第81話 ~ ご主人以上のどSッスけどね ~
第4章第81話です。
よろしくお願いします。
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宿の急な階段を下りながら、クリネは大きく欠伸した。
その後ろには、宗一郎の従者フルフルが続く。
お互い寝ぼけ眼をこすっている。
特にフルフルはお疲れのようだった。
クリネの名誉のために言っておくと、フルフルと同室ではない。
たまたま起きてくる時間が重なっただけだった。
本来の同室である姉は、すでに寝具を整理し、部屋から姿を消していた。
おそらく朝から訓練をしているのだろうと、思った。
が、その姉の姿は宿の中にある小さな食堂にあった。
やや寸法の整わぬ椅子に腰掛け、小さな丸テーブルに肘をついてうなだれている。
「おはようございます。お姉様」
「おはようッス。ライカ」
2人の声を聞いて、マキシア帝国の女帝は顔を上げた。
表情に冴えはない。
10年分ぐらい老けてみえた。
「ああ、おは――」
挨拶しようとした時。
「「あはははははは……」」
談笑する声が聞こえた。
クリネ、フルフルは先ほど降りてきた階段の先を見つめる。
ライカは動かない。
ただキュッと唇を噛みしめる。
「ローラン様、お目覚めになられたのですね」
ローランというのは、ローレス王国の姫君の名前だ。
実は、ライカもクリネも幼い時に1度会っていた。
「まさか宗一郎様のお知り合いとは思いませんでした」
「知り合いというには、少々関係が複雑ッスけどね」
「てんせい、というのですね。魂が他の世界の命に宿るなんてはじめて聞きました」
「輪廻転生といって、ご主人が育った国では割とポピュラーな考え方ッス。まあ、死への恐怖を和らげるための人間の悪あがきとしての考え方ッスけど、まさか実際の例に遭遇するとは……。いやはや、長生きしてみるもんッスね」
ソロモンの悪魔――その1柱たるフルフルは、肩を竦めた。
「フルフル様はローラン――その……まなかさんのことは知っているのですが」
「いんや……。実はよく知らないッスよ。何せご主人が魔術師になる前に他界されたッスからね。妹の方が知ってるッスけど。……2人ともあんまりお姉さんのことは話したがらないんスよ」
そもそもフルフルですら、異世界への転移に隠されたもう1つの理由をついさっき知ったばかりなのだ。
隠して起きたかったというよりは、意識の高い主人のことだ。
至極個人的な理由でフルフルを巻き込むのに、抵抗があったのかもしれない。
フルフルからすれば、逆に言ってもらった方が良かっただろう。
その方が面白いからである。
(ま。ご主人のことだから、フルフルにからかわれるのが嫌で言わなかった可能性が微レ存ッスけどね)
むしろ、それが最大の理由だった。
「妹さんがいるんですね」
「そッスよ。ご主人以上のどSッスけどね。ご主人と同い年ッスけど、国の首相をしてるッス」
「しゅしょう?」
「ああ……。簡単に言うと王様ッスよ」
「そんなにお若いのに」
「何を言ってるッスか。目の前に10代でオーバリアント最大の国の女帝になった人がいるじゃないですか。ねっ、ライカ」
話を振る。
ライカは「えっ」と我に返った。
「す、すまない。少しボーとしていた」
「大丈夫ですか? 何かお加減でも……」
「いや、たいしたことはない」
「そんなこと言って……。本当はやきもち焼いてるんスよね?」
う――とライカは声を詰まらせる。
「まだまだいろんなところでライカに負けてるッスけど、ポテンシャルは高そうッスね」
「う――」
「しかも幼なじみってところが、ポイントがでかいッス」
「う、う――」
「もしかしてコロッと……」
【三級炎魔法】プローグ・レド!
「わちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃ!」
フルフルはカチカチ山の狸みたく――お尻に火をつけて転げ回った。
「クリネ……。最近のフルフルへの扱いが激しすぎるとあれほど」
ふーふーと尻に息を吹きかけながら、恨みがましく小さな皇女を見つめた。
悪魔の睨みに対して、クリネはさらに恐ろしい感情を込めて睨み返す。
「フルフルさんが不安がらせるようなことをいうからです」
クリネはライカに近づく。
「お姉様……。大丈夫です。宗一郎様はそんな人ではありません。それはお姉様がよくわかっておいでのはずです」
「クリネ……」
碧眼に涙がにじむ。
ライカはすぐに袖で拭いた。
「そ、そうだな……。宗一郎に限って、そんなことはないな」
「安心するッスよ、ライカ。今はちょっと……。旧友に出会って、少し童心に帰ってるだけッス。ちょっと時間をおけば、またあの意識高いご主人に戻るッスよ」
「ああ……。フルフル殿もありがとう」
「どういたしましてッス」
「フルフル様が煽ったんじゃないですか」
むぅ、とクリネは口を尖らせ、悪魔を睨んだ。
フルフルは笑って誤魔化す。
暗い雰囲気だった宿の食堂に、朝日が差し込んできた。
「でも――」
と逆接を呟いたのは、クリネだった。
手を小さな顎に当てて、考え込む。
「なんだ、クリネ」
「宗一郎様がこのオーバリアントを平和にしたら、その後どうするんでしょうか?」
「そりゃあ。ライカと正式に結婚して、毎日せ――――わわわ……。もう炎は勘弁ッスよ、クリネ」
呪唱の構えを見せるクリネに、フルフルは慌てて手を振った。
「私は真面目に言っているのです。考えてもみてください。宗一郎様がオーバリアントにやってきたのは、まなか様をお捜しするためです」
「そうッスね」
「その目的は達成されました。では、その後は?」
「もう……。宗一郎はオーバリアントに興味がなくなる、と?」
「いえ。それはないでしょ。……あの方はその責務を放棄されるような方ではありません。では、その後は――ということです」
「私と一緒に、マキシア帝国を――」
「どうでしょうか?」
「え?」
「お姉様、思い出してください。宗一郎様は、別の世界から来られたのです」
「…………」
ライカは唇を締め、黙り込んだ。
気づいたのだ。
しかし、クリネはあえて言った。
「もしかしたら、ご自分の世界に帰ってしまうのではないでしょうか?」
“まなか様を連れて……”
太陽が雲に隠れる。
窓から差し込んでいた朝日の照度が落ち、食堂内が再び薄暗くなっていく。
沈黙もまた落ちた。
ライカははじめて考える。
そう。
考えてもみなかったことだった。
宗一郎が自分の世界に帰還するなど。
それほど、ライカにとって宗一郎は身近な存在だった。
異世界の人間だと忘れるほど、近しい伴侶だったのだ。
あくまで推測……。
いつか宗一郎の真意を測らねばならない。
けれど、怖い。
そしてもし、宗一郎が帰ると言い出せば、ライカは止めることは出来ない。
何故なら、彼の故郷はオーバリアントではないからだ。
何より……。
宗一郎ほどの人間なら、彼の帰還を待つ者がたくさんいるだろう。
助けを求める人間もいよう。
再会に、恋い焦がれる者もいるだろう。
そういった者に対して、単なる私事だけで引き留めていいものだろうか。
それはわがままにならないだろうか。
マキシアの女帝は考える。
ぐるぐる……。ぐるぐる……。
脳裏の中で、考えが渦巻いていった。
その中で宗一郎とまなかの談笑は続いていた。
サブタイが久しぶりにフルフルの台詞……。
明日も18時に更新します。
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