第70話 ~ お前の仲間になった覚えはある ~
第4章第70話です。
70話まできちゃった……。
よろしくお願いします。
一際甲高い嘶きが3人の鼓膜を突き刺した。
同時に振り返る。
オーガラストの身体がこちらへと向いていた。
見つけたぞ!
とでもいうように、また吠声を上げる。
地響きを起こし、ゆっくりと後肢を動かして、近づいてきた。
「ち! 見つかったか」
「あまり作戦を説明している暇はないな」
「勝算はあるのね」
神妙な顔で、プリシラは尋ねた。
宗一郎は笑う。
「――でなければ、提案などせんさ。女神よ」
「ふん! ……わかったわ。のりましょう」
「おいおい。プリシラちゃん。まだ作戦も聞いてないんだぜ」
「どうすればいい?」
ミスケスの反論を無視して、プリシラは話を進める。
「その前に聞いておきたい。もしなんらかの原因で、オーガラストが行動不能になった場合、自動回復はされないのか?」
「え?」
「どうなんだ?」
「えっと……。たぶんされないと思う。ああいう自動行動は、自身の攻撃フェイズがかからないと、フラグが立たないはずだから」
「なるほどな。なら問題ないな」
「あんた……。まさかあいつを状態異常にしようと考えてる?」
「よくわかったな」
「無駄よ。オーガラストの状態異常の耐性は半端ないわ」
「お前たちはな」
宗一郎は口角を上げる。
「ともかく、もう1度20%まで削るぞ。プリシラ、任せていいな?」
「い、いいけど……。――って、いつから私はあんたの部下になったのよ!」
「オレもお前の上司になったつもりはない。……つもりはないが」
「ないが?」
「お前の仲間になった覚えはある」
「え?」
プリシラは一瞬言葉を詰まらせた。
そんな女神の細い肩に、宗一郎は手を置く。
「もう1度、オレが囮役になる。【魔力】を無駄遣いするなよ」
自らオーガラストに向かっていった。
スーツ姿の後背を見ながら、赤毛頭の青年はむすっと口を尖らせる。
「ったく……。気障な野郎だぜ。な! プリシラちゃ――――」
ミスケスは後ろに振り返る。
「おいおい。どうしたんだ? すげー顔が赤いぜ」
「え? な、なななななんでもないわよ」
銀髪を振る。
――そう。なんでもない!
ミスケスの言うとおりだ。
気障な男だ。
その程度の異性なのだ。
「行くわよ! ミスケス!」
「おおよ! もういっちょ暴れてやるぜ!!」
2人とも戦闘態勢を取る。
宗一郎の後を追った。
※ ※ ※ ※ ※
――仲間なんていらないと思っていた……。
甘木絹子はどこにでもいる内気な少女だった。
あまり自分から動かない典型的な受け身人間……。
キャラクターとしては、さぞかし魅力にかける存在だったろう。
しかし、そういう姿勢は彼女なりの理由があった。
何故か、よく人から頼まれごとをされやすい。
自分が何をしなくても。
立ち止まっていても。
ボーとしていても……。
何故か、自分の前にいつもやることを並べられる。
そういうのが……。
――とてもウザたかった……。
絹子にだってやりたいことはあった。
けれど、人にとっては、それは怠惰である象徴のように映ったらしい。
絹子に頼み事を持ってくるヤツは、決まってこういった。
『同じ教室の仲間じゃない。お願い……』
それは会社に入っても変わらない。
『同じ会社の仲間じゃないか。もっと協力的になってくれてもいいだろう』
家庭の中でも……。
友人の中でも……。
仲間仲間仲間仲間仲間仲間なかまなかまなかまなかまナカマナカマナカマ……。
仲間という言葉をさも正義のように振るう……。
なら、そんな正義などいらない。
仲間などいらない。
絹子はゲーム――とりわけRPGの世界に没頭した。
そこには仲間と主張するものはいない。
自分を使おうとするものはいない。
利用しようとするものもいない。
従順で、思い通りに動いてくれるキャラクターがいる。
それが快感だった。
人は「歪だ」というだろう。
けど、絹子からみれば、「仲間」といって声をかけてくる存在の方が歪なのだ。
だから……。
あえてもう1度いう。
仲間なんていらない。
――そう思っていた。
※ ※ ※ ※ ※
【五級雷精魔法】プラスティア・ブラーチ!
プリシラは杖を振るう。
黒き巨竜の頭上に、極大の落雷が落とされた。
自身がまき散らした炎の上で、オーガラストは身もだえ、仰け反った。
硬直の判定が取られ、攻撃が停止する。
それを確認した瞬間、2つの影が走る。
1つの影に、闇と光が宿る。
両の手に二振りの刃を握ると、巨竜に向かって疾駆する。
【星華繚乱】!
高速で打ち出される刺突スキル。
突きの華が、まるで星々のように咲き乱れる。
一瞬にして、巨躯に何百という赤い判定が点灯する。
半分まで回復していたオーガラストの【体力】ゲージが、35%を切る。
だが、竜も黙ってはいない。
ミスケスの攻撃が終わったと同時に、こちらは口内に赤黒い花を咲かせる。
炎息だ。
「ちっ!」
ミスケスの脳裏に、一旦退避の判断がよぎる。
だが――。
「下がるな!」
自分の頭上を越えていくものの姿を、ミスケスは目の端で捉えていた。
見慣れぬ衣服をなびかせ、その口は笑っている。
とても嬉しそうに――。
戦えることを心底喜んでいるような顔だった。
男の表情に心がざわつく。
だが、それは刹那の時――。
男のレベルを思い出す。
「おい! こら! 勇者様!!」
マキシアが。
皇帝が。
民衆が。
ギルドの人間が……。
勇者と認める存在。
しかし、その人間のレベルはたった「1」。
むしろ、こんな場所にいるほうがおかしい。
いや……。いようとする考えすら、狂っている……。
けれど、躊躇しない。
勇者は――杉井宗一郎は、何十倍もの大きさと、何百倍ものステータス値を持つモンスターに肉薄する。
「アガレス……。かつての力天使よ。お前の打ち破る力を、オレに示せ」
ボス部屋の中に、赤光が宿る。
それは地面にバラかまれた炎よりも。
ソードマスターの剣よりも……。
そしてオーガラストの炎息よりも、光り輝いていた。
ミスケスは目を細める。
いつしかそれは憧憬を含んでいた。
宗一郎はそんな心情も情景もお構いなく、赤い光が握った拳を振り回した。
硬い――思わず顔をしかめたくなるような――音が鳴る。
現代最強魔術師の拳は、的確に竜の顎を捉える。
「ぐあはああああああああ……」
嘶き、巨躯が右に流れる。
喉の奥の赤黒い光が、収縮していった。
「な――――!」
ミスケスが驚くのも無理はない。
女神の加護なしに、たった1人の人間がたった1発の拳だけで、竜の動きを止めたのだ。
レベル「1」が……。
――いや……。
ミスケスは否定する。
レベルなんて関係ない。
――ああ……。そうだ! レベルなんて関係ない……。
だから、あいつは――。
勇者なんだ……!
「ミスケス! ボヤッとするな!!」
宗一郎は叫ぶ。
我に返った。
目の前には崩れ落ちそうになっている竜の巨躯がある。
「うるせぇ! わかってるよ!!」
――仕方ねぇ……。
勇者であることは譲ってやる。
けれど――――。
「冒険者最強は譲ってやらねぇ!」
「――――!!」
ミスケスの二振りの刃が強く反応する。
【闇の剣】の闇はさらに深く。
【光の剣】の光はさらに鋭く。
2度目のターン。
渾身の力を込めて、スキル名を言い放つ。
【閃夜極奏】!!
闇と光――。
両者の魔法剣の熟練度がMAX値。
加えて、レベル190以上で習得できるレアスキル。
オーバリアント広しといえど、ミスケスしか使用できない技業。
闇のように深く抉り。
光のように速く斬る。
急所を一瞬にして、同時に斬るスキル。
現状において、最高の火力を誇る。
だが、同時に身体の酷使がひどい。
肉体的にもきちんと鍛えていなければ、おそらく2度と剣を振るうことはかなわないだろう。
故に、極限の領域ともいえるレベル190の冒険者しか使うことが出来ないのだ。
甲斐はあった。
オーガラストの体力がちょうど20%に収まっていた。
ミスケス1人で15%も削ったことになる。
「へ……。どんなもんよ、勇者様よ」
はあはあ、と息を切らしながら、ミスケスは膝をつく。
側に降り立った宗一郎を見上げた。
「ふん。さすが、冒険者最強だな」
手を差し出す。
ミスケスはその手を払う。
そしてゆっくりと腰を上げた。
「馴れ合いはしねぇ……」
【魔力】の回復薬を喉に押し込み、魔法剣の切っ先を宗一郎に向けた。
「決めたぜ!」
「何を、だ?」
「てめぇ、生涯の俺様のライバルだ」
その顔は真剣だった。
ここから“仲間”になっていく展開……。
明日も18時に更新します。
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