第54話 ~ 銀の狩人……? ~
第4章第54章です。
よろしくお願いします。
「エーリヤさん?」
そう。
エーリヤ・ミリハシムだった。
かつてアラドラが冒険者だった時の同僚。
ずっとジェリフを追い続けた女性。
そうだ。
エーリヤがいる。
彼女なら、きっとアラドラを支えてくれるはずだと思った。
「アラドラ――」
マフイラは振り返った。
普段は表情の読めない顔に、明らかに“驚愕”という文字が刻まれていた。
心なしか呼吸が浅い。
「お前、何故ここに……」
アラドラは一歩下がる。
額には汗まで噴きだし、火傷の痕を伝う。
「お知り合いじゃ――――」
尋ねた瞬間、マフイラの脳裏に天啓のような閃きが打ち落とされた。
それは闇医者にあった時の記憶……。
『薄紫の髪に、褐色の肌じゃなかった?』
『ちが――。あいつは、あか――――』
ダークエルフの特徴である髪の色と、褐色の肌を医者は否定していた。
そしていいかけた言葉――。
あか――――。
あれは……。
赤ではないか。
本来それはこう続いたのではないか。
赤髪だった、と……。
マフイラは目の前の神官の女性を見た。
豊かな赤髪が、風に弄ばれるように揺れている。
――まさか……!
「ええ。そのまさかデスよ、マフイラさん」
急に声音が変わる。
まるで蛇の喉元から発せられたようなねっとりとした声だった。
「お前が……。ダークエルフ…………」
エーリヤは歯茎を向きだし、悪魔のように笑った。
「ウルリアノ王国に!」
大きな声は、ファイゴ渓谷にある洞穴の壁を鳴動させた。
天井から垂れ下がった薄い氷柱が落ち、ザクリと音を立てる。
揃って緑色の瞳を大きく開いたマキシア帝国の皇族2人を見ながら、ウルリアノ王国騎兵隊隊長パルオは。
「おそらく……」
随分と冷静に返した。
「お主たち! ならば、早く国へ戻らねば!」
「落ち着いてください、陛下」
「これが落ち着いていられるか!」
ついライカは激昂してしまう。
だが、あくまでパルオは冷静だった。
「今から馬で駆けても、王都まで1日はかかります。そして、アラドラを見つけることは至難の業でしょう」
「それはそうだが……」
「お気遣いいただきありがとうございます、陛下……。では、1つ頼みが…………いえ、2つ頼みたいことがございます」
「何なりと申せ!」
「では――」
パルオは指さす。
そこにあったのは、例の【太陽の手】のダミーだった。
「これを斬っていただきたい」
「……? それだけで良いのか?」
「私は、槍と弓は得意なのですが、陛下ほど剣は得意ではないので」
「……わかった」
ライカは腰を切り、少し足を開いた。
大きく息を吐き出しながら、鞘に手をかけ、腰を落とす。
パルオと側にいたヤーノ、クリネが2、3歩下がる。
居合いは――剣の性質から考えても――あまり得意ではないが、四の五言っている場合ではない。
肚に力を込め。
ふっ――――!
一気に吐き出した。
剣閃がひらめく。
そこに音はない。
気が付けば、ダミーがバラバラになっていた。
「「「おお……」」」
思わず声を上げて、他の3人は拍手を送る。
「見せ物ではないぞ」
チン、と音を立て、細剣を鞘にしまう。
白い頬は若干赤かった。
パルオはダミーの残骸に近づく。
バラバラになった部品を1個ずつ丁寧に確認していった。
飄々と作業していたパルオの顔が、途端に険しくなる。
「やはり……」
と呟いた。
「初めまシて。マフイラ・インベルターゼ……。それとも、こう呼べばよろシいデスか?」
“銀の狩人……”
「銀の狩人……?」
「シりませんか? アラドラ? この女はシルバーエルフの中で、もっとも凶悪に、そシて残酷に……。我らダークエルフを追いつめた復讐者の1人なのデスよ」
アラドラは眼鏡をかけたシルバーエルフの背中を見つめる。
マフイラは肯定も否定もせずにただ……。
「昔の話ですよ」
とだけ言った。
その通りだった。
マフイラ・インベルターゼもアラドラと同じだったのだ。
エルフの村を焼き、同胞の命を奪った憎きダークエルフを追った復讐者……。
故に、マフイラは同情した。
家族を失ったアラドラの悲しみに。
あの耐え難い負の感情を理解できたのだ。
「あなたが追っていたダークエルフは殺せたんデスか?」
「あんたには関係ないでしょ? それともそうなりたいのかしら……」
アラドラは汗を掻いた。
今までとは質の違う――冷たい汗だ。
目の前にいるエルフの女性は、先ほどとはまるで違っていた。
場に殺気が渦巻く中でも、エーリヤは涼しい顔をしている。
むしろ笑みを浮かべていた。
「思い出話はこれぐらいにするデス。その【太陽の手】を渡シてくれるデスか?」
「誰があなたなんかに渡すものですか?」
「勇まシい……。でも、いいのデスか……。そんな態度をとって」
「どういうこと?」
「【太陽の手】が1個だけなんて、誰もいってないデスよ?」
懐から小箱を取り出す。
マフイラとアラドラ――2人の目が、驚愕に見開いた。
「心配シなくてもいいデスよ、アラドラ……。あなたの望み通り、奥さんと子供の元へ送ってあげるデス。何千何万の命とともに」
にぃ、と歯茎を剥き出す。
箱を掲げた。
「やめなさい!」
マフイラは飛び出した。
「1」
走った。
「2」
息を切らし。
「3」
汗をほとばしらせ……。
「シ」
手を伸ばした。
「残念……」
ドッカーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンン!
思わず瞼を閉じた。
しかし――。
「えっ?」
何も起きない。
手と足もある。
梢の音も、野鳥が羽ばたく音も聞こえる。
ついでにいえば――。
あの「ドカン」という爆発音も、ただエーリヤが口にしただけだった。
「キャハハハハハハハ!!」
身体をくの字にしてダークエルフは笑った。
「驚いたデス?」
涙を払う。
そして小箱を開けた。
中身は空だった。
「あなた……」
「迫真の演技だったデス?」
「――――!」
「そんなに顔を真っ赤にシて怒らないでほしいデスよ、マフイラ。……ほら、捕まえてあげるデスから」
「しま――!」
エーリヤの影が濃くなると、マフイラに向かって伸びた。
足元にまとわりつくと、さらに全身へと伸びていく。
バランスを失い、呆気なく倒れた。
顎を強かに打ち付ける。
黒い影はマフイラの手から【太陽の手】を奪うと、主に向かって差し出した。
エーリヤは軽く小箱にキスをし、「頂きまシた」と微笑んだ。
絶望的な状況に変わった。
しかし、銀の狩人と言われたエルフは戦意を失わない。
眼鏡の奥――青い瞳から、強い眼光を放った。
「全部ウソだったってわけ!」
「うん? ああ……。アラドラとのことデスか? さて、どうだったデスか。ねぇ、アラドラ?」
「エーリヤ、もうやめろ!」
独特な低い声が、墓木が生い茂る森林に響き渡る。
「やめる? なにを? あなたが望んだことデスよ?」
「もう……。それは私の望みではない。私は生きることに決めた。罪を償う覚悟もある。……だから君もこれ以上罪を重ねるな」
「説教するつもりデスか? 躊躇なくウルリアノの大地を焼き払ったあなたが……」
「そんなつもりは――」
口を噤むアラドラ。
それを尻目にエーリヤは、マフイラに向かって冷徹な笑みを浮かべた。
「マフイラ……。あなたは先ほど、全部ウソと言いまシたね」
「…………」
「違います。ホントなんデスよ」
「なんですって!」
「彼は探シていたことはもちろん、彼が私の元同僚であることもデス」
「じゃあ――」
「そうデス……。アラドラは私がダークエルフと知ってて、冒険者とシてパーティーに入れていたんデスよ」
蓑虫のような状態になりながら、首を曲げて背後にいるアラドラを見つめた。
大柄の体格が少し縮んだのではないかと思えるほど肩を落とし、項垂れている。
事実なのだ。
エーリヤは笑う。
「見てわかると思うデスけど、アラドラは実直で優シい男なのデス。若い頃は、人もエルフも、獣人も、そシてダークエルフも平等であるべきだと言っていた。そうデスよね、アラドラ」
アラドラは目を逸らし、唇を噛む。
「だから、私にも優シくシてくれた。嬉シかった。そんな人間を見たのははじめてだったデス」
いえ――――。
「そんな愚かな人間を見たのは、はじめてだったデス。だから楽シかったデスよ、ホント……」
口に手を当て、エーリヤは笑いながら語る。
「でも、感謝シているデスよ……。あの時、半死半生の私を助けてくれたんデスから。……だから、あの時私もあなたを助けてあげたんデス」
「使える駒だと思ったからでしょ。アラドラの復讐心を焚きつけ――」
反論するシルバーエルフの顎を、エーリヤは蹴りつけた。
容赦のない攻撃に、マフイラの口から鮮血がただれた。
「失礼なヤツデス。私は本当に感謝シているのデス。生きていてはじめて」
「……ふざけてるわ」
「この人のためだったら、シねるとすら思ったのデス。……今思えば、馬鹿馬鹿シかったデスけど」
「だから、アラドラの望みを叶えようとしたわけ! 違うわ! あなたはダークエルフが持つ破壊衝動にしたがっただけよ」
「……あなた。本当にウザいデス」
冷たく――暗い声だった。
エーリヤの手から黒い短剣が顕現する。
「もういいデス。シぬデス」
そして無情にも振り下ろされた。
エーリヤみたいなしゃべり方のキャラは、読む分には好きなのだけど、
書く分には大変デス!
明日も18時に更新します。
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