第61話 ~ あっちの世界であった給湯室会議を思い出す ~
第4章第61話です。
よろしくお願いします。
太陽の光を受けて、銀髪が鈍く反射していた。
薄青い瞳をこちらに向け、仁王立ちしている。
近未来を思わせるような露出度の高い服と、頭についたヘッドフォンのような耳あても健在だ。
薄い胸をそらし、白い頬はやや膨らませ、怒っているように見えた。
「プリシラ……! お前、なんでここに!」
当然、宗一郎が驚いた。
あれだけ呼んでも出てこず、【太陽の手】の件があってようやく重い腰を上げた女神が、なんの予告もなくオーバリアントの地に立っていたのだ。
腰を抜かすというわけではないが、それに近い衝撃があった。
「そんな幽霊を見るような目で見ないでくれる。……ぷぷ。あんたでも、そんなに驚くことがあるのね」
「ああ……。10年以上引きこもっていた息子が、部屋から出てきたような驚きだ」
「なんか嬉しくない褒められ方だわ」
「実際、褒めてはいないからな。しかし、当然だろう。あれほど呼びかけても出てこなかったお前が、何か大事な用事があるわけでもないのに、ここにいるのはどう考えてもおかしいだろう」
「用事がないと降臨したらダメなの? 私、一応ここの女神様なんだけど……」
「茶化すな。……お前が用もないのに人前にでてくるとは思えん」
…………。
ようやく女神の口がふさがった。
何故か、急にもじもじし始める。
白い頬がほのかに赤くなっていた。
「に、苦手なのよ」
「は?」
「人前とか苦手なのよ!」
…………。
今度は宗一郎が黙る番だった。
「その割にはオレの前では熱弁を振るっているようにみえるが」
「あ、あんたはいいのよ。……でも、その――――どっちかっていうと……。同姓の方が苦手なのよ」
「オレの従者は一応、女なんだが……」
「あれは悪魔でしょ。てか、中身はオヤジじゃない」
――反論できんな。
「その……なんていうの。あっちの世界であった給湯室会議を思い出すっていうか……」
「つまりは、トラウマがあって、うちの女性陣の前には出づらかった、と――」
「有り体にいうとそうね」
バカか、お前――!
「ど、怒鳴ることないでしょ。私、これでも女の子なのよ」
「女神様だろ……。どこの世界に、同姓が怖くて引きこもってる神様がいるのだ!」
「いるじゃない。日本になんだっけ?」
――天照大御神のことをいってるなら、とりあえず謝っておけ!
「で、でも、それだけじゃないのよ」
「ほう……」
宗一郎は疑惑の眼差しを向ける。
対して、さっとプリシラは髪を掻き上げた。
銀髪が、夜露に濡れたハーブのように光る。
その眼差しも顔も、真剣なものに戻っていた。
「オーガラストよ」
「…………!」
「そんな怖い顔をしないでくれる。別にあんたの因縁の相手との決着に横やりを入れようってわけじゃないから」
一瞬、こわばった顔をほぐすように、宗一郎は一度眉間をもんだ。
「その口ぶりからして、オーガラスト討伐に参加するつもりか?」
「まあね」
「オレの腕が信用できないと」
「また顔が怖くなってるわよ。……そんな顔してたら、ライカって子に嫌われるわ」
「あいつは、お前のように肝の小さな女ではない」
「はいはい。……別に信用してないわけじゃない。でも、私としては念には念を入れておきたいのよ」
「オレがオーガラストに後れを取る、と――」
オーガラストは強い。
その体力も化け物だ。
確かに宗一郎が戦った生物の中で最強といえる。
だが、勝てない相手ではない。
実際、1度勝っている。
プリシラがいう「念には念を」という気持ちはわからないわけではないが、遠回しに侮辱されているような気がした。
「そういうわけじゃないわ。問題なのは倒すことじゃなくて、倒した後よ」
「…………?」
「わかってると思うけど、もう1度説明するわ。あんたは1度オーガラストを倒した。だが、勇者でなかったあんたが無理矢理倒したことによって、あのオーガラストの周りの空間はかなり不安定になっている」
「今もか――」
「正直、何が起こるかわからないほどにね。その中心はオーガラストであると見て間違いない」
つまり、プリシラは宗一郎がオーガラストを倒すことによって、何らかの影響が出るかもしれない、と考えているということだろう。
「【太陽の手】で焼き払われなくて良かったわ」
「可能性として、どんな影響がある?」
「未知数ね。何も起こらないかもしれないし、もしかしたらオーバリアントが滅亡するようなことが起こるかもしれない」
「だから、お前も同行するのか?」
「そういうこと……。これでもオーバリアントの女神だし。もうだいぶ死んじゃったけど、私が旅をしてた時にお世話になった人間もいる」
「ほう……」
宗一郎は感嘆の声を上げた。
プリシラはむっと睨む。
「何よ」
「お前から、そんな殊勝な言葉が聞けるとはな」
「涙が出るでしょ」
「ああ……」
濡れてもいない目を宗一郎はこする。
「ただ――まあ……。本格的に滅亡的なことが起こると、私でもどうにも出来ないけどね」
「心配するな――」
「“オレがいる”とでもいうの。まあ、期待しないでおくわ。いざとなったら、オーバリアントの全呪術を切ればいいんだし」
それは最終の最終手段だ。
プリシラの呪術の恩恵がなくなれば、たちまちモンスターと人間の均衡が崩れる。
となれば、一気にモンスター側に形勢が偏り、同じくオーバリアントは滅亡することになるかもしれない。
今、滅亡するか。少し経って滅亡するかの違いだ。
「ここまでで質問は?」
「他のイベントモンスターにも同じようなことが起こっている可能性は?」
「それはないんじゃない。あくまでオーガラストに起こってることだし」
「オーガラストを倒したら、お前の呪術が正常に戻る可能性は?」
「つまりはRPG病が治るっていうこと? 可能性がないわけじゃないけど、それも未知数ね」
「ようはやってみなければ、わからない――ということか」
「そういうこと……」
正直に言うと、不安しか残らない。
だが、心構えをしておくのと、現地へ行って慌てるのとでは違う。
あらゆる可能性を考慮するなら、ギルドのネットワークを使って、冒険者によるモンスター狩りを一時的に停止する措置も検討していいだろうが、さすがに時間がかかり過ぎる。
「質問は以上ね」
「ああ……」
「そ。んじゃ、これ――」
プリシラが宗一郎の放り投げたのは、一振りの剣だった。
刃物に呪字のようなものが刻まれていたり、柄のこしらえがわりと豪華だったりしているが、一見は普通のロングソードだった。
「なんだ。これは?」
「あとで説明するわ。もう1つあるの」
「?」
「出てきていいわよ」
プリシラが後ろを振り向き、岩肌に向かって声をかける。
岩陰から人が現れた。
「プリシラちゃぁん、待ちくたびれたぜぇ」
がしゃりと鎧が鳴る音が聞こえた。
近づいてくる男を見て、宗一郎は目を丸くする。
「お、お前――――」
口を半ば開き、宗一郎は男を見て固まった。
さ~て、誰かな誰かな~。
(あの短い台詞だけでわからないと思いますが、読んだみなさんが浮かんだ候補の中には
割といるあの人物です)
明日18時に更新します。
よろしくお願いします。
【告知】
明日、久しぶりに「異世界の「魔法使い」は底辺職だけど、オレの魔力は最強説」を更新します。
本当にお待たせしてすいませんm(_ _)m




