第72話 ~ 返して、私の初ハイタッチ ~
第4章第72話です。
よろしくお願いします。
「とどめだ!!」
宗一郎はオーガラストに向かって降下する。
ピュールの魔法剣を逆手に持ち、切っ先を竜の頭へと向ける。
勢いそのままに、刃を突き入れる。
感触はほとんどない。
まるで水面に差し込んだような感覚が、手の平に伝わる。
代わりに反応したのは、大きな光。
「赤」が弾け、そして溢れ出す。
致命――。
オーガラストの弱点部位への攻撃が決まったことが判定される。
「どうだ!」
ミスケスが叫び、見上げる。
同じくプリシラも顎を上げた。
2人の視線が【体力】ゲージに向く。
竜頭の上にいる宗一郎もまた顔を上げた。
ほんのわずか――。
目を凝らさなければならないほど、細い細い緑のゲージが……。
ついに消滅した。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
長い……。長い……。
ひたすら長い吠声が、ボス部屋に鳴り響く。
あまりの大きな声に、岩肌は崩れ、天井が崩落する。
オーガラストの断末魔だった。
不意に雷が落ちたような鋭い音が聞こえた。
続いて、光が明滅した。
――攻撃……?
頭の上で、宗一郎は身体を強張らせ、警戒する。
だが、そうではない。
オーガラストの地面が光っていた。
突如、現れた光の穴……。
竜が徐々にその穴の中へと沈んでいく。
宗一郎は頭を蹴って、離脱した。
パズズの風の力を足先に集中し、ふわりと地面に降り立つ。
そこにプリシラとミスケスが集まった。
3人は見つめる。
多くの冒険者を葬り……。
商人の経済を停滞させ……。
時に、状況を利用され……。
そして現代最強魔術師をも苦戦させたモンスター……。
その末期がとうとうやってきたのだ。
空気を掻きむしるような轟音が鳴り響く。
光がまたたき、破裂音が何度も弾ける。
その中で、オーガラストの吠声が響く。
もの悲しい……。
自らに贈る鎮魂歌――。
そして勇者によってしか倒すことが出来ないイベントモンスター。
オーガラスト……。
それは光の中に、文字通り埋没した。
音が消え……。
光が消え……。
竜が吐き出した炎も消え……。
静寂が満ち……。
瞼の裏側のような闇が横たわった。
先ほどまでの激戦とのギャップに、まるで夢を見ていたのではと思うほど、穏やかな時間が流れた。
「勝ったのかよ、俺たち……」
口を開いたのはミスケスだった。
ペタリと女の子みたいにお尻をつけ、呆然と竜がいた場所を見つめる。
「勝ったのよね、私たち……」
いつもは勝ち気な言動が目立つプリシラですら、目の前に起こったことを受け止めるのに時間がかかっていた。
しかし、最後の1人だけは違う。
「ふん!」
宗一郎は鼻を鳴らす。
そしてゆっくりと拳を振り上げた。
「我々の勝利だ!」
明確に――そして力強く勝利宣言を行う。
さもそれが当然であるかのように……。
瞬間。
「やったあああああああああああああああああああああああ!!!!」
「よっしゃああああああああああああああああああああああ!!!!」
2人は喜びを爆発させた。
普段、クールなプリシラは両拳を突き上げ……。
ミスケスはキャラそのままに「やっほーい!」と猿のように飛び跳ねた。
宗一郎だけが、2人を1歩引いて見つめていた。
そんな宗一郎の首に、興奮したミスケスが腕を回す。
「勇者様よ。少し見直したぜ! ……まあ、削り切れなかったら、どうしてやろうかと思ったけどよ」
「な、馴れ合いはしないんじゃないのか?」
「は! かてぇこというなよ!」
「ミスケス、絞まってる! 絞ま――!」
ミスケスの腕をタップする。
男2人が歓喜する中、1人取り残された少女を見つめる。
「プリシラちゃーん」
喜びの輪に入っていきにくそうにしているプリシラに、ミスケスは飛びつく。
しかしあっさりと回避された。
掴み損なったミスケスは、そのまま顔面から地面に突っ込む。
「もう……。プリシラちゃん。喜びのハグぐらいいいだろう?」
「下心みえみえなのよ。あんたは馬鹿だから……」
「ひどい!」
がっくりと肩を落とし、さめざめと泣いた。
代わりにプリシラに近づいたのは、宗一郎だった。
おもむろにその勇者は手を挙げる。
「何よ……」
「わからないか?」
「ハイタッチぐらいわかるわよ」
「昭和ではやらないと思ってた」
「おばさん扱いしないでくれる」
「なら――」
「やらないわよ。私とあんたは馬が合わない。忘れたの?」
「だったな……」
宗一郎は手を下ろすと、肩を竦めた。
「でも――」
「うん?」
「少しは認めてあげる」
プリシラは自らの手をかざした。
「ふん……」
ニヤリと、宗一郎は笑う。
そして――。
パチンン!!
小気味よい音が、激戦を繰り広げられたボス部屋に鳴り響いた。
プリシラは笑う。
気持ちよさそうに……。
まるで、この瞬間を待ち望んでいたかのようだった。
「プリシラちゃん! 俺様も!」
ミスケスも手を挙げた。
しかし返されたのは、杖による強打だった。
「便乗する男って嫌いなのよね」
「ひどい……」
「でも、まあ……。あんたもよくやったわ。ありがとう、ミスケス」
ミスケスの顔が紅潮していく。
腹の奥から喜びを爆発させるかのように、ミスケスは。
「プリシラちゃーん!」
と飛びついた。
が――ひらりとかわされる。
再び地面に突っ込むミスケス。
その尻にプリシラの靴の裏が突き刺さった。
「だから、気安く触ろうとするなっての」
「ああ……。これはこれで目覚めてしまうかも」
「きもっ!」
恍惚とした顔で、ミスケスは幸せそうだった。
ところで、とプリシラは宗一郎に向き直る。
「あの時、何をしたの?」
「あの時?」
「何か悪魔の力を使ったでしょ」
「ああ……。シャックスか」
「確か幻覚を見せるソロモンの悪魔だって記憶しているけど」
「その通りだ」
「一体、何を見せたの?」
宗一郎がシャックスの力を使った途端、オーガラストは眠り始めた。
プリシラの説明通り、シャックスは幻覚を見せるのであって、対象を眠らせる能力を持っていない。
眠りへと誘う悪魔の中にインクブスのような夢魔がいるが、さすがに格が低すぎる。オーガラストには通じない可能性が高い。
シャックスは格こそ高いが、能力が適当ではない。
では、何故オーガラストは眠ったのか。
「簡単だ。戦闘が終了したと錯覚させたのだ」
「――――!」
「オーガラストはたいてい眠っているだろう。フィールドでいる時も睡眠状態にあると聞いていたからな。普段から眠っているのならば、戦闘終了すると眠る特性があると考えた」
「ちょっと! それって推測でしょ。もし眠らなかったらどうするの?」
「ああ……。そういうと思ったから、作戦をすべて伝えなかったのだ」
「じゃあ、失敗していた可能性もあったということか?」
「むしろ、その確率の方が高かっただろうな……」
………………。
プリシラとミスケスは、沈黙した。
唖然と宗一郎を見つめる。
だが、それは嵐の前の静けさだった。
プリシラの白い顔が、マグマのように赤くなっていく。
「あんたねぇ!!」
宗一郎の胸倉を掴んだ。
「別にいいだろう。結果的には勝利したのだ」
「ふざけないで!」
「だから言いたくなかったのだ」
「さっきハイタッチするんじゃなかったわ。返して、私の初ハイタッチ……」
「初だったのか?」
「な、何よ! 悪い!」
プリシラはぎゃーぎゃーと説教を垂れる。
それを聞きながら、宗一郎は思う。
――やはり……。こいつとは馬が合わないな。
心の中で嘆息を吐き出した。
歓喜(?)に溢れる3人を余所に……。
岩壁に刻まれた走査線のような光条が、徐々にその輝度を強くしていった。
とうとうオーガラストを倒しましたが、
もうちょっとだけ第4章は続くんじゃ。
明日も18時に投稿します。
よろしくお願いします。
※ ブックマークが1900件を越えました(*^▽^*)
ここのところ、ブックマークが上がっていて嬉しいかぎりです。
新刊効果かな。
あ。『嫌われ家庭教師のチート魔術口座 魔術師ディプロマ』発売してます。
よろしくお願いします。
今後も『その現代魔術師は、レベル1でも異世界最強だった』を楽しんでください!




