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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
第4章 異世界冒険編

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第56話 ~ お祈りゲーっスか? ~

第4章第56話です。

よろしくお願いします。

 ダークエルフの狂笑はふと収まる。


 森林に静寂が戻った。


 だが、それだけだ。


 切り札と聞いて、エーリヤの表情に微塵の揺らぎもなかった。


「切り札デス(ヽヽ)か。……なるほど。あなたはこう思っているのデス(ヽヽ)ね。私は元々アラドラを使って、チヌマ山脈を【太陽の手(バリアル)】で吹き飛ばそうとした。()()、アラドラは裏切り、【太陽の手(バリアル)】をウルリアノ王国に持ち込んだ」

「そうよ」

「つまり、アラドラがオーガラスト討伐のために用意()たのはフェイク……。そう考えているデス(ヽヽ)よね?」


 エーリヤはにんまりと意地悪い笑みを浮かべる。

 まるで自分が大好きな料理が出てきて、喜んでいるようだった。


「でも、私……。さっき言ったデス(ヽヽ)よね。全部ホントだって……」

「まさか――」


 マフイラの緑の瞳が大きく開かれる。


「言ったデス(ヽヽ)



 “【太陽の手(バリアル)】が1個だけなんて、誰もいってないデス(ヽヽ)よ?”





 ファイゴ渓谷の洞穴内にいるライカとウルリアノの騎兵隊は騒然としていた。


 バラバラになったダミー。

 その中から拾い上げたのは、小さな木箱だった。


 恐る恐る箱を開く。


 そこには歯車やゼンマイが並んだ機械装置。

 真ん中には大きな宝石がはめ込まれていた。


 そして今――宝石は明滅を繰り返している。


「これは……」


 ライカは質問する。


 パルオの顔はいっそう険しく――歪んでいた。


 一言呟く。


「設計図通りです」

「――――!」

「間違いありません。これは【太陽の手(バリアル)】です」

「なに!」

「しかも、起動状態にある」


 おおっ!


 ライカはおろか、外で聞いていた騎兵隊隊員たちからも驚きの声が漏れた。


「止められないのか?」


 頭を振る。

 白い顔にはびっしりと汗が噴き出していた。


「私には、とても――」

「では、これを持って、どこか遠くに――」

「無駄です。いつ爆発するか……」

「やってみなくてはわからぬであろう!」


 ライカはパルオから小箱を奪い取る。


 馬車から飛び出すと、無人の騎馬に飛び乗った。


「借りるぞ!」

「陛下!」

「お姉様!」

「お前たちはなるべく洞窟の奥の方へ! 少しでも生存率を上げるのだ」

不可能(ヽヽヽ)ですよ、陛下!」


 副長ヤーノが思わず呟いた一言。


 絶望的――もはや1%の生存確率もない状況……。


 しかしあろうことか、マキシア帝国第120代女帝は、はっきりと表情を示した。


 笑っていたのだ……。


 悪魔じみて……。どこか薄気味悪いほどに――。


「良い言葉だ」


 その台詞の重みも、表情も、ある人間とそっくりだった。


 腹を蹴る。


 ウルリアノの騎馬は決して主以外のいうことは聞かない。


 だが、何か敏感に察するものがあったのだろう。


 騎馬はライカの望み通りに動く。


 そして風のように洞穴を逆走しはじめた。




「さて、どうするデス(ヽヽ)か? マフイラ・インベルターゼ」


 森林から漏れた光に照らされながら、ダークエルフは笑った。

 マフイラは唇をきつく噛み、対峙者を睨んでいる。


「あなたの切り札って? あの勇者デス(ヽヽ)よね?」

「…………」

「チヌマ山脈にはおそらくあの勇者の恋人……。ライカ陛下もいるデス(ヽヽ)。これは見物(みもの)デス(ヽヽ)


 恍惚とした表情を浮かべる。


「恋人と、まだ足すら踏み入れたことのない国の命……。勇者様はどちらを選ぶのデス(ヽヽ)か」

「あの方なら――」

「んん?」


 そうだ。

 勇者ならきっと止めてくれる。


 あの人なら――宗一郎様ならきっと――ファイゴ渓谷にある【太陽の手(バリアル)】を止めてくれる。


「だから、私は――」


 マフイラは構えた。


「命を賭してでも、起動を阻止する!」


 頼まれたのだ、アラドラに……。


 託されたのだ、その思いを!


 だから、全力で阻止してみせる。


 ギルド職員としてではなく、銀の狩人としてでもない。


 復讐者でもなく、まして勇者でも、『世界の敵』でもない。


 小さな小さな一個人。

 マフイラ・インベルターゼとして……。




「え? 【太陽の手(バリアル)】は2個あるッスか!?」


 悪魔モードになったフルフルは素っ頓狂な声を上げた。


 眼下にチヌマ山脈が広がり、もうすぐオーガラストがいる洞穴に近づくという時である。


 意見したのは同じダークエルフであるアフィーシャだ。


 宝石の中で、さも当然という顔で寝ころんでいる。


 宗一郎も神妙な顔で頷いた。


「まあ、十中八九……あることだろうな」

「ご、ご主人まで!」

「……そもそもたった1個しかないものなんて、世界を滅亡させる道具には、少々物足りないでしょ。いくら破壊力がある兵器でも、それ自体欠陥品よ。複数個作れる技術が出来て、初めて兵器といえるのかしら」

「……うう。悪魔としては、同意するしかないッス」

「2つどころか、3、4つ持っててもおかしくないかしら」

「この際、2つに絞ろう。手がかりがなさすぎる。あとは祈るしかない……」

「こ、ここに来て、お祈りゲーっスか?」


 フルフルは角を下にして、がっくりと項垂れた。


「でも、2つに絞ったとしても、同時に起動されたら万事休すッスよ。さっきも言ったッスけど、フルフルじゃあ……完全には防げないッス。せめてベルゼバブ様ぐらいじゃないと」

「心配するな。考えはある」

「…………。まさかまた王クラスの悪魔を喚ぶんじゃ。それはダメっス。絶対に反対ッス。ご主人の身体はもうボロボロなんスから」

「案ずるな。今、連絡をとっているところだ」


 ――そろそろ仕事をしてもらわないとな……。


「へ?」

「ともかく急げ!」

「は、はいッス!」


 フルフルはさらに強く羽ばたかせ、速度を上げた。




 ファイゴ渓谷をウルリアノ王国方面に向かって走る馬があった。


 背には、美しいブロンドの髪をなびかせ、姫騎士が騎乗している。


 淡い桃色の唇に、緑の瞳。白い肌には、冴えがない。


 金眉の間には深い皺が刻まれていた。


 ――熱い……。


 ライカ・グランデール・マキシアは、携えた小箱を見つめた。


 いや、すでに木で出来た外装から白煙上がり、一部機械が剥きだしになっていた。

 金属部分は真っ赤になり、今にも融解しそうになっている。


 原因は中心に宝石だ。

 パルオ曰く、魔法石という魔力の結晶のようなものらしい。


 どんどん明滅が激しくなっている。


 当然、持っているライカの手もただでは済まない。


 白く美しい手はとっくに爛れはじめていた。


 額に大粒の汗をかきながらも、マキシアの女帝は手を離そうとはしない。もう片方の手は手綱を強く握りしめた。


 幸いにも馬は優秀だ。

 狭い渓谷の街道を、小さな小動物のように小刻みに走っていく。


 ぶるる、と時折、己を鼓舞するように馬頭を揺らし、口から泡を吐いている。

 鬣はしっとりと濡れ、汗が後方へと飛び散っていた。


 馬の限界も近い。


 慣れない山道をペース配分も考えずに、全速力で走っていたからだろう。


 宝石を見ればすでに明滅はなく、激しく発光していた。


「これまでだな」


 ライカは馬頭に寄り添うように顔を近づける。

 手綱を持った手で、ポンポンと軽く叩いた。


「ご苦労だった。そしてすまぬ。お主を巻き込んでしまうかもしれん」


 だが――。


「少しで生存率が上がるよう配慮する。あとはすまない。祈るしかない」


 “さらばだ……”


 ライカの身体がぐらりと横に倒れる。


 地面に叩きつけられると思った瞬間、その頭の先は絶壁が並ぶ空中へと放り出されていた。


 ライカは崖に身を投げたのだ。


 下は川。


 それでも叩きつけられれば、ライカの身体はただで済まない。

 まして激流。底も深いと聞いている。


 好都合だった。


 今は少しでも【太陽の手(バリアル)】の威力を下げる状況がほしかった。


 小箱を胸に抱きながら、ライカは涙していた。


 脳裏をよぎったのは日々の出来事。


 父カールズ。妹クリネ。お目付役ロイトロス。

 家族の顔が次々と浮かぶ。


 フルフル。マフイラ。ベルゼバブ。

 旅先で出会った人の顔が瞼の裏に浮かぶ。


 その他大勢の人が……。


 ――ああ……。私の周りには、こんなにも人がいたのだな。


 感慨にふける。


 そして最後に浮かんだのは、宗一郎の顔だった。


「短い蜜月だったが、本当にお前との日々は楽しかった……」



 “ありがとう”


 “もし、生まれ変われるなら、またお前に会いたい……ぞ……”



「生まれ変わらなくても、オレと会えるぞ」


 ――え?


「目を開けろ、ライカ……。そして手を伸ばせ」


 ゆるゆると開けた。

 激しい風圧に、自分の髪が乱れ、視界が遮られている。


 揺れる髪の隙間から、確かに人の顔が見えた。


 不思議な異国の服を着て、自信に満ちた笑みを浮かべている。


「宗一郎!!」


 夢ではない!


 だが、そこにいたのは間違いなく、宗一郎――。


 もっとも大事な人の姿があった。


 手を伸ばす。

 宗一郎もまた手を伸ばして掴んだ。

 力強く引き寄せると、抱きしめるようにして受け止めた。


「よく頑張ったな」

「宗一郎、夢ではないのだな」


 金髪を撫でる。


 ライカは思わず甘えるように胸に顔を埋めた。

 やや汗くさいが、宗一郎の匂いがした。


「それが【太陽の手(バリアル)】か?」

「そうだ」


 ライカの手を見る。


 すでに爛れた皮がめくれ、木箱に貼り付いていた。

 眉間に皺を寄せ、その痛々しい姿を見つめる。


「心配するな。大したことでは」

「……大したことあるだろう。とにかくオレに貸せ」


 ライカから【太陽の手(バリアル)】を奪い取る。


 宗一郎の手に渡ると、ジュッと焼けるような音がした。


 顔をしかめる。


 この痛みをずっと……。10代の少女が我慢していたのだ。


「フルフル!」

「あいあい!」


 馬頭のような顔の悪魔が降りてくる。


 そういえば――と、ライカは今自分たちが落下していることを思い出した。


 激流はすぐそこだ。


「ライカを頼む」


 と宗一郎はライカを放り出した。


 フルフルは空中でうまくキャッチする。


 だが、宗一郎はそのまま落下し続けた。


「宗一郎!」

「心配しなくて大丈夫ッスよ」


 その通りだった。



「空の支配者にして、30の軍団を束ねる侯爵アンドレアルフス。我に夜天を駆け抜ける翼を与えよ!!」



 力強い言葉で呪唱する。


 途端、宗一郎が着るスーツが盛り上がった。


 弾けると、黒羽の大きな翼が現れる。


「な――!」


 さすがのライカも驚いた。

 人間の背中から、羽根が生えたのだ。


「お前たちはなるべく遠くへ逃げろ!」


 そう言い残すと、【太陽の手(バリアル)】を携え天高く飛んでいった。


 黒い羽が降ってくるのを見ながら、ライカは呆然と航跡を見送った。


新作『通訳ロボットが、スキルダウンロードで異世界にご奉仕してみた。』を明日7時に投稿予定しています。

詳細は活動報告にて行っておりますので、気になる方は見てやってくださいm(_ _)m

よろしくお願いします。


『その現代魔術師は、レベル1でも異世界最強だった』も引き続き更新しますので、

今後もよろしくお願いしますm(_ _)m


明日も18時に更新します。


PS 今日の七夕に、新作の成功と新刊『嫌われ家庭教師のチート魔術講座』の重版出来をお願いする(*'人'*)

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