第65話 ~ おれ、この戦いが終わったら結婚するんだ ~
第4章第65話です。
サブタイが不穏すぎる。
よろしくお願いします。
先ほどまで意気揚々と先導していたミスケスが、後ろからとぼとぼとついてくる。
はあ、とため息を何度も吐き、がっくりと項垂れていた。
そんな冒険者最強の姿を振り返りながら、代わって先頭に立ったプリシラに、宗一郎は話しかける。
「ところで、さっき何を言いかけたんだ?」
アイテムで前方を照らしていたプリシラは、軽く首を回す。
「言いかけた?」
「遺言の続きだ」
「あ――? ああ……。そうね。まあ、後にしましょう。もうすぐオーガラストのフロアだし」
「いいのか?」
「何か言い残したことがある方が、生存率が高そうじゃない」
宗一郎は眉を潜める。
「…………。そういうのをオレたちの時代では、死亡フラグというのだ」
「しぼう…………。フラグ……。……ああ。イベントフラグってヤツね。『おれ、この戦いが終わったら結婚するんだ』ってヤツでしょ? たぶん……」
「よくわかるな」
「これでも18禁まで網羅する筋金入りのゲーマーなのよ」
えっへん、とない胸を反らす。
ひどく自慢になっていなかった。
「まあ、それはいいとして、さっきは何故とめ――」
言いかけて、口を塞がれた。
空気が固まる。
気落ちしていたミスケスも、戦いの表情になっていた。
「うぉごごごごごごごごご……」
低く――そして重い音が岩壁を震わせる。
一定の間隔で聞こえてくるそれは、明らかに寝息……。
竜の寝息だ。
宗一郎は闇に向かって目を凝らした。
懐かしい……。
しかし、同時に忌々しい感情が蘇ってくる。
覚えている。
今、立っているこの場で、400人の冒険者が手当を受け、休息し、戦う順番を待ち続けたのだ。
ふと足元を見ると、折れた槍が落ちていた。
負傷者を寝かせた茣蓙や、回復アイテムの空瓶が転がっている。
地面から突き出た氷の塊には、血の跡が付着していた。
生々しい跡だった。
否が応でも記憶が、脳裏にちらつく。
「宗一郎! 聞いてるの!?」
不意に耳元で囁かれて、宗一郎は我に返った。
少女の薄青い瞳が、じっとこちらを見つめている。
「す、すまん」
「感傷的になるのはわかるけど、あんたもそれなりに場数をこなしてきた口でしょ? もうちょっとシャキッとしなさいよ」
「あ、ああ……。それで――」
「まずは先制は絶対。私とミスケスの攻撃で、【体力】の半分は削るわ」
「俺様はかまわねぇけど……。プリシラちゃんって、レベルいくつなの?」
「知りたい?」
「プリシラちゃんのことなら、なんでも知りたい!」
むふふ、とミスケスは笑う。
――こいつ、こんなキャラだったのか……?
「自分で調べてみたら? 【魔法の眼鏡】1つくらい持ってるんでしょ?」
「なら、遠慮なく」
「自信喪失してもしらないけどね」
「馬鹿な。俺様はレベル190の冒険者最強だぜ」
アイテム袋から文字通りそれっぽい装飾のついた眼鏡を取り出す。
ステータス確認用のアイテムらしい。
どれどれ、と覗き込んだ
「うげぇ!」
「声が大きい!!」
持っていた照明用のアイテムで、頭を殴る。
どっちかといえば、そちらの方が大きかった。
一瞬、しんとなる。
耳をそばだてると、竜の規則正しい寝息は続いていた。
「どう? 不満かしら?」
ミスケスは大きく頭を振る。
「一体いくつだったんだ?」
「言いたくねぇ……」
相当ショックな数字だったらしい。
仮にも女神。そしてこの世界のゲームシステムを作った張本人だ。
だいたい想像はつく……。
「でも……」
「ん?」
「惚れ直した!!」
ミスケスはらんらんと目を輝かせて、プリシラを見つめた。
恋する乙女みたいな視線を受けて、逆に「うげぇ」と女神は下品な声を上げる。
宗一郎は咳を払い、話を元に戻した。
「で? オレはどうすればいいのだ?」
「信楽の狸の置物ってわかる?」
「遠回しにいわなくてもわかるぞ。何もするな、ということだろう」
「そういうこと」
「だよな。レベル1にウロウロされても困るもんな」
ミスケスは歯を見せて笑う。
宗一郎が強く睨むと、顔を逸らして誤魔化した。
「残念だけど、この馬鹿のいう通りよ。宗一郎は大人しくしておいて」
「わかったわかった。……だが、さっきから気になっていたんだが」
「なによ」
宗一郎は再び「こほん」と咳を払う。
やや顔を赤らめて、プリシラを見つめた。
「いつの間に、オレの名前を呼ぶようになったんだ?」
「あら? ダメ?」
「ダメってことはないが……」
「自意識過剰じゃない。名前で呼ばれたぐらいで……。ああ、もしかして恋愛フラグを期待しているのかしら」
「ち、違う!!」
「きっも! あれだけ美少女に囲まれてるのに、まだ足りないわけ?」
「だから、違うといっているだろ」
「俺様はプリシラちゃん一択だぜ!」
「「お前は黙ってろ!」」
声を揃える。
ミスケスはしゅんと頭を下げた。
「話を元に戻すわよ。とりあえず、宗一郎はとどめだけに集中して。私が束縛系の魔法を使って、オーガラストの動きを止めたら、合図よ」
「わかった」
作戦は決まった。
あとは実行するだけだ。
そっとフロアの入口から顔を出す。
黒色の塊が、奥の方に鎮座していた。
岩盤のように硬い黒皮。大樹の幹に飛膜を縫い合わせたような羽根は、身体全体を覆っている。羽根の合間から覗く首は長く、寝息を吐き出す顎門は、時折ぶきみな赤い光を放っていた。
オーガラストだ。間違いない。
――変な感覚だな……。
先ほど忌々しいとすら思えたのに、今度はどこか懐かしい。
まるで10年ぶりに戦友にあったような気分になってくる。
先頭のプリシラは目で合図を送る。
そして足を忍ばせ、フロアに侵入した。
すぐにはオーガラストには近づかない。
プリシラは周囲を警戒した。
「――――!?」
宗一郎は目を剥く。
プリシラも、ミスケスも同様の反応だった。
「岩が光ってる」
思わずミスケスは口にして、慌てて塞いだ。
そっとオーガラストを見つめる。
相変わらず、大きく身体を動かし、辺りの大気を吸い上げ、また吐き出している。
ホッと胸をなで下ろした後、3人は改めて岩肌を見つめた。
走査線のように幾重にも光が走っている。
まるでネットワークを可視化したように、光の線が張り巡らされ、時々脈動するように強く発光した。
『弱ったわね』
プリシラの声が頭の中に響く。
ミスケスは「え? え?」と自分の頭に手を置きながら、驚いていたが、宗一郎はただ女神の方に身体を向けた。
『おそらくだけど、私の術式の不安定さは解消されていないみたいね』
『つまり、どういうことだ――』
『オーガラストを倒した瞬間、ボンッていうこともあり得るってことよ』
『え? それってどういう――』
『お馬鹿さんは黙ってなさい』
と強く言われ、ミスケスはしょんぼりと肩を落とした。
『どうする?』
『どうするもこうするもないわ。作戦は続行よ』
『出たとこ勝負というわけか』
『迷ったら進めって教えられたんでしょ?』
『女神様が盗み聞きとは感心せんな』
『むしろ、神様の特権なのよ。聞いていながら、何もしないのは』
『自分は違うとでもいうのか?』
『そうよ。……だって私は単なるゲーム好きの元OLなんだから……』
宗一郎は笑う。
プリシラはオーガラストに向き直った。
腰に手を当て、そして銀髪を掻き上げる。
『さ~て。竜退治といきましょうか』
青い瞳は、開封したてのゲームに挑む子供のように輝いていた。
さて、久しぶりのオーガラスト討伐です。
久しぶりにバトル全開です。
明日も18時に投稿します。
よろしくお願いします。
※ ご報告遅れて申し訳ないのですが、
90万PV突破しました(現在、91万)。
100万PVまであと少し。
ここまで読んでくれた方……。
ホントにホントに感謝の気持ちで一杯ですm(_ _)m
これからも毎日更新続けていくので、どうぞよろしくお願いします。




