第73話 ~ ……爆発しろ ~
第4章第73話です。
よろしくお願いします。
最初に気付いたのは……。
「さあて……。奥のフロアに隠れているお姫さまを助けに行きますか」
「お姫さま?」
「いるのよ。奥に」
「マジかよ! 可愛いかな」
「知らないわよ、そんな……。ま――。私より可愛い女なんていないだろうけど」
「それはもちろん!」
「あんたに褒められても嬉しくないわ」
「そんな……」
「ほら。宗一郎、行くわよ。お姫さまを助けるのは、勇者の義務で、やく――」
「待て!」
……宗一郎だった。
壁の光に目を凝らしている。
プリシラも気付く。
先ほどの勝利に沸いた表情は一変――。
オーガラストと対峙していた以上に険しくなる。
「おい。なんだよ、こりゃあ……」
最後に気付いたミスケスはおののき、1歩2歩下がる。
振り返った時、視界一杯に広がっていたのは、全天全地を覆う光……。
走査線に沿って、まるで流星群のように流れる光の筋だった。
「プリシラ――」
「待って……」
神妙な顔で、プリシラは跪く。
地面に流れる光の線に手を置いた。
その瞳孔が激しく揺れる。
薄い唇も震えていた。
オーバリアントの女神が動揺していた。
――かと思えば、キュッと唇を噛む。
そして……。
「そういうことか……」
前を見た。
そこには誰もいない。
ただ闇と光があるだけ。
しかし、プリシラは明らかに誰かを睨んでいた。
実体なき虚像を視界に映し、憎悪をぶつけた。
やおら腰を上げる。
「プリシラ……」
声をかけるが、反応はない。
その間にも、光がさらに強くなっていく。
「ごめんなさい」
ようやく口を開く。出てきた言葉は謝罪だった。
「ど、どういうことだよ、プリシラちゃん」
ミスケスが尋ねる。
しかし女神は振り返らない。
ただ宗一郎の方だけを向いた。
「私のミスよ」
「説明しろ。いきなり謝罪されてもわからん」
「そうね……」
プリシラは口を手で覆い、思考した。
どう説明すべきか悩んでいるようだった。
「結果的にいえば、正常な状態に戻ったというべきかしら……」
「今が、か? その割に顔が冴えないようだが」
「捉え方の問題なのよ」
「もったいぶるな。一体、これから何が起こる!」
「おそらくこの世界がゲームになる」
「――――!!」
「つまり、オーバリアント全人類がロールプレイング病にかかる」
「な、にぃ!!」
「ちょ! なんだよ。俺様にもわかるよう説明してくれよ」
「少し黙っていろ!」
「おい! そんな言い方ないだろ」
宗一郎は思わず怒鳴ってしまった。
しかし、今は謝罪する気にも起こらない。
オーバリアント全人類のロールプレイング病感染……。
RPG化とでもいえばいいのだろうか。
それはつまり、人類の滅亡を示している。
ローレスの城下町や、ドーラの教会で徘徊する無気力で――ゾンビのような人間が増えるということだ。
「何故、そうなった?」
「私の認識の甘さね」
「お前のことを責めているわけではない!」
「わかっているわ。……それでも自分の頭の悪さを呪わずにはいられないのよ!」
銀髪が揺れる。
そして。
「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおお!!」
クールなプリシラが叫んだ。
「まったく頭に来るわ! なんでこういう時に限って! 私はミスするのよ」
男2人はそれを呆然と見つめている。
「向こうの世界にいた時もそうだった。人から頼まれても、何かが抜けている人間だったわ。そうして私なんかに頼む馬鹿どもが許せなかった。私に頼むのがそもそも間違いなのに! だから学校も会社も嫌だった!」
女神の激昂は続く。
「だからゲームに逃げたわ。ゲームなら何度失敗しても問題なかった。自らの意志で話を進めることができたから。それが快感だった……」
けど――。
「そんな自分が一番嫌いだった。いつの間にか2次元が現実の私の置き場になっていた。それが嫌だった。たまらくなく嫌だった。今まで楽しんでいたものが、私の唯一の在処になったことが」
だから――。
「異世界に来ることができた時、素直に嬉しかった。そこは現実だったから。現実に私は強くて、世界を救う力があったから」
なのに――。
「私はまた肝心なところで――――」
バッ……。
突然、銀髪が揺れる。
薄青い瞳から流れていた涙が、滴となって宙に浮かぶ。
小さな音を立て、光る地面に落ちた。
プリシラの薄い胸に、硬い皮膚の感触があった。
銀髪に手を置かれ、引き寄せられる。
目線を向けると、そのすぐ側には男の顔があった。
間違えようがない。
杉井宗一郎……。
現代最強の魔術師にして、異世界では勇者の横顔があった。
「えっ――」
プリシラはようやく抱かれている事を知る。
自分が――。
「あ゛あ゛!!」
ミスケスが叫び声が、どこか遠くの方から聞こえた。
男に抱きつかれる。
生涯の初の体験に、抵抗するわけでもなく、まして悲鳴を上げるわけでもない。
呆然としていた。
長い独白の中――。
浮かべていた涙も乾いて消えている。
上気する頬だけが、赤くなっていた。
宗一郎は口を開く。
叱咤するわけでもない。
落ち着けと促すわけでもない。
まして感謝するわけでも、励ますわけでもない。
ただ――。
「ようやくお前のことがわかってきた」
「は――?」
「プリシラ――お前も、オレと同じだ。いや、それ以上だ……」
「…………!」
“随分と意識高く生きてきたのだな……”
「な――! そんな、ことは……な、い……」
「そうか?」
「そうよ! あんたと一緒にしないで!」
プリシラはようやく宗一郎を突き飛ばした。
露出度の高い衣服を引っ張り、恥ずかしそうに肢体を隠す。
その顔は赤かった。
「プリシラ」
「なによ……」
青い目で睨む。
「反省するのはいい。時に責任から逃げるのもいいだろう」
しかしだ。
「常に他人が自分を傷つけていると思うな」
その青い目が大きく見開く。
「他人も人間だ。お前のように失敗する。完全ではない。何かをしても、何かをされても……。何かが足りない。それで当然なのだ」
プリシラ……。
「そういうヤツらも、ちゃんと愛してやれ。お前自身も含めてな」
宗一郎は笑う。
「お前は、オーバリアントの女神だろ……」
…………。
プリシラは息を飲む。
水面に映した青空のような瞳が、宗一郎を映し出す。
そして言った。
「くっっさ!!」
眉間に皺を寄せて。
「は! 何が愛してやれよ! くっさ!! 無茶苦茶くさすぎて。……失神しそうだわ」
宗一郎は呆然とするどころか、自嘲気味に笑う。
「オレもそう思う」
「何それ?」
「前のオレなら多分、こういうことは言わなかっただろう」
宗一郎は目をつぶる。
瞼の裏に現れたのは、オーバリアントで出会った様々な人物だった。
そして一際大きく、1人の女性が映る。
マキシア帝国初の女帝。
そして婚約者……。
ライカ・グランデール・マキシアだった。
「お前は昔のオレに似ている。何もかも1人で背負い込み。完璧を求めた意識の高い男とそっくりだ」
「はあ……。光栄というべきなのかしら。今の発言は――」
「どうとでも……。だが、たまにはオレたちを頼れ。女神様と比肩するほどの力はないかもしれないが、手を差し伸べるくらいなら出来るぞ」
宗一郎は手を差し出す。
だが、プリシラは応じなかった。
ぷいっと銀髪が揺れる。
いつもしているヘッドフォンのような大きな耳当てをギュッと押し込んだ。
そしてぼそりと呟く。
「……爆発しろ」
物騒な言葉を呟きながら、プリシラの表情には笑顔と涙が浮かんでいた。
最近のATOKは「リア充」って打ち込んだら、「リア充爆発しろ」って予測変換で出てくる。
これはきっと開発者の怨念なはず……。
明日も18時に投稿します。
よろしくお願いします。




