第63話 ~ 遺伝子的な本能に対する復讐…… ~
第4章第63話です。
よろしくお願いします。
「召喚!!」
ミスケスの叫びが、狭いダンジョン内に響く渡る。
【闇の剣】ズフィール!!
右手の漆黒の剣が、顕現し。
【光の剣】ラバーラ!!
左手に光り輝く剣が、闇を照らした。
うおおおおお、とミスケスはためらうことなく、魔物の群れに突入していく。
双剣を振るう。
一体のモンスターが×の字に切り裂かれた。
敵の指向がミスケスに向く。
吠声を上げて、襲いかかった。
ミスケスは引かない。むしろ、前に進んで、自ら魔物の群れに没入していく。
顎門を、爪を、あるいは体肌から飛び出した角をかわす。
瞬時――剣閃が大気を薙いだ。
まばたきも終わらない間に、モンスターが細切れにされていた。
蝶のように――というレベルではない。
まるでベルトコンベアーから流れてきた魔物を、自動的に切断するような感覚だ。
故に、ミスケスが通った後には――死屍累々というわけではないが――次々とモンスターが光となって消えていく。
気が付けば、20体ほどいたモンスターは粗方倒されていた。
ミスケスお得意の【魔法剣】を解除する。
そして虫取りに成功したガキ大将みたいに、Vサインを送った。
さすがの現代最強魔術師も目を剥く。
強い――ということは、以前ギルドで見たライカとの手合わせで知っている。
その後の戦いで勝利した聞いたが、あくまで対人間。
冒険者最強を標榜する者らしく、魔物相手こそ真価を発揮する。
恐らく1人で戦うことにも慣れているのだろう。
パーティー申請を行うと、経験値が平等に分配される。そのため必然的に、ソロで挑む方が経験値が多くなる。
ミスケスが190という途方もないレベルでいるのは、そのおかげだろう。
ちなみに宗一郎は経験値を取得したくないことから、【清貧と慈悲の腕輪】によって経験値が分配できないようにしてもらっている。
「どう? プリシラちゃん! 俺、カッコよかった?」
ね? ね? と『プリシラちゃん』という綽名で呼ばれることを許可された冒険者最強は、顔を近づける。
「ええい! 暑苦しい」
男の顔面に、プリシラは容赦なく張り手をくらわせる。
予想外の奇襲にミスケスは、女の子座りになって「よよよ」という感じで、女神を見上げた。
「な、なに――――」
何か反論しようとしたが、怒りに燃える女の顔にその気すら失せた。
「行くわよ」
先を急ぐ。
魔物を倒した功労者を一瞥し、宗一郎は少女の後を追った。
さらにその後を、とぼとぼとミスケスが追いかける。
「おい。ちょっと……。扱いがぞんざいすぎないか?」
「なに、あんた? 同情しているの?」
「そういうわけではないが……」
だが、はっきり言って、少し同情していた。
「大丈夫よ。あの手のタイプはね」
“まものがあらわれた”
モンスターが行方を遮る。
すると――。
「うぉおおおおおおおおおおおお!!」
雄叫びが背後に上がる。
ミスケスは風のように2人を追い越していくと、前方に現れた魔物の群れに飛び込んでいった。
その剣に衰えはない。
むしろ、先ほどよりも鋭い。
そして、またあっという間に、モンスターを倒してしまった。
「どう! プリシラちゃん」
とVサイン。
完全に先ほどの光景と一致していた。
開いた口からこぼれる歯の白さすら同じだ。
プリシラは宗一郎を見る。
「ね? これでも同情する?」
「…………」
――なるほど……。
ミスケスは馬鹿だった。
馬鹿中の馬鹿だった。
「うぉっしゃああああああああああああああ!!」
再びミスケスは雄叫びを上げながら、魔物の群れに突入していく。
やたらとエンカウント率が高いことに、宗一郎とプリシラは辟易していたが、ミスケスは元気よく飛び出していく。剣は鋭さを増す一方だ。
おそらくゲームをやり始めたら、初期位置で永遠とレベル溜めをしていても、なんの苦にもしない人間なのだろう。
宗一郎は、そう分析した。ある意味、頭が下がるが、真似をしようとは思わなかった。
ミスケスの戦いを見守りながら、突如プリシラが声をかける。
「ねぇ。宗一郎……」
「ん……?」
珍しいと思った。
プリシラが名前で呼んだのだ。
その顔は見ると、真剣だった。緊張しているのだろうか、と思ったが、口にした言葉は別の内容だった。
「今から話しておくわ」
「ふん。遺言か……」
「当たらずとも遠からずよ」
冗談で言ったつもりだったが、プリシラの声音も表情も虚実を述べているようには思えなかった。
「念には念を――というヤツか……。あまり神経質になると、倒せるものも倒せなくなるぞ」
「ご高説感謝するわ。……でも、一応これでも私、女の子なのよ。ネガティブ女子なのよ」
――とてもそうは思えないが……。
「まあ、久しぶりのオーバリアントの空気を吸って、少々ナイーブになっていることは否定できないけどね」
「で? 一応、聞いておいてやる」
「内容はそう――。ダークエルフのことについてよ」
宗一郎の眉がぴくんと跳ねた。
「ああ……。心配しないで。あんたが匿ってるダークエルフについて、どうこうしろとか指図するつもりはないわ」
「お見通しか……」
「あんたは、あのダークエルフが悪さしないように閉じこめているとか言ってるようだけど、本当はダークエルフについて調べるために捕まえているんでしょ」
「…………」
沈黙は肯定の証だった。
「あわよくば、私を出し抜くためのアイディアが浮かばないか、とかさぐっていたんでしょ。牢屋の中で随分と長い時間、仲良く言葉を交わしていたみたいだし」
「嫉妬か……?」
「はあ?」
顔面を青筋だらけにしながら、プリシラは宗一郎に顔を寄せた。
宗一郎は。
「言ってみただけだ」
と涼しい顔で返す。
「聞かなかったことにしてあげるわ」
「ありがとう、というべきか……」
「存分に感謝してちょうだい。あんたが勇者じゃなかったら、即死だったわよ」
「以後、気を付けよう」
「で?」
「概ねお前が言っていることが狙いだ。出し抜こうとしたのも含めてな」
「正直だこと……」
「正直ついでにいえば、オレはお前をまだ信用したわけではないからな」
「気を遣わなくてもいいわよ。私も同じだから……」
微妙な空気が、2人の間に流れる。
ミスケスがモンスターを掃討すると、洞穴内を歩き始める。
大手を振って、意気揚々と先導するミスケスの背中を見ながら、先に宗一郎は口を開いた。
「で? ……ダークエルフがなんだ?」
「大したことじゃない。ダークエルフと私――いや、オーバリアントの因縁よ」
「因縁?」
「前に話したと思うけど、私が来る前までは、オーバリアントはずっと戦乱が続いていた。だけど、そのほとんどが仕組まれたことだった」
「ダークエルフだな」
「そうよ。実は言うとね。ダークエルフという種族がいることを、オーバリアントに周知させたのは、この私なのよ」
「それは初耳だ」
宗一郎が捕らえているアフィーシャから色々とダークエルフのことは聞いている。だが、そんな話は出てこなかった。
「それほど希少な種族なのよ。長い寿命を持つシルバーエルフですら、一部のものしか知らなかったぐらいだし」
「どうやって周知させた?」
「簡単よ。各国の城にいって、虱潰しにね。そしたら出てくる出てくる。ゴキブリみたいにね」
「いちいちエルフを付きだして、弾劾していったというわけか」
「そういうこと……。協力者も徐々に増えていったわ。あんたと知り合いのエルフがいるでしょ?」
「マフイラのことか?」
眼鏡をかけたエルフのことを思い出す。
「あの子もその1人――。優秀な狩人だったわ。銀の狩人なんて呼ばれてりしてたわ」
「ほう……」
マフイラは武人としても優秀だった。
元冒険者というのは聞いていたが、それほど高名なエルフとは少々驚きを禁じ得ない。
「まあ、おかげで魔女狩りっていう――行き過ぎた制度も生まれることになったのだけどね」
「お前が発端か。おかげでひどい目にあったぞ」
「脇が甘かったからでしょ。魔女の疑いをもたれるようなことをする方が悪いのよ」
さらりと言ってのける。
まったく悪びれる様子もなかった。
「そうした積極策もあって、オーバリアントの各国はかなり正常な状態に戻っていった。代わりに、私はダークエルフに恨みを買うことになったけど」
――まさか!
「そう……。あいつらがモンスターを召喚したのは、オーバリアントを滅ぼそうとしたからじゃない。……私に復讐するためよ」
「死んでいった同胞のために、何かをするような連中ではないがな」
「そんなことのためにあいつらは動かないわ。自分たちの本能を否定されたことの恨みでしょうね」
仲間の命よりも、遺伝子的な本能に対する復讐……。
どこか現代世界でかつて行われた戦争を思わせた。
「つまりはダークエルフに気を付けろ。そう言いたいのか?」
「だいたいはね。ただ――もっとも気を付けてほしいのが、モンスターを召喚したダークエルフよ」
「捕まっていないのか?」
「残念ながら……」
「名前は?」
プリシラの薄い唇を見つめる。
「ラフィーシャ……」
「――――!!」
まさか! その名前……。
「ええ……。そのまさかよ。あんたが捕獲しているアフィーシャの双子の姉よ」
宗一郎は言葉を失った。
たまには真面目なサブタイを選んでみた。
明日も18時に投稿予定です。
よろしくお願いします。




