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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
第4章 異世界冒険編

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第59話 ~ こういうのは“役得”っていうんですよね ~

第4章第59話です。

よろしくお願いします。

 ライーマード――衛士駐屯地。


 数十名ほどの衛士たちが群がり、留置場の瓦礫の撤去に追われていた。


 見張り番をしていた衛士の話では、突然空から馬のようなドラゴンのようなモンスターが飛来した――というが、真偽の定かではない。


 衛士は頭部を軽く打撲しており、仲間内の間では頭がおかしくなったんじゃないか、というのがおおよその見解だった。


 留置場が破壊された理由はわからずじまい。

 だが、モンスターがやってきたという証言は、オーバリアントの人間にとってあまりに荒唐無稽なものとして捉えられた。


 後に――留置場は築30年を越えていて、自然に崩れたのではないか、というところで決着がついた。


 不幸中の幸いだったのが、留置場にいたのが1人だけだったということ。


 囚人が1人死ぬぐらいなら、さほど問題はないし、たとえ騒ぎに乗じて逃げたとしても、探すのが1人だけなら、これまた問題ない。


 そう楽観視しながら、衛士は瓦礫の撤去作業に追われていた。


 バアァン!!


 派手な爆発音が牢獄内に鳴り響く。


 鉄の扉が、目の前に詰まれていた瓦礫ごと吹き飛ぶ。


 けほけほ、と咳き込みながら、3人の衛士が入ってきた。


 まだ火薬の匂いがする中、煙を払いながら、前に進む。


「あ――」


 と声を上げた。


 地下の留置場に月明かりが射しこんでいた。

 天井が崩落し、完全に地上からむき出しになっている。


「あーあ、完全に丸見えだよ」

「やっぱ逃げちまったんじゃないか?」

「それより生きてんの?」


 口々に言葉をかわす。


 ギュッとショートスピアを握り、辺りを警戒した。


 瓦礫を踏み潰す音を鳴らしながら、1歩ずつ前に出る。


 そして囚人を入れていた一番奥の牢へとやってきた。


 ここが一番ひどい。


 鉄格子も破られ、逃げて下さいといわんばかりに崩落した天井が、階段のようになって地上へと続いている。


「やっぱ逃げたんじゃないのか?」


 1人の衛士がいったが、先頭を歩いていた衛士がさっと手を横にした。


 そっと角から顔を出す。


 男が座っていた。


「ああ……。お務めご苦労」


 お前は俺の上司かよ、とツッコミたくなるぐらい不遜な態度で、囚人は手を挙げていた。


「お前、逃げなかったのか?」

「逃げる? 別にオレは何も悪いことをしていないのに、逃げるわけないだろ?」


 3人の衛士は顔を見合わせる。

 そして構えたスピアを下ろした。


「殊勝な心がけだな。あ、えーと……」


 帳面を出し、衛士はパラパラとめくる。


「杉井宗一郎だ、衛士どの」

「そうだったな。すまない。変わった名前だから、どうも馴染みなくてな」

「そうか。――で? オレはこのまま待機なのか?」

「一旦別の留置所に移ってもらう」

「はいはい」


 宗一郎は立ち上がった。


 両手を差しだし、大人しくお縄になる。


 衛士に引っ張られるように歩き出した。


 1人の衛士がふと何かに気付き、後ろを振り返る。


「そう言えば、お前――」



 “なんで裸なんだ?”



 宗一郎はきょとんとした後、そっぽを向いて、剃り残しがある顎を両手で掻いた。


「今日は……。暑かったから……」

「…………」


 衛士はじっと見つめた。


 真偽を確かめるように。


「……そうだな。確かに今日は暑いな」


 喉元に滴る汗を拭い、前を向いて歩き出した。




 2日後、杉井宗一郎が「魔女」だという告発は取り下げられる。


 アラドラ・ガーフィールドの遺書の中から、今回の事件の顛末と告訴状の経緯が証言として見つかり、それにより審問会は無期限停止となった。


 今回、ギルドはアラドラの件を重く受け止め、上役の減俸と、マキシアとウルリアノが求めてきた査察を受け入れる方針を固める。


 ちなみに、ギルドはアラドラの後任をまだ人選できていない……。




 ライーマードのギルドは、他の地方都市の建物と比べると若干グレードが上がる。


 平屋だが倍ほど広く、白い壁は他の家屋と同じだが所々煉瓦が使用され、頑強に出来ている。赤い屋根はなかなかおしゃれで、他にはないどっしりとした門扉も備えられていた。


 門の前で、男女がそわそわしながら待っている。


 建物から出てくる女エルフの姿を見ると、歓声を上げた。


「マフイラ、お疲れッス」


 頭に小さな角をつけ、大きな金色の瞳をランランと輝かせたフルフルは、拍手を送った。


「ご苦労だったな」

「お疲れさまです」


 労をねぎらったのは、同じ色の髪と目を持つ姉妹――ライカとクリネも、フルフルほど大げさではないにしろ、小さく拍手を送っている。


「お疲れさま」


 最後に宗一郎が笑顔で出迎えた。


 特徴的なエルフの容姿に、眼鏡をかけたマフイラは、少し神妙な顔で門をくぐる。


 4人の男女の前に立った。


「で――。首尾は?」


 ライカが一歩前に出て、尋ねる。


 マフイラはやや俯き加減でいたが――。


「じゃーん!」


 急に賑やかな声を上げて、書類を見せた。


 一同の視線が掲げられた紙に集中する。


 そこには『許可状』と書かれていた。


「ファイゴ渓谷の侵入許可。およびオーガラスト討伐の許可。まとめて頂いてきました!」


 ………………。


 一瞬の沈黙の後――。



「「「「おお……!」」」」



 やんややんやと声を上げた。


「本当にご苦労だったな。マフイラ殿」

「いえ、陛下……。本来であれば、ギルドが協力的にならなければいけなかったのに、申し訳ない。ギルドを代表して謝ります」


 濃いブロンドの髪を揺らし、頭を下げる。


「そんな必要ない。状況が特殊だったのだ。その中で、マフイラ殿は我々に尽くしてくれた。感謝してもしきれることではない」

「そうッスよ。マフイラが今回一生懸命動いてくれたから、アラドラの居場所もわかったし、最悪を回避できたんスよ。今回の勇者は、ご主人よりマフイラっス」

「そんな――」


 エルフは白い頬を赤らめた。

 それを見ながら、クリネは微笑む。


「フルフル様もたまには良いこというですのね」

「またクリネはそう――。フルフルだって、いつもエロいことばっかり言ってるわけじゃないッスよ。それに影の功労者は、フルフルッスからね。エッヘン!」

「それを言わなければ、もう少しクリネの評価も上がるだろうに」


 どっと笑い声が上がる。


 皆の顔に笑みが灯る。


 つい数日まで、オーバリアントの危機と立ち向かっていたとは思えないほど、清々しい表情だった。


 マフイラの肩に突然、手が置かれる。


 振り返ると、宗一郎が立っていた。


「本当にご苦労だったな、マフイラ」

「いえ。宗一郎様こそ、ありがとうございました」

「いや、今回はオレは何もしていない。お前のおかげだ、エルフの勇者」

「そんな――」


 キュゥゥゥゥ、とヤカンが鳴るような音を立てて、マフイラは上気した。


 それを発見したフルフルは、指をさす。


「あ。ご主人がマフイラを口説いているッス」

「「なに!」」


 早速、目くじらを立てたのは、マキシアの皇族姉妹だった。


「宗一郎! 口説いていたのか、マフイラ殿を!」

「ちょっとどういうことですの! 宗一郎様!!」

「お、おお落ち着け! 2人とも! 口説いていたわけじゃない!!」


 猫2匹が犬を取り合って、喧嘩を始める。

 横で蛇が合いの手をいれながら、喧嘩に華を飾っていた。


 マフイラは少し戸惑いながらも、薄く口端を広げる。

 笑っていた。


 そして――。


「あれ? マフイラ、泣いてるッスよ」

「「「え?」」」


 言い争っていた3人とフルフルの視線が、集中する。


 滂沱と涙を流していた。


「え――?」


 ようやく気付いたマフイラは、眼鏡をとって、涙を拭った。


 ――言わなきゃ……。


 指について水滴を見ながら、彼女は決心する。


「あの……。皆さんにお話が――」

「――――?」

「ここで私は抜けようと思います」


 ――――!


「な、なんでッスか? オーガラストが倒れる姿を見るのが、マフイラの悲願じゃないッスか!!」

「はい。フルフルさんの言うとおりです。でも、少し――今、ギルド内が混乱していて」


 振り返る。


 赤屋根に白壁の建物が見えた。

 マフイラが10年近く通った職場だった。


「確か病気療養中の所長が復帰されたと聞いたが――」

「そうです。でも、まだ無理してきているみたいで。後任もいつになるか……」


 エルフの少女の顔が沈む。


「つまり、マフイラはその間、ここで手伝いたいと」

「そうです。幸い、所長は臨時対応でどうにかなるので、一時的に副所長として復帰できるよう取りはからってくれると言っていただきました」

「お給料は出るんスね」


 マフイラはこくりと頷く。


「でも、ドーラのこともあるし。オーガラストも――」

「良い話なのではないか?」


 そう言ったのは、宗一郎だった。


「ドーラのことは心配しなくてもいい。ベルゼバブがなんとかするだろう」

「でも――」

「まあ、聞け。お前の言うとおり、ライーマードは混乱している。そこにオレが今からオーガラストを倒せばどうなる? 通商航路の安全確保が確認されたことにより、今よりも交易が盛んになるだろう。そうすれば、冒険者の需要が増えることになる。ギルドはさらに忙しくなる」

「そう、ですね……」

「だから、オレとしてはお前のような優秀な職員がいれば、遠慮なくオーガラストを叩きつぶせる」

「宗一郎様……」

「マフイラ、お前はギルド職員だろ?」


 改めて問われ、マフイラは涙を拭き、今一度向き合った。


 背筋を伸ばし、勇者と呼ばれる男を見つめる。


「はい」


 その誠実な返答は、どこか結婚の儀の宣誓を思わせた。


「だったら、お前はお前で最強を目指せ。オーバリアントで1番の職員になってみせろ」


 濃いブロンドの髪が盛り上がる。

 みるみる顔に笑みが灯った。


「はい!」


 今日一番の声で答えた。


「では、ここでお別れだな」

「名残惜しいですけど」


 許可状を宗一郎に渡した。


 クリネは頭を下げる。


「では、お元気で。マフイラさん」

「クリネ殿下も、くれぐれもお体にはお気をつけ下さい」


 続いてライカが握手を求める。


「そなたには本当にお世話になった。ギルドを頼むぞ、マフイラ」

「陛下もご健勝であらせられますことを。そしてこれからの帝国の反映を(いち)ギルド職員として、お祈り申し上げます」


 がっちりとマキシア女帝の手に応えた。


 すると、横からフルフルが飛び込んでくる。


「マフイラ~~」

「ちょ! フルフルさん。抱きつかないでくださいよ」

「だってぇだってぇ。マフイラがいないと、寂しいッスよ」

「そんなことはありませんよ。クリネ様やライカ様がいるじゃないですか」

「だって、2人ともウブすぎて、恋話(こいばな)とかちょっとエッチな猥談とか出来ないッスもん。その点、マフイラは結構話に乗ってくれたから、好きだったッスよ」

「わ、私の存在意義ってその程度のものだったんですか……」


 フルフルがマフイラの頬をすりすりとこすりつけながら、抱きついていると、影が覆い被さった。


 見ると、宗一郎がこちらを見ている。


 おほん、咳払いをすると、フルフルは「ちぇ」と言って、下がった。


 宗一郎はただ一言いった。


「達者でな。マフイラ」

「宗一郎様も……。あの――」

「なんだ?」

「お耳にいれたいことがあって」

「ほう」

「少し耳を寄せてはくれないでしょうか?」

「こうか?」


 と宗一郎は言われたとおりにする。


 すると――。



 チュッ……。



 何か柔らかいものが押し当てられた。


「はぁ!」


 一瞬、理解が追いつかず、宗一郎は目を丸くした。


 マフイラを見つめると、顔を赤くして身体をモジモジさせていた。


「ま、マフイラ、お前――」

「フルフルさんに聞いたことがあります」

「何をだ?」

「こういうのは“役得”っていうんですよね」


 その微笑む姿は、とてもチャーミングだった。

 思わず宗一郎は顔を赤くする。


「そ、宗一郎! お主!」

「宗一郎様! 何をやってるんですか!!」

「うけけけ……。ご主人は脇が甘いッスね」

「ちょ! お前たち! やめ――」


 皇族姉妹に宗一郎は揉みくちゃにされる。

 その横で、悪魔が笑っていた。


 さっきの焼き増しだった。


 マフイラは口元に手を当てる。


「オーバリアントで1番の職員か……」

「ん? マフイラ、何か言ったか?」


 宗一郎が姉妹に掴みかかられながら、反応した。


 濃いブロンドの髪が揺れる。


 そして改めて勇者を見た。


 ――本当にこの方は…………。



 “意識が高い……”



 澄み渡った大空を見ながら、エルフの女性は微笑んだ。


一応、この後のプロットでマフイラが出てくる予定はありません。

最初出てきた時は、ここまで重要なキャラになるとは思っていませんでした。

ただ眼鏡エルフって結構好きなので、どこかで出せたらなあ、とは思っています。


明日も18時に更新します。



※ 新作『通訳ロボットが、スキルダウンロードで異世界にご奉仕してみた。』も連載してます。

  こっちもよろしくお願いします。

  → http://ncode.syosetu.com/n0879dk/

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