第74話 ~ ――かしら…… ~
第4章第74話です。
よろしくお願いします。
プリシラは一度腕で顔を拭う。
「説明を続けるわ」
振り返ったその時、女神はいつもの女神に戻っていた。
そうこなくては……。
男2人は安堵したというより、何かを期待するような笑みを浮かべた。
「宗一郎……」
「なんだ?」
「疑問に思ったことがない? RPG病が何故ローレスト三国内ですんでいるか」
「ある。RPG病は病気と言うよりは呪いだ。確かに呪術は遅効性だが、その割には進みが遅い。むしろ停滞しているようにみえた」
「そのとおりよ。RPG病は蔓延と同時に止まっていた。そして、その原因がここ――」
プリシラは天井を指さす。
「オーガラストのボス部屋内ということか?」
「おいおい。……だから、俺様にもわかるように話してくれよ」
ミスケスは懇願する。
だが、プリシラは一瞥しただけで、話を進めた。
「そうよ。あんたがオーガラストを無理矢理倒したおかげで、結果的に呪術の不具合を生み出し、RPG病を停滞することになった」
“ごめんなさい”
「最初、宗一郎に会った時、この件で色々とひどいことを言ったわね」
いきなりの謝罪に、宗一郎はキョトンとなる。
――キャラじゃないな……。
心の中で苦笑しながら、言った。
「勇者らしい活躍が出来ていたのだ。それでいいだろう?」
「ええ……」
「だが――」
「そう。私たちは倒してしまった。オーバリアントをロールプレイング化する呪いは、今まさに――正常に動きだしてしまった」
…………。
沈痛な静寂が流れる。
プリシラは唇を噛み、宗一郎は手を顎に置いて考える。
その横でミスケスだけがおろおろしていた。
「と、ともかく……。話はよくわかんねぇけど、オーバリアントが大変なのはわかった。じゃあ、俺様はどうすればいいんだ? 黙って、アールなんとかって病気にかかるしかないのかよ」
女神は今一度ミスケスを見る。
そしてまた視線を逸らした。
「ないの? プリシラちゃん」
「あるわ。1つだけ……」
「驚かさないでくれよ」
ミスケスは鎧の胸当てに手を置いて、息を吐き出した。
「RPG病の蔓延が正常に戻ったということは、プリシラの呪術も正常に稼働するということでもあるか……」
「その通りよ。でも、事はそう単純じゃない」
「…………!」
「私はロールプレイング病の蔓延が、あなたたちが持ち込んだゲームの要素が加わったことによって起こったと考えていた。けれど、もしあなたたちが来た時点で、呪術の上書きが始まったとしたら、すでにオーバリアント全体に蔓延していてもおかしくないはずよ」
宗一郎は頷く。
「もっとも意見だな。つまり――」
「私の呪術に手を加えたヤツがいる」
「そして、そいつがフルフルが持ってきたゲームを持っているということか」
今度はプリシラが深く頷いた。
「プリシラの呪術に上書きするほどの呪術使いということになるが――」
「決まっているわ。そんなヤツ他に考えられない」
「やはり――」
「ねぇ。宗一郎……」
急にプリシラは先ほどまでとは違い、少し甘い声を上げた。
「あなたのおかげだわ。やっと気付けた」
「なんのことだ?」
「そう――。完璧な人間なんかいない。現代最強と自負するあなたですらミスすることはある。自分が完全無欠だと思っている人間ほど、油断をするものよ」
“だけど、あなたは気付かせてくれた”
“たとえ、オーバリアントの女神と讃えられようとも”
“中身が人である限り、ミスはするのだと……”
「プリシラ……?」
宗一郎は怪訝な表情を浮かべる。
女神は薄く笑みを浮かべていた。
「まったく……。今思えば、どうかしていたわ。いくら強いとはいえ、無関係な人間を巻き込むなんて。正直ありえない。正気の私なら、時間がかかっても、あんたのところのお姫様と、イカれた悪魔に依頼したはずなのに……」
「おい! お前、大丈夫か?」
「ええ……。正気よ。私は大丈夫……。大丈夫じゃないのわね――」
“人様の身体を操って、ホクソ笑んでる狂ったダークエルフよ”
その時、凶刃が閃いた。
あ――。
宗一郎が気付き、魔術で因果操作を試みる。
だが遅い。
刃は肩口付近まで迫っていた。
血しぶきが舞う。
盛大にバケツの中身をぶちまけたように。
血が――白い地面に流れた。
右手に闇を纏った刃。
左手に光を帯びた剣。
その二振りの凶刃は、少女の細い両肩に突き刺さって止まっていた。
「魔法剣!!」
宗一郎は叫ぶ。
馬鹿な。おかしい。
【魔法剣】はゲーム側のシステムだ。
決して人間の肉体に干渉することは……。
――いや、それよりも……。
驚くべき事は、その剣を持った人間だった。
宗一郎は見つめる。
「ミスケス!」
「あ、あれ――」
ミスケスはふと我に返る――そんな反応を見せた。
温かな感触を感じて、手を見つめる。
刃を伝って、付着した血を見つめた。
自分のすぐ真下には、おびただしい量の血液が、今もなお広がり続けている。
「プリシラちゃん……」
ミスケスの声が絶望に歪む。
何より驚いたのが、自分の刃でざっくりと肩を切られたプリシラの姿だった。
慌てて引き抜こうとした瞬間、その刃に手がかけられる。
細い――ピアニストのような繊細な手は、凶刃によって斬られた本人の手だ。
そして笑っていた。
ぞっとする。
男2人は、思わず立ちすくんだ。
「この勝負は私の勝ちよ」
少女が何を言っているのかさっぱりわからない。
怪我で頭がおかしくなったのではないか。
だが、確かに宿っていた。
強い意志が――。
薄青い瞳を通して前方のミスケスに注がれている。
「そうでしょう? ラフィーシャ」
「なにいってるんだ? プリシラちゃ――――」
『ようやくわかったのかしら』
不意にミスケスの口から、女の声が漏れる。
子供が遊び心をもって吹いたラッパのように。
広いボス部屋に、声が響き渡る。
どこか懐かしい言い回し……。
だが、内包された邪悪さは、宗一郎がよく知るダークエルフを越えている。
しかも人を操作した向こう側から発せられたことに、驚きを禁じ得なかった。
「どうなっている……?」
「たぶん、私があんたにしたことと一緒」
「……あれか?」
宗一郎も1度、プリシラに操作されたことを思い出す。
『その通りかしら。察しがよい……。いえ、頭が悪いかしら、プリシラちゃん。総じて――』
「本当にラフィーシャというダークエルフなのか?」
言い回しがアフィーシャとそっくり過ぎて混乱してしまう。
『そうよ。勇者様……。アフィーシャがお世話になっているわね』
ミスケスを操作する向こうで、笑っているダークエルフの姿が容易に浮かんだ。
『一応、挨拶でもしとこうかしら……』
うふふ、と笑い声が聞こえる。
『私の名前はラフィーシャ……。オーバリアントを滅ぼす使命を背負ったもの』
戦勝宣言のように言い放った後、お決まりの台詞を追加した。
『――かしら……』
目を細めるダークエルフの姿が、目に浮かんだ。
ようやくラスボスの登場です。
明日も18時に更新します。
よろしくお願いします。




