める。
ファイゴ渓谷で何があったか。
まず話したのはプリシラの死だった。。
「ぷ、プリシラ様が……!」
朝のことで意気消沈ぎみだったライカも、それを聞いて顎を上げた。
横に座ったクリネも不安そうな顔を向ける。
「オーバリアントはどうなってしまうんでしょうか?」
「ひとまずそれは安心してくれ。むしろ、今はライカたちと出会う前のオーバリアントの状態に戻っているといっていい」
「命を賭して世界を守ったってことッスか。あの偽ボーカロイドが……。少し見直したッス」
珍しくフルフルの顔も冴えなかった。
「宗一郎。正常に戻ったということはそのロールプレイング病は?」
「まなかの状態を見てわかるとおり、RPG病は収束に向かっている。ローレスト三国にいた患者もだ」
ベルゼバブから報告を受けたことも付け加えた。
「ライカ……」
「なんだ?」
「サリストに展開しているロイトロスの軍は、しばらくそのままにしていていいか?」
「むろんだ。……ロールプレイング病の蔓延が収まっても、すぐにローレスト三国の軍を動かすことは出来ないからな」
「助かる」
「……その。……まなか殿に頼まれたのか?」
ライカは宗一郎の表情をよく見ながら、尋ねた。
少しキョトンとしながらも、宗一郎は首を振る。
「…………? オレの意志だが――」
「……そ、そうなのか。……べ、別に他意はないのだ」
「??」
誤魔化すようにライカは手を振った。
「宗一郎様。……プリシラ様がお亡くなりになるほど、オーガラストは強かったということでしょうか?」
クリネにとって、プリシラの死は何よりもショックだったらしい。
小さいながら、熱心なプリシラ教の信者だという彼女にとっては、精神的な支柱を突然亡くし、動揺しているのだろう。
「ああ……。そのことなんだが、もう1つ大事な話がある。フルフル」
「はい?」
すると、宗一郎は胸を指さした。
「フルフルのおっぱいをさわりたいんスか? なんスか、もう……。今、こんなところで言われると、さすがのフルフルも赤面……」
「フルフルさん。……炎と氷どっちがいいですか?」
「すっごい寒々しい笑顔で、手をかざすのはやめてくれないッスか、クリネ」
「ふざけている状況じゃないでしょ!」
「ふざけてなんかいないッスよ。性の営みは悪魔のフルフルにとって、死活――」
一向に話が進まないことに業を煮やした宗一郎は、フルフルがしているブローチを無理矢理引き抜いた。
もう……いきなり何するッスか、と抗議する。
しかし誰も相手しなかった。
宗一郎はとんとんとブローチを叩く。
「アフィーシャ、起きろ」
「もう……。なにかしら……」
ブローチでずっと寝ていたアフィーシャは、寝ぼけ眼をこすった。
狭い空間にもかかわらず、よく寝るダークエルフである。
「お前の姉にあった……」
「!!!!」
途端、アフィーシャの動きが止まる。
今まで見たことのない表情だった。
怒りとも、嫉妬とも、恐怖ともとれる。
様々な感情が錯綜し、顔面の筋肉が決定できない――そんな顔だった。
「アフィーシャたんの姉ッスか?」
「名前はラフィーシャ……。相違ないな? アフィーシャ」
…………。
いつも鬱陶しいほどの饒舌なダークエルフが、この時ばかりは口を閉ざした。
何か頭の中で浮かんだことを整理しているようにも伺える。
やがて身長と同じぐらいの長さの縦ロールを掻き上げた。
「ふーん」
どこか興味なさげな反応した時には、通常のダークエルフの表情に戻っていた。
「元気だったかしら。我が姉は……」
「ああ……。腸が煮えくり返るほどにな」
「そう。……どこぞでのたれ死ぬようなタイプじゃないから、生きているとは思っていたけど、まさか勇者様の口から聞くことになるなんてね、かしら」
「知っていることを喋ってもらうぞ」
宗一郎はブローチに顔を近づける。
「本気でいっているのかしら。我々ダークエルフは群れることを好まない。それが親兄弟であっても……かしら」
「だが、プリシラは――姉のことはお前に聞けといっていた。なんらかの情報を持っているんじゃないのか?」
「私が聞きたいぐらいかしら。ろくな情報じゃないだろうけど」
「ラフィーシャが他の世界にいたモンスターをこちらに召喚したという話を聞いた。そこにお前もいたんじゃないのか?」
「…………」
アフィーシャは沈黙する。
宗一郎は1度息を吐く。そして――。
「これはオレの推測だ」
と前置きした。
「お前がマキシア帝国に近づき、マトーを誘って国家転覆を企てたのは、ダークエルフの破壊的な本能などではなく、オレに興味を引かせるためだったんじゃないのか?」
「…………」
「それとも、そう――姉のラフィーシャに命令されたか、だ」
「ふふ……」
アフィーシャは笑う。
「なるほど……。勇者様は、私がまだラフィーシャと繋がっていると考えているのかしら」
「違うのか?」
「あり得ないかしら。あの姉と組むなんて金輪際頼まれたってイヤかしら。1回きりで十分よ」
「……つまり、アフィーシャたんは、モンスターの召喚に関わったことは認めるんスね」
「完全に蛇足だったかしら。……そのことについては肯定しておくわ」
「マキシア帝国については――」
ライカが睨み付ける。
「そんな怖い顔をしていると、勇者様に嫌われちゃうわよ、女帝陛下」
「む――。茶化すな! どうなんだ?」
「それは完全に勇者様の妄想……。マキシアの国家転覆を狙ったのは、完全に私の意志かしら」
結局のところ、安堵する話でもなかった。
続けてアフィーシャは「でも」と言葉を翻す。
「結果的に、勇者様の興味を引けたことに利点を見出している――その点は、あっているといえなくもないけどね」
「……貴様」
「眉間に皺が寄っていますわよ、女帝陛下……。心配しなくても、勇者様を獲って食おうなんて考えてないかしら。残念ながら、私は勇者の幼なじみでもなんでもないしね」
「ぐ……」
「どうした、ライカ?」
「な、なんでもない!」
金髪が揺れる。
ライカは頭の中にある雑念をうち払った。
宗一郎は尋問を続けた。
「ラフィーシャの人となりはどうなんだ?」
「一言でいえば、“腹が立つ”かしら」
「な、なんスか、それ……」
フルフルは戸惑う。
ライカも、クリネも眉間に小さな皺を寄せる。
「言葉通りの意味かしら。しゃべり方も、考え方もまるで無邪気な子供のようなのに、豊かな才能がありながら、それでいて執念めいた努力を怠らない。そう。完全主義者の子供といってもいいかしら。それでいて、ダークエルフの私から見ても、2、3本ネジが飛んでいるとしか思えない狂信的な考え方の持ち主……」
「才能はアフィーシャちゃん以上ッスか?」
「違うかしら。……私はもっとスマートなだけ。ラフィーシャはバカだから、後先なんて考えず、全部を飲み込んだ上でぶっ壊すタイプ」
「最悪だな……」
ライカは顔をしかめ、呟いた。
その通り。
ダークエルフに人間性を求めることはできないが、人間であれば本当に最悪の部類に入る狂人だ。
「お姉様……」
「なんだ。クリネ」
「ちょうどよろしいのではありませんか? ウルリアノ王とお約束したことをお話するには」
「ああ……。確かにな」
「どうした?」
宗一郎はテーブルに身を乗り出す。
「どちらかといえば良い話だ。今の話とも関係はなくはない」
「まだ元老院の承諾を待っている段階なので、正式な決定はされていませんが、この度マキシア帝国とウルリアノ王国との条約が見直されることになりました」
「両国間の関係を強固にするための条約だ」
「めでたいことじゃないか」
宗一郎は諸手を挙げた。
「ああ。……そしてその条文には、両国間でのダークエルフの情報について密にやりとりすることも含まれている。ほぼ同じといっていい時期に、ダークエルフの被害を受けたからな。連携して大事に当たろうというわけだ」
「そしてウルリアノ王より最初にもたらされた情報がありまして」
ライカは咳を払い、一度喉を整えた。
大きな胸をテーブルに乗せて、宗一郎と同じく身を乗り出した。
自然と4人の顔が集まる。
ぼそりと囁くように言った。
「【太陽の手】が国外に持ち出された形跡があるらしい」
「……!」
宗一郎は目を剥いた。
「エーリヤというダークエルフが、チヌマ山脈を吹き飛ばそうとした【太陽の手】以外にも、正確な数はわかっていないそうですが、国外に流出した形跡があるそうです」
「確かか……」
「ウルリアノ王国の捜査組織は、真面目で優秀だ。その彼らが言うのだ。信憑性は高い」
「まずいな」
宗一郎は爪を噛んだ。
「エーリヤはプリシラがやっつけたんスよね。――ということは」
「他のダークエルフの可能性もあるが……。このタイミングだ――」
「どう思うッスか、アフィーシャたん」
「確証は持てないけど、バカ姉の可能性は高いかしら」
「【太陽の手】があいつの作品だという可能性もあるな」
「その可能性は低いと思う、宗一郎。……エーリヤが城の中に密かに作っていた実験室には、他に誰かが手を加えた後はないそうだ」
「【太陽の手】はエーリヤのオリジナルで間違いないそうです」
皇女姉妹が説明を加えた。
「しかし、ラフィーシャの行方がわからない以上、今は打つ手はないな」
「口惜しいが、その通りだ」
「これからどうするんスか?」
「ひとまずまなか姉をローレスに送り届けないとならん」
「そうッスね」
「ライカはどうする?」
ぴくん、と小さな肩が震えた。
「そ、そうだな。私も同行しようと思う。ローレスにも協力を仰がねば」
姉の言葉に、横のクリネも大きく頷いた。
「今すぐにでも出発したいところだが……」
「案ずるな、宗一郎。ローラン殿下も起きたばかりだ。ローレスへ戻るには、長旅になる」
「そ、そうですね。ゆっくりお休みになられた方が……。宗一郎様もお疲れでしょうし」
「そう言ってくれるのはありがたいが……。時間が惜しい。といっても、まなか姉に無理をしてもらうわけにはいかない。そうだな。2日後に出発でいいだろうか」
「宗一郎がそれでいいのなら……」
「わかった。……まなか姉に話してみるよ」
そう言うと、宗一郎は席を立った。
階段を登る。
まなかがいる部屋の扉が開く音が聞こえた。
ライカはそれを聞きながら、顔を下に向けるのだった。
第4章も残すところ2、3話といったところです。
お付き合いいただければと思います。
明日も18時に更新します。




