第55話 ~ なんか壮大な放置プレーのよ・か・ん! ~
第4章第55話です。
よろしくお願いします。
鮮血が飛び散る。
マフイラの目の前で。
青い瞳に映ったのは、大柄の体躯の男。
広い背中から黒い刃が突き出ている。
血がポタポタと音を立て、滴っていた。
「アラドラさん!」
マフイラの声に反応し、アラドラは振り返った。
大きな口から一条の鮮血が垂れていた。
唇が動く。
声こそ発しなかったが、「たのむ」と言っているように見えた。
そして崩れ落ちる。
「アラドラさん!!!!」
悲鳴じみた声で、マフイラは絶叫する。
「馬鹿な男デス……」
横で、エーリヤは氷のような視線を送る。忌々しげに刃についた血を払い、魔法で作った刃を消した。
マフイラは気付く。
縛っている魔法が緩んだ。
ダークエルフが動揺したのだ。
「エオ・ヌゥ・アパクリス、パウ・ピル!」
呪唱する。状態を少し前に戻す魔法。
黒い拘束が解ける。
エーリヤが動揺し、魔法の効果が緩んだおかげで解呪することが出来た。
マフイラは立ち上がる。
懐から組み立て式のショートスピアを一瞬にして組み上げ、エーリヤの間合いに飛び込む。
薙ぎ払った。
しかし空を斬る。
いつの間にか、エーリヤは10歩後方まで退避していた。
おそらく今のもエルフ――いやエーリヤが使う独自の魔法だろう。
エルフの魔法はある程度のものは体系化されている。だが、魔法を使用するエルフのほとんどが、独自技術を持っている。
マフイラを拘束した影も、今エーリヤが移動した魔法も、すべて彼女のオリジナルだ。
魔法戦は不利。
そもそも大地を一瞬にして焼き尽くしてしまうような兵器を開発するようなエルフだ。引き出しの数は、圧倒的に向こうが上だ。
ちらりと倒れたアラドラを一瞥する。
すでに息はなく、事切れていた。
ぐっと瞼を絞り、無念を露わにする。
そして、エーリヤを睨んだ。
「あなたを救ってくれんでしょ! それを――」
「勝手にね。私が望んだことではないわ」
反論をはねのける。
だが、マフイラは知っている。
一瞬、エーリヤが動揺をしたことを。
そのダークエルフは、鈍い音を立てて小箱を叩く。
「さて……。わかってるデスか? 状況は何も好転シていないデスよ。ただ臭い男がシんだだけ。私の有利は揺るがないデス」
「くっ……」
唇を噛みしめる。
「開発者の私なら、すぐに起動ができる。わかるデスか? 一瞬にシて、この辺りを真っ平らにすることができるんデスよ」
「あなたも死ぬわよ」
「それで説得シているつもりデスか? 私はダークエルフなのデスよ。世界の破壊が我が本能……。我が望みなのデス」
「本当に狂ってるわね、あなたたち……」
「嬉しい。褒め言葉デスよ」
ケラケラと笑う。狂気に満ちた声は、墓地の森林一杯に広がった。
「余裕でいられるのも今のうちよ。まだ私たちには切り札がある」
マフイラは口角を上げる。
エーリヤの笑いが、すんとガスが切れたように止まった。
ウルリアノ王国王都から現代世界の単位にして、約900キロ弱。
ライーマードの牢獄に囚われている杉井宗一郎は、薄く目を開けた。
手に握ったブローチを見る。
白に薄く紫を垂らしたような色の髪の少女が、スースーと寝ていた。
――よく寝るヤツだ。
と感心しつつ、手を頬にやる。
随分と髭が伸びてきた。
鏡がないため確認できないが、さぞかし囚人らしい顔つきになっているだろう。
自嘲気味に笑う。
「だが、まあ……。そろそろ剃らないとな」
その時だった。
上の方からかすかに人の悲鳴が聞こえた。
瞬間――。
硬い石で出来た天井が突如、崩落する。
幸い、宗一郎の方に降ってくることはなかったが、目の前の鉄格子がぺちゃんこになっていた。
天井から眩い光が射しこむ。
数日ぶりの陽の光だ。
宗一郎は目を細め、全身に光を浴びる。
だが、すぐにその身体は影に覆われた。
鹿のような大角を持った化け物が、ぬっと姿を現した。
「ご主人!」
久方ぶりの従者の声。
だが、宗一郎に再会を喜ぶ感情は、ひとかけらも存在しなかった。
ただ――悪魔の姿になっている従者を見ながら。
「はあ……」
と――深く、様式化された反応を見せた。
「ため息なんかついている暇なんてないんスよ。大変なんス。オーバリアントの危機ッスよ」
「わかった! わかったから……。とりあえず――」
宗一郎は睨んだ。
「髭剃りを用意してくれ」
要求するのだった。
その10分後。
宗一郎は空の上にいた。
両サイドには、蝙蝠の羽根を大きくしたような翼がせわしなく羽ばたいている。
衛士たちが使う洗面所にあった髭剃りを許可なく盗み、それを使って髭を剃っていた。
「痛ちッ! フルフル、あまり揺らすな!」
「無茶言わないでくださいッス――――って、ご主人聞いてます?」
「聞いている。……つまり、その兵器とやらを止めればいいのだろう」
「そうッス。まあ、ご主人は今回の切り札ッスけど……。あれを一旦起動されると、フルフルでも対処できないッスよ」
「核兵器並か……」
「それ以上かもしれないッス」
「ダークエルフの仕業か?」
「それはまだ目下調査中ッス」
「ふん。悪い予感が当たったか」
「そのようね」
頷いたのは、宝石の中にいるアフィーシャだった。
「ありゃ? もしかしてお2人は牢獄生活を通して、仲良しこよしになったんスか?」
宗一郎とアフィーシャは顔を見合わせる。
「そうよ、フルフルちゃん。……宗一郎ったら、私の身体を毎晩毎晩求めてきて、困っちゃうくらいだったのかしら」
「毎晩。……羨ましいッス」
「ウソに決まっているだろうが!」
「そんなこといって……。宝石を下から覗いて、私のパンツを見ようとしたくせに、かしら」
「海にでも放り投げるぞ、お前!」
「いやん! なんか壮大な放置プレーのよ・か・ん!」
「飼い犬は飼い主に似るというが……。お前、フルフルに似てきたな」
「誰が飼い犬かしら!」「誰が飼い主ッスか!」
「とんでもない言いがかりッス!」
「とんでもない言いかがりかしら!」
――ほら。なんか息が合ってるぞ……。
「ああ! もう! とにかく羨ましいッス! 今度、ご主人と囚人プレーするッス」
「世界の危機はどうした? 世界の危機は!?」
「…………。その後にするッス」
――断じてことわる。
閑話休題……。
「ところで、本当に【太陽の手】はウルリアノ王国に持ち込まれているのか?」
「へ? どういうことッスか?」
首を傾げるフルフルに返答せず、宗一郎はアフィーシャに尋ねた。
「お前はどう思う?」
「もし、そのアラドラがダークエルフの目を盗んで、自分の私利私欲のためにウルリアノ王国を消滅させようとしているなら……。それはダークエルフを舐めているとしか言いようがないわね」
「だから、どういうことッスか?」
「宗一郎ならいざ知らず、一般人がダークエルフを出し抜こうなんて、甘い考えだということ、かしら」
「じゃあ……。まさか本物の【太陽の手】は――」
「というわけだ。……急げ、フルフル!」
「はいッス!」
悪魔の巨体は、ファイゴ渓谷へと向けられるのだった。
ようやく主人公が出陣……。
主人公、もっと出てこいよ、おい……う! 頭…………!
明日も18時に更新します。
よろしくお願いします。
【お詫び】
更新が止まっております『異世界の「魔法使い」は底辺職だけど、オレの魔力は最強説』ですが、
7月中に必ず1回更新しますので、もう少しだけお待ちくださいm(_ _)m




