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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
第4章 異世界冒険編

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第58話 ~ しかし、なにもおこらなかった! ~

第4章第58話です。

よろしくお願いします。

「え…………」


 マフイラは声を漏らす。


 自分でも思った。まるで寝言をいっているような声だと。


 信じられるはずがなかった。


 ダークエルフだからというわけではない。

 いや、誰がいったところで信じることなど到底不可能だった。

 あの勇者の言葉すら。


 60年前、顕現したという女神。


 マフイラはまだ幼くエルフの里もあって、モンスターの脅威はあったが、穏やかに暮らしていた。


 この目で見たことはないが、絶世の美女だったらしい。


 改めて、女神を見つめた。


 確かに美しかった。


 すべてが完璧と称していいほどに……。


「め、がみ……さま?」


 疑問符を付けつつ、声に出してみた。


 女神はマフイラの方を向く。

 薄青い瞳には慈悲ではなく、どこか怒りのようなものを感じた。


「マフイラ・インベルターゼ……だっけ?」

「は、はい!」


 思わず声を上擦らせ、返事した。


「ひどい傷みたいだけど、ちょっと待っててくれる」

「え? あ、はい……」

「あと、色々ややこしいことを説明するのは嫌だから」


 “眠ってて……”


 手を掲げる。


 特にそれ以外のリアクションはなかった。


 しかし、すでにその時にはマフイラは眠っていた。


 女神プリシラはエルフが眠った事を確認し、向き直――。


「おっと……」


 黒い影がプリシラを襲う。


 だが、その切っ先が触れる前に影は石になっていた。

 ちょんと先を叩くと、砂のように崩れる。


「ちっ」


 顔面を歪め、エーリヤは距離を置いた。


 プリシラは笑う。


宗一郎(あのバカ)ならいざ知らず。私にエルフの魔法は通じないわよ。なんせ60年もここにいるんだから……。あんたたちの魔法体系は完全に見切ってる」

「プリシラ……。何故、お前がここにいるのデス(ヽヽ)か?」

「――――!」


 エーリヤが尋ねた途端、プリシラの表情が怒りに震えた。


「あんたたちのせいだって言いたいけど、宗一郎(げぼく)が泣きついてきてね、女神わたしに」

「げぼ、く……?」

「あいつなんていったと思う。『たまには身体を動かさないと、太るぞ』ですって! 人が気にしていることを……。オーバリアントごと消滅させてやろうかって思ったわ」


 身体から放たれる殺気も怒気も、本気だった。


「改めていうけど、久しぶりね。エーリヤ……。60年ぶりかしら」

「会いたかったと言いたいところデス(ヽヽ)けど……。正直、2度とその(ツラ)を見たくなかったデス(ヽヽ)ね、殺戮の蛇神(スペル・ゼア)

「あ~ら、懐かしい呼び名ね。……2度と言わな(ヽヽヽヽヽヽ)いでくれる(ヽヽヽヽヽ)

「あなたが嫌がるなら何度だって言ってやるデス(ヽヽ)よ、殺戮の――」


 瞬間、エーリヤの右側面に光芒が浮かび上がった。


 咄嗟に左へと回避する。


 金属同士が打ち合うような鋭い音が響く。


 ぼた、と地面に落ちたのは、人の手首。

 石化した指先は、どこか芸術めいた手の形をしていた。


「――――ッ!」


 声なき悲鳴が上がる。


 濃い鮮血がまるでソースのように地面にぶちまけられた。


「ごめん。手が滑った」

「……ごめんで済んだら、衛士はいらないって格言を()らないんデス(ヽヽ)か?」

「知らないわよ。警察なら知ってるけど……」

「けーさつ?」

「ああ……。久しぶりに下界に降りてきたら、飛んでもなくめんどくさいヤツと対面することになるとはね」

「めんどくさいヤツって、エーリヤのことデス(ヽヽ)か?」

「あんた以外に他に誰がいるの? ああ、ホントにウザい」

「う、ウザい?」

「……その――ルビ打ちがめんどくさそうなしゃべり方から、女主人公みたいな赤髪まで、何もかもね。変なキャラ付けしてるんじゃないわよ。めんどくさい」


 まるで口癖のように「めんどくさい」を連呼する。


「相変わらず、言っていることがよくわからんない女デス(ヽヽ)

「あんたが、勉強不足なの……」


 ふう、と息を吐いた。


「で――。いつ以来だっけ? あんたたち(ヽヽ)がオーバリアントにモンスターを喚んだ――あれ以来だと思うけど……」

「忘れたデス(ヽヽ)か?」

「60年って時間は長くてね。簡単にいうと、まあボケちゃったってわけ。あんたたちエルフからしたら、思春期の思い出を忘れた程度なんでしょうけど、私の遺伝子構造はさすがにそこまで強固に出来ていない」

「女神がボケるデス(ヽヽ)か。笑わせるデス(ヽヽ)

「それで聞きたいんだけど……」


 終始、余裕の表情だったプリシラの顔が、険しくなる。


 目を細め、睨め付けた。


「まだ【黒絹と殺意マフロス・キィ・プロキン】は存在するのかしら」

「……………………………………………………………………………………」

「だんまりか……」


 ちょん、と軽く空気に触れるように指を動かした。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!!」


 末期の悲鳴かと思わせる叫びが、森林に響き渡った。


 エーリヤは崩れ落ちると、左足を抱えて蹲った。

 額に脂汗が浮かび、浅く息と短い悲鳴を繰り返す。


 左足の親指が石化し、ぼろりと崩れ落ちた。

 ワインを注ぐように鮮血が垂れる。


「どう? 足全部を持って行かれるより、そっちの方が痛いでしょ。小指で箪笥の角にぶつけるアレよ」


 薄く笑みを浮かべる。


 悪魔……。


 いや――。


 蛇……。


 そう――まさに【殺戮の蛇神】という蔑称に相応しい笑みだった。


 エーリヤはかろうじて顔を上げる。


 マフイラと出会った当初、物憂げに伏せ気味だった瞳は大きく見開かれ、青い水晶のような眼球は、ダークエルフの典型ともいえる赤に変わりつつあった。


 髪の色も、白髪に戻っていた。

 彼女を覆っていた変身の魔法が解けつつあるのだ。


「喋る気になったかしら?」

「殺()てやるデス(ヽヽ)


 最初こそどこか上品さがあったしゃべり方も、粗野に乱暴に――まさしく世界の狂言回しに相応しいものへと変わっていく。


 本能としてのダークエルフを取り戻しているようにも見えた。


 しかし、オーバリアント最()の怒りを前にして、【殺戮の蛇神(スペル・ゼア)】は、どこか楽しんでいた。


「殺す? どうやって? あなたにもう策はないでしょ?」

「聞いていなかったデス(ヽヽ)か?」

「?」

「私は言ったデス(ヽヽ)よ。【太陽の手(バリアル)】が1個だけなんて、誰もいってないデス(ヽヽ)よ――って」



 カチッ!



 かすかにスイッチが入るような音がした。


 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。


 その沈黙は永劫に続くかと思われた。


 木々の間を縫って、風が通り抜ける。


 薄く紫を垂らしたような白髪。

 夜露を織り上げたような見事な銀髪。


 両者の髪をさらっていく。


 ――――…………。


「馬鹿な……」


 沈黙を破ったのは、白髪のエルフの方だった。


 エーリヤの予定では、地下に仕掛けて置いた何十発という【太陽の手(バリアル)】が同時、起動する予定だった。


 地響きも、轟音もなく……。


 一瞬にして、光が王都を消滅させる。


 そんな未来を描いていた。


 今一度、顎を上げる。


 女神の顔があった。


 いかなプリシラとて、何十発という【太陽の手(バリアル)】を無力化することなど出来ないはず……。


 だが、現実は……。



 “しかし、なにもおこらなかった!”



「まさか……。あなた……。すでに私が隠()ていた【太陽の手(バリアル)】を無力か()ていたデス(ヽヽ)か?」

「隠していた? ……なるほど。あんた、そんなことを企んでいたの?」

()らばっくれるなデス(ヽヽ)!!」


 目を血走らせて叫んだ。


 怒りの発言に、プリシラはさもめんどくさそうに自慢の銀髪を撫でる。


「しらばっくれるもなにも……。私は今、あんたの発言を聞いて知ったよ」

「なんだと、デス(ヽヽ)……」

「昔、私が即死魔法の解説をした時にいったと思うけどね」

「??」


 はあ、とプリシラはため息を吐いた。


「私がぼけたのか。それともあんたが忘れているのか知らないけど、確か言ったはずよ」



 “私の即死魔法は生物に限らず、すべての事象・理論すら対象になる”



「昔――だけどね」

「じゃ、じゃあ……。あなた……。私が持っていた【太陽の手(バリアル)】を無力化した時から――」

「すべての【太陽の手(バリアル)】が殺されていた。私の即死魔法によってね」

「そんな――インチキ……」

「なんかそれって、昔も言われたような気がして、不快だわ。まあ、どっちにしろ不快だけど」

「……く!」

「これであんたがオーバリアントのどこに隠していようが、もう【太陽の手(バリアル)】は使えない。私が理論すら殺してしまったから。つまり、1からやり直しよ、エーリヤ」

「ぐぞぉぉおおおおおおおおおおおお!!」


 ダークエルフは血涙を流しながら、絶叫した。


「もちろん、そんな機会は一生ないけどね」


 手をかざす。


 エーリヤはまだ足の傷が癒えぬままに立ち上がった。

 影の魔法を展開する。


 黒い刃が、まるで花開いた野菊のように広がった。


「プリシラぁぁぁあああああああああああああああああああああああああ!!」


 絶叫――。


 影を背負い疾走した。


 闇雲に向かってくる無様なダークエルフ。


 プリシラは。


「ふふ……」


 やはり微笑んだ。


 そして――――。



「さようなら。……エーリヤ」



 瞬間、エルフの視界がブラックアウトした。




 マフイラ・インベルターゼは瞼を持ち上げた。


 土の匂いがし、次に木の匂いを嗅いだ。

 少し心が和らぐ気がした。


 自分が住んでいたエルフの里も、こんな匂いがいつもしていたからだ。


 何か悪夢を見ていたような気がするが、頭がぼけててよく覚えていない。


 とりあえず、今日の予定を考えてみる。


 …………。


 ――あれ? 私、何を……。


 かっと目を見開いた!


 マフイラは上半身を起こす。


「あれ?」


 と気付いた。


 自分の身体を見る。


 エーリヤに痛めつけられていた傷が、全快していた。

 ローブの綻びすら、新品のように修繕してある。


 はっ――と顔を上げた。


「プリシラ様!!」


 周囲を窺った時、美しい女神の姿はなかった。


 ――夢だったのだろうか。


 では、エーリヤはどこに?


 立ち上がって、2、3歩前に進む。


「――――!」


 マフイラは息を飲んだ。


 前方に人影があった。


 否――違う。


 人影ではない。


 人の形をした石像だった。


 花びらのように開いた刃を纏い、疾走した姿のまま固まっている。


 目から涙のようなものが伝い――その必死な形相は、とてつもない力を持った相手に敢然と立ち向かう……。


 そう……。まるで――。



 勇者の姿を思わせた。



「エーリヤ……」


 譫言のように呟く。


 すると石像が崩れ出した。


 それが魔法の言葉であったかのように……。


 砂城が崩れるがごとく、ダークエルフは細かな灰になった。


 風が凪ぐ。


 墓木を通る涼やかな風は、まるで何事もなかったかのように梢を鳴らす。


 そして灰は、星が灯り始めた空へと舞い上っていった。


最近、ちまちました回が多かったですが、

本当に久しぶりの無双回でした。

いかがだったでしょうか?


明日も18時に更新します。


※ 新作やってます! → http://ncode.syosetu.com/n0879dk/


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