第69話 ~ 勇者様っていうよりは、魔王だな ~
第4章第69話です。
よろしくお願いします。
「うそ……。回復している?」
そう。回復していた。
オーガラストは回復していた――!
ほとんどが黒く染まっていた緑の体力ゲージが、みるみる右へと引かれていく。
「うそだろ……」
「…………」
ミスケスは息を吐き、宗一郎は黙ってことの成り行きを見つめている。
絶望的な時間が流れる。
かろうじて緑のラインは、ゲージの半分のところで停止した。
「止まった……」
ホッと胸をなで下ろしたのは、ミスケスだ。
しかし安堵する事態ではない。
体力の半分が回復したのだ。
10万近く与えたダメージがすべてパアになってしまった。
緑色の光が消える。
オーガラストは何事もなかったかのように首を天に向かって突き出し、吠声を上げた。
まるで神に感謝を捧げているかのようだった。
「一応訊くんだけど……。ミスケス――」
「なんだい……? プリシラちゃん」
「オーガラストに回復機能なんてあった?」
「俺様も今、それを訊こうと思ってたところなんだよね」
「結論からいえ……。どうなんだ、2人とも?」
オーバリアントのゲーム性に詳しくない宗一郎は尋ねる。
「有り体にいえば、回復スキルも魔法も持っていないはずよ」
「自動回復なんてもっての外だ」
「なるほどな」
「けどなあ。ボス種ってのは、フィールド上にいる時とは違って、違うスキルや特性を持ってたりするもんなんだ」
「何も自動回復でなくたっていいじゃない」
プリシラは頭を抱える。
「くるぞ――!」
宗一郎の声がこわばる。
強大な竜の翼を広げられると、大きく羽ばたいた。
爆風といっても差し支えない大気の流れが、ボス部屋に渦巻いた。
後肢が地面から離れると、巨躯が前に傾く。
長い首が下を向き、宗一郎たちに迫った。
「垂直ブレス!!」
ミスケスは叫んだ。
プリシラは退避を促す。
3人一斉に走り出した。
口内が赤く光ると、炎を吐き出す。
先ほどまでとは性質が違う。
どろりとしたマグマのような炎が、岩肌を滑るように広がっていく
「あちゃちちちちちち……」
ミスケスはマントに付いた火を消しながら、炎の波から逃れる。
事なきを得たが、振り返ればボス部屋内は火の海になっていた。
まるで地獄だ……。
炎息を吐き終えたオーガラストは、ホバリングしながら、ゆっくりと地面に降り立つ。胃の底まで震えるような低音を響かせた。
満足したように大きな腹を突き出し、雄叫びを上げる。
「好き勝手やってくれるわね。あの巨大トカゲ……」
プリシラの言葉がどんどん粗野になっていく。
宗一郎は尋ねる。
「しかしどうする?」
「わかってるわよ。今、考えているとこ」
「普通に考えてみれば、攻撃続行だけどな」
「ミスケス……。【魔力】は?」
「まだ余力はある。プリシラちゃんは?」
「私もまだ大丈夫だけど……」
「問題は、あの自動回復が1回きりかどうかってことだな?」
「正直、何回も使われたらそれこそ永久に倒せないわ」
「だが、念には念だろ?」
と宗一郎が口を挟む。
「そうね。最悪を想定しておいた方がいいかも」
手を顎に当てる。
3人が作戦会議をしている間、オーガラストは幸いにも見失っていた。
自分で巻いた炎から出る煙が、ちょうど冒険者たちを隠していたのだ。
どすん、という足音と、時々思い出したように嘶く声が聞こえる。
戦意は失われていない。
竜はやる気だ。
「ミスケス……。もう1度、さっきと同じ状況を繰り返して、オーガラストがまた自動回復したとしたら……。そこから半分削るぐらいの余力はある?」
さしもの冒険者最強も肩をすくめる。
「さすがにねぇな」
「お前、【魔力】の回復アイテムとか持ってないのか?」
「すでにあと2本だよ。俺様のスキルは、かなり大食らいでな。【魔力】の消費が半端ねぇ。6次討伐の時に、俺様は20万ポイントもダメージ与えることができたのも、他の冒険者の魔力回復薬をもらったからだ」
それに、と手を差し出す。
訓練によってまめだらけの指に、指輪がはめられていた。
「【魔力】が自動回復するレアアイテムだ。それでも、削るのは難しい……っていってるの」
「わかったわ。……まあ、私の似たような状況だし」
「今、思えば、勇者様んところの皇帝様に加勢してもらえばよかったぜ」
「ああ、それはダメよ。宗一郎はお姫様が気になって力が出せないタイプだから」
「ぐっ……」
反論しがたいのが、辛かった。
「け! そんなタマかよ、こいつが……」
「聞いて――」
宗一郎とミスケスは、プリシラに傾注した。
「ここからは推測で動くしかないわ……」
「だな――」
ミスケスは深く頷く。
「オーガラストは20%――つまり体力ゲージが表示された瞬間、自動回復すると考えましょう。ミスケスの最後のスキルが発動するまでは、何もなかったことから考えても、かなり確度が高いと思う」
「…………」
「だから、20%ギリギリまで削って、体力調整をする」
「そこから一気に削るってわけだな」
ミスケスは拳同士をぶつける。
甲高い音が部屋内に響き渡った。
一瞬、オーガラストはこちらを向く。
しかしすぐに前を向き、部屋の中を歩き、時折吠声を上げた。
「削れるのか?」
「私たちがそれまで与えたポイントは約10万ポイント。最小で見積もっても、敵の【総体力】は12万5千ポイント。アバウトに考えて、3万はほしいところね」
「数値でいわれると、絶望的な数字だな」
計算は苦手だぜ、といわんばかりに、ミスケスは頭を掻いた。
「そうね。1ターンで与える数字としては難しいかもしれない」
ミスケスのスキルはともかく、【魔法】には再呪唱といわれるタイムラグはどうしても発生する。
魔力が高いほど、その時間は短くなるが、それでも0にはならない。
加えて【級】が高いほど、再呪唱は長くなってしまう。
【魔法】が強ければ強いほど、再充填に時間がかかるというわけだ。
「勇者様の攻撃力も借りて、総攻撃するしかないな」
「それしかないわね」
「待て……」
と言ったのは、その勇者様だった。
「ようは自動回復を阻止できればいいのだろう」
………………。
「ちょっと何よ。その顔……」
「勇者様っていうよりは、魔王だな」
2人の顔が青くなっていた。
「名案が閃いたぞ」
「名案?」
「ああ……。伸るか反るかはお前たち次第だ」
現代最強魔術師は、悪魔のような笑みを浮かべた。
宗一郎らしくなってきた。
明日も18時に更新します。
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