第10話 ~ お前“たち”の敗因を教えてやろう ~
第10話です。
よろしくお願いします。
その言葉が呼び水になった。
「ほざけぇええええええええええええええええ!!!!」
恐怖から逃れたい一心で、マトーは構えを取る。
先ほどの合技魔法を撃とうとしていた。
必中の神秘を付加した炎に当たれば、宗一郎の敗北は必至!
「くらえ! プローグ・ペド……? あへ? アホグ! うん……」
しかしいつまで経っても魔法はやってこなかった。
「プローブ・ヘド! 違う! アバグ! 違う違う!」
何度やっても正しい呪唱が出来ない。
「どうした? マトー殿?」
今度は宗一郎が尋ねる番だった。
「戦の前に緊張をほぐすため、酒でも飲んだのか? 呂律が回っていないようだが……。案外、小心者なのだな」
「うるさい! このペテン師が! プロード・マヘ! アヨン! くそ! 何故だ!? 何故、唱えることができん!」
唐突に始まった喜劇に、階上から失笑が漏れはじめる。
「なんだ、あれは?」「あれが帝国最強か?」「呪文の1つも満足に唱えられないなんて」「カッコ悪い」「安酒でも飲んだか、帝国最強!」「がっかりだわ」「おい! しっかりしろ! 俺はお前に全財産かけてんだぞ!!」
侮蔑と罵声の合唱が始まる。
マトーにとってホームだった会場が、途端アウェーに変貌した。
むろん、宗一郎の仕業である。
いつもなら弾丸や魔法の軌道をそらすことに使う因果操作だが、今はマトー本人に使用している。
つまり「マトーが呪唱に失敗する」という確率を、因果操作で引き上げているのだ。
「さて……。悪いが、こちらから行かせてもらうぞ!」
回避一辺倒だった宗一郎が、攻勢に転じる。
花道を歩くスターのように、マトーに近づいた。
魔法を唱えられなくなったスペルマスターは、なんとか呪文を絞りだそうとするが、全く言葉にならない。
唱える魔法を変えてみたところで、結果は一緒だった。
観客は笑い転げている。
黄色い声援を送っていた奥方たちも、扇子のような紙を広げ、醜いものを遠ざけるように顔を隠した。
そうこうしているうちに、宗一郎があっさりとマトーの前に立つ。
「とりあえず、その固そうな鎧は脱いでもらおう」
再びアガレスの力を呼び出す。
拳に赤光が宿るのが見えた。
「ひぃ! ひぃいいいい!!!!」
最初の悪夢を思い出し、マトーは情けない悲鳴を上げる。
ガンンンンン!!
鐘楼を鳴らしたような音が辺りに響き渡った。
黄金の鎧がガラスのように砕け散る。凄まじい衝撃は、鎧の中にまで通り、マトーの口から反吐が飛び出す。
そのまま砂地に倒れた。
意識を失っていないのは、やはり鍛え上げられた肉体の恩恵だろう。
「き、貴様……」
上半身を起こし、手に剣を持つ。
全く戦意を喪失していない。
「さすがは帝国最強……」
宗一郎も剣を構えると、パズズの名を呼んだ。
消える。
気がついた時には、マトーの背後に回っていた。
躊躇わずに胴を薙ぐ。
赤いダメージ判定のラインが浮かび上がる。
《体力》を「12」ポイント奪った。
先ほどの倍だ。
「よし!」
確認した宗一郎は声を上げた。
だが、マトーからすれば軽微であることに変わりはない。
「お前の攻撃などきかんわ!」
立ち上がり、再び剣を構えた。
魔法が使えないのであれば、白兵戦しかない。
心に決めたマトーだったが、1つだけ誤算があった。
立ち上がり、剣を構えた一連の動作の間に、宗一郎によって6回斬りつけられていた。
すべてダメージ判定があり、6つのラインが巨躯に引かれる。
「なっ!」
「69」ポイント。《体力》が減少する。
さらに驚いている間に、4連撃。「50」ポイントを消費する。
合計「131」ポイント。最初のポイントを合わせば、「137」ポイントだ。
まだ《体力》のうちの10パーセントにも満たないが、わずかな間ということを考えれば、マトーにとってそれは脅威だった。
いちいち驚いている暇はない。
マトーは闇雲に剣を振るった。
型も何もかも忘れて、ただ手数で押し切ろうとする。
相手の《体力》はわずか「1」。
かすりもすれば、そのまま勝利になる。
だが、あまりに宗一郎が早すぎて、目も剣も捉えられない。
「く、くそ!」
まるで舞い散る羽根でも斬るかのようにかわされてしまう。
その間にもゲージは減っていく。
1402、1322、1264、1168、1121、1033……。
そして1分足らずの間に、1000を切る。
マトーに為す術はない。
闇雲に空を斬るしかできなかった。
再び場内は静まり返る。
ただヒュンヒュンという風を切る音が聞こえるだけだ。
そして2分後。
マトーの体力は「100」を切った。
「くそがああああああ!!」
大ぶりに横に薙ぐ。
しかし、宗一郎には当たらない。
代わりに体力が「48」へと変わり、そしてついに――。
「1」と……。宗一郎と同じ《体力》になった。
不意に風を切る音が止む。
3分以上、高速で動いていた宗一郎が、立ち止まったのだ。
すでに剣を振り続けていたマトーは疲労困憊で、剣を取り落とし蹲っていた。
宗一郎は借りた剣を肩に担ぐ。
「マトー殿……。教えてほしい」
「な、なんだ?」
「レベル1の人間に、体力『1』にされた気分はどうだ?」
「く――!」
無理矢理苦虫を飲まされたような人間の顔が、二枚目の容貌に展開されていた。
「お前……いや――お前“たち”の敗因を教えてやろう」
「なにぃ……」
「レベルでしか人をはかれないからそうなる。故に、お前“たち”はオレにも、モンスターにも敗北するのだ」
「どういうこ――」
剣先がマトーの喉元にあてがわれ、言葉を失う。
「敗北を認めよ。ハイリヤ卿……。今なら、教会送りは勘弁してやる」
「く……うう……」
恨みをこもった目で、マトーは睨む。
終始反抗的なスペルマスターに対して、宗一郎は剣を振りかぶったが。
「わかった。敗北を認める」
小さく呟いた。
宗一郎が剣を下ろした。
振り返り、鞘に収める。
その瞬間――。
マトーは落ちていた剣を拾う。
そして、宗一郎に向かって振りかぶった。
が――。
「そこまでですじゃ……。マトー殿。宗一郎殿」
マトーの斬撃を。
それを予期していた宗一郎の抜刀を。
2本の剣で抑えたのは、ロイトロスだった。
――ほう……。
素直に感心する。
剣筋を見せたとはいえ、マトーが捉えられなかった宗一郎の斬撃を、この老兵はあっさりと止めたのだ。
それも奇襲を……。
ロイトロスの忠告に、宗一郎は素直に従った。
やがてマトーも剣を取り落とし、項垂れる。
最後にロイトロスが鞘に収めた。
「宗一郎殿……」
先ほど2人の剣線を止めた古強者は穏やかな顔で、手を差し出した。
釣られて手を差し出す。
握手かと思いきやロイトロスは、細腕を掴み、高らかに掲げた。
だが場内は無反応だった。
誰しもこの結果を予想していなかったからだ。
レベル1が帝国最強に勝つ。
観衆はどう反応していいかわからなかった。
パチ、パチ、パチ、パチ…………。
誰かが拍手を送っていた。
皆が驚き、音の方向へと視線を向ける。
ひときわ豪華な天幕が張られた奥。
王者の風格を要した男が、椅子から立ち上がり、手を叩いていた。
マキシア帝国皇帝その人だ。
陛下――いや、父の行動にきょとんとしながらも、ライカも後を追って手を叩く。
そして――。
水打ったように静まっていた場内から、一斉に歓声と拍手が上がった。
「すごい!」「なんだ! あの戦いは!」「レベル1が勝ったぞ」「信じられねぇ」「帝国最強のマトー様に勝つなんて」「最初はどうかなって思ったけど、よく見ればいい男じゃない」「ふはは……。あいつはわしが育てたんじゃ」
驚嘆の声が噴出し、惜しみない賞賛を送られた。
皆がスタンディングオベーションで、勝者を讃える。
「主人!! やったッスね!」
フルフルも手を振っていた。
「フルフルの一人勝ちッスよ。……これだけあれば、家買って、肉奴隷の1人や2人買えるッスよ」
大声で下品なことを叫ぶ。
「なんだ? あの兄ちゃん、奴隷に興味があるのか?」「肉奴隷って、まあ……。おさかんなのね」「奴隷を買うために、マトー様と戦うなんて無茶な真似を」「よーし、俺のところに来い! 世話してやるぜ」「あいつはわしが育てたんじゃ」
どんどん誤解が広まっていく。
てか――さっきから最後に聞こえてくる文言はなんだ!
「おお! 良かったッスね。ご主人。良い子を紹介してくれるそッスよ」
ムキッ!
宗一郎はこめかみに青筋を浮かべる。
この場の戦いでは封印していた炎の熾天使へと姿を変える。
そして真っ直ぐに、フルフルがいる観客席にツッコんでいった。
明日は18時投稿です。
帝国最強編はあと2、3話で終わる予定です。
ここまでお付き合いいただきありがとうございます!