第79話 ~ これじゃあ、ラノベのヒロインだよね ~
第4章第79話です。
よろしくお願いします。
………………。
長い沈黙が降りた。
冷たい風がファイゴ渓谷を縫うように流れていく。
男の黒髪を……。
少女の金髪を……。
そして洗い立てのシーツのような髪を梳いていく。
パチ……。パチ……。
三者は三竦みとなり、瞬きをする。
「ぶはははははははは……」
突如、下品な笑い声が渓谷にこだました。
見ると、ライカの後ろに宗一郎の従者――フルフルが立っている。
側にはクリネもいて、姉と同じく目を真っ赤にしていた。
今その瞳は、驚きに溢れている。
「ご、ご主人を“くん”付けで呼ぶって。ぷくくく……。気持ち悪いッス。じんま疹とか出そうッス」
――勝手に出てろ!
「宗一郎、どういうことだ? やけにローレスの姫君と仲がよろしいようだが」
涙の再会から一転――。
ライカの額に青筋が浮かび、怒りを露わにしている。
「どういうこともこういうことも……。何もない。オレはただ彼女を助けただけで――」
「その後、窮地から脱した2人は激しく燃え上がったんスね」
「そ、そうなのか!」
「信じるな! そこの悪魔の戯言だ。あと誰でもいい。悪魔を燃やせ!」
「宗一郎様……。ちょっと見損ないました。クリネというものがありながら」
「クリネまで! 違う! 誤解だ。な! ミスケス?」
宗一郎の側に立っていたミスケスに助けを求める。
赤い髪の冒険者はめんどくさそうに眼鏡を押し上げた。
「な、なんで俺様に振るんだよ。だいたいてめぇが悪いんだろ!! 女帝に、ナイスバディの従者、小さな皇女様まで手にかけて」
「手などかけておらん!!」
宗一郎は声を荒げて否定する。
「ところで、なんでミスケスがいるのだ」
「そりゃあ。2人でりん――」
「フルフル、それ以上いったら、2度と人前に出られない顔にしてやるぞ」
「逆にそそるッス。2度と人前に出られないプレイってなんなんスか!」
「宗一郎! 私の話が終わっていないぞ!」
「そうです。その方とはどういうお付き合いの上、宗一郎様を“くん”付けで呼び合う仲になったのですか。そこ、詳しく!!」
「俺様はな! こう見えても、女性との交際は清い方だ! まわすなんてことは」
「ありゃあ……。ミスケス君、言っちゃったッスよ。権力的な力によって、2度と出れないッスよ」
「え? それってどういう……」
「ああ! もう! お前たち、うるさい! 一度に喋るな!」
うふふ……。
騒然とする渓谷内の街道に、笑い声が響く。
小さく――まるで小鳥のさえずりのようだった。
無邪気な声は人目を引きつける。
先ほどまで騒いでいたものたちも口を閉じ、注視した。
宗一郎も視線を下げる。
抱きかかえた少女を見つめた。
手を口に当て、子供のように姫君は笑っていた。
「相変わらずだね」
「はっ?」
「いつもなんか孤高の狼みたいな雰囲気なのに、妙に人を引き寄せちゃうんだよね、宗一郎くんって」
まるで宗一郎を昔から知っているような口振りだった。
だが、断じていうが、宗一郎の知り合いに“魔法使い”はいても、白い髪の姫君なんていうのはいない。
はじめてというわけではないが、会ったのは2度目のはずだ。
「でも、なんか見ないうちに老けたよね?」
「なに……?」
「10年ぶんぐらい年取った感じ……? でも、まあ君は童顔だから、少し老けたほうが渋みがあって好みかな」
「待て待て。待ってくれ。どういうことだ? ……ひ、姫君が何故、昔のオレを知っている!?」
肩の辺りが泡立つ。
ストーカーと正面切って対峙して、自分の知らない性癖を指摘されたような恐怖を感じる。
「何を言って――」
あ――!
ローレスの姫君は大きく口を開けた。
「そっか? 今、私……ローレスの姫君だったんだね」
「はあ?」
「ごめんごめん。わからないのも無理ないよね」
姫は自分の髪を一房握る。
「髪が白くなったりしてるし、目もピンク色だもん。これじゃあ、ラノベのヒロインだよね」
さっぱり内容についていけない。
「一体なにものなのだ? 君は――」
喉を鳴らし、宗一郎は尋ねた。
ラノベのヒロインと称した姫君は、特徴的なピンクの瞳で見つめてくる。
柔らかそうな唇が動いた。
「あるみは元気かな? 私が死んじゃったから。あの子が落ち込んでなければいいんだけど……」
……。
形容のしようがなかった。
言葉を修飾することすら煩わしい。
息を呑むでは長すぎる……。
宗一郎はただただ――
驚く
そして次に溢れ出たのは。
涙だった。
「まなか……なのか?」
宗一郎は声を震わせる。
くすりと少女は笑った。
そして人差し指を宗一郎の額にくっつける。
「お姉さんでしょ。……宗一郎くん」
「――――!」
「あ! でも、今の私は15歳だから……。お姉さんっていうのも変よね」
そんな……。今の宗一郎にとって、至極どうでもいいこと言った。
そしてまた笑った。
※ ※ ※ ※ ※ ※
杉井宗一郎が異世界に渡った理由は、実は2つある。
1つは他世界の調査。
純粋な好奇心。
2つ目はある人間を探すためだった。
きっかけは宗一郎の魔術の師――清川アカリの一言だった。
「黒星まなかは生きている……」
といっても、宗一郎の世界では、まなかは死んでいる。
荼毘に付されるのを、宗一郎も妹のあるみも確認していた。
アカリが「まなかが生きている」といったのは、他世界において魂を保持したまま生きているということだった。
つまりは転生だ。
しかも記憶をもったままらしい。
清川アカリは魔法使いでありながら、他世界について造詣が明るい。
その彼女が言うには、まなかは『同位体』といわれる存在だという。
同位体というのは、世界において同一の作用を引き起こす稀人。
歴史上において1つ転換点となる部分において活躍した人間は、すべてその異名を持つのだという。
アカリはその同位体が世界を直列させていることによって、多次元宇宙の安定性を保てていると話したが、さすがにそこまで来ると、宗一郎でも理解が出来なかった。
つまり、その同位体が死んでしまうと、多次元宇宙が崩壊してしまうのだという。
故につじつまをあわせるため、転生という作業が行われる。
その世界で「死んだ」という事実は覆せないが、他世界において「生きている」と宇宙に錯覚させるのである。
そんな大それた作業をしているのが、各世界の神なのだと、アカリは教えてくれた。
ともかく――。
宗一郎からすれば、まなかが生きているというだけで十分だった。
アカリに弟子入りし、魔術を学び、今に至る。
世界から武器を廃絶したのは、まなかの死によって歪んだ世界を元に戻す作業だった。
それが一旦区切りを迎えたため、宗一郎は異世界に行くことを決断したのである。
※ ※ ※ ※ ※ ※
そして今、彼の前に彼女はいた。
数年分の想いと記憶が頭に巡る。
色々なことを尋ねたかった。
異世界で今までどうしていたのか。
1人で寂しくなかったのか。
その姿は……。
そして何故殺されたのか?
しかし、今はそんなことどうでも良かった。
ただ宗一郎は言う。
積年の想い込め……。これ以上ないくらいに優しく。
「おかえり。まなか姉……」
現代最強魔術師は泣きながら、まるで童心に返ったかのように笑っていた。
泣き虫な弟分の頬にそっと触れる。
現代世界において、何度も撫でられた手の感触とは違う。
しかし、その慈愛に満ちた表情は、生きていた頃の黒星まなかの顔と重なった。
「ただいま。宗一郎くん……」
目を細めた笑顔は、ファイゴ渓谷から差し込んだ光を反射していた。
すごく長いこと時間がかかりましたが、
外伝Ⅱ「現代にて」でアカリとあるみが話していた部分の回収できました。
もう少し短くしたかったけど、まさか100話以上かかると思ってませんでした。
すまねぇ……。
明日も18時に更新します。
よろしくお願いします。




