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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
第1章  帝国最強編

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第8話 ~ そうか。もう少し手加減すればいいな ~

第8話です。

帝国最強編も佳境になって参りました。

よろしくお願いします。

「本当にすまなかった」


 ライカは頭を下げた。


 その理由は、主と下女のいけないシーンを見たからというわけではない。

 謁見の間で、急遽宗一郎とマトーが戦う事になったことだ。


 ちなみに先ほどの誤解は解いた。

 一応納得はしてくれたのだが、視線を合わすと、ふっと切られるのが気になった。

 どうやらまだ信用してもらえてないらしい。


「気にはしていない。流れを作ったのは、オレの方だからな」


 ライカがお茶を飲むのを見てから、宗一郎も啜った。

 まだ雑味があり、現代世界の高級茶葉に比べれば些かランクは劣るが、程よい苦みと、香りが身体を潤してくれる。


「そうッスよ。ご主人の自業自得なんスから」


 ――お前が言うな。


「ところで、あのマトーという人は何者ッスか?」

「ハイリヤ公爵家の次男で…………その、実は――――」


「許嫁!」


 ぼそりと呟いたライカの言葉に、フルフルは素っ頓狂な声を上げた。


「姫騎士に……勇者……公爵家の次男…………許嫁……閃いた!」

「閃かんでいい!」


 宗一郎はツッコミを入れる。

 だが、悪魔の妄想は止まらない。「ふおおお。寝取るッスよ。薄い本が厚くなって、テキスト量が倍の倍のドン!」と恍惚と独白する。


 そっとしておこう……。


「で? ライカの許嫁だから、手加減してくれ――とでも頼みに来たのか?」

「そ、そういうことではない。……決闘はあちら側が受けたのだ。全力でやってくれ。でも……」

「でも?」

「マトー殿は強い。彼はああ見えて、スペルマスターなのだ」

「スペルマスター?」

「神官の神秘。魔法士の魔法――その両方扱い、さらに合技となせるジョブだ。……おそらく魔法というスキルでは、帝国最強といえるかもしれない」

「なるほど。ならば、あいつを倒せば、オレは名実ともに帝国最強を名乗れるというわけか」


 現代最強と比べれば些細だが、異世界で箔が付くのは悪くはない。


「侮ってはいけない。確かに宗一郎殿は、あのスペルヴィオを単独で葬った勇者殿だ。それは私も認めるところ。がしかし、対魔物と、対人では戦いの質が違う」

「だから、なんだ? オレに退け、と? 皇帝に詫びを入れて、貴族の息子1人に斬りかかれない胆力のない勇者だと報告するのか」

「それは――」

「ふふん……。ご主人は乙女心がわかってないッスね」


 妄想から回帰した悪魔は、唇にベッタリと貼り付いた涎を袖で拭う。

 正直、その姿で「乙女心がわかってない」なんて言われたくなかった。


「ライカは……ご主人にも、許嫁君にも戦ってほしくないんスよ」

「そうなのか?」

「~~~~」


 ライカは俯き、頬を染めた。


 図星とみて、宗一郎は一度息を吐く。

 そして金髪の頭に手を置いた。


「案ずるな。オレはともかく、お前の許嫁を傷つけるようなことはしない」

「ほ、本当か……。宗一郎殿」

「約束しよう」


 姫騎士の顔がぱあと明るくなり。


「かたじけない」


 と頭を下げた。






 ――と応じた宗一郎だったが、この後慮外の危機を迎える。


 闘技場の真ん中で、睨み合う宗一郎とマトー。


 その勇者の「体力」はわずか「1ポイント」しか残されていなかった……。






 重い城門が引き上げられる。


 飛び込んできたのは、熱風のような歓声だった。


 バリアンの光に目を細める。


 光と声に誘われるように、宗一郎は前へと踏み出した。


 視界に現れたのは、360度を埋め尽くす観客だった。


 花吹雪が舞い、女達が踊り、太鼓が鳴らす音が聞こえる。


 貴族、平民、種族など関係なく、声を張り上げ、闘技場に降り立った勇士を激励し、拍手を送っている。


 踏みしめるアリーナの地面は硬く、黄色い砂塵が西から東へと流れていく。

 風にアルコール臭い混じっているかと思えば、観客のほとんどが顔を赤くしていた。

 どうやら酒が振る舞われているらしい。


 あちこちに天蓋を張って観戦しているのは貴族だろう。


 その中の1つ。皇帝と姫騎士ライカが座っている。

 皇帝は2人の召使いに大きな葉で煽られる一方、ライカは甲冑姿で居住まいが悪そうに見えた。


 ――礼ぐらいしてやらんとな……。


 考え、一礼する。

 皇帝は手に持った酒杯を軽く掲げ、返礼した。


 ドン……!


 胸にまで響く太鼓の音が聞こえたのは、その時だった。


 観客のボルテージがさらに上がる。


 宗一郎の正面の城門がゆっくりと引き上がっていく。


 猛獣でも飛び出してきそうな雰囲気の中で、現れたのは1人の男。


 マトー・エルセクト・ハイリヤ。


 公爵家の次男坊にして、帝国最強と誉れ高いスペルマスター。

 しかし、そのジョブの名称とは裏腹に、分厚い鎧を着込み、防具に負けないほどの筋肉を搭載した脳筋術士。

 ライカ曰く、剣の腕も立ち、腰には杖ではなく、ロングソードを帯びている。


 人気もあるらしく、特に女性からは黄色い声援が飛んでいる。

 妙齢の奥方から若い女、果ては貴族が連れて来た召使いまで、虜にしていた。


 ――それはいいが……。あの派手な鎧はなんだ?


 宗一郎が顔をしかめるのも無理もない。

 マトーが纏っている鎧は、すべて金色に輝き、太陽――バリアンの光を周囲に反射していた。


 2人の主役の登場に、闘技場は割れんばかりの大歓声に包まれる。


「来てくれると思っていた」


 マトーは手を差し出す。唇から白い歯がこぼした。

 近くで見ると大きい。


 宗一郎も上背がある方だが、完全に見下げられている。


「逃げ出すと思っていたのか?」


 マトーの手を一瞥した後、言った。


「多少はな。……俺のことは少しは勉強したか?」

「帝国最強のスペルマスターとか言われているらしいな」

「もしかしたら、ビビって逃げるかと思っていたが、それなりに肝が据わっているようだ。勇者殿は……」

「お前の方こそ……。オレのことを少しは勉強したのか?」

「それを勉強するためにここにいるのさ。……ところで――」


 いつまでの握手に応じない宗一郎に、マトーは今度顔を近づけて声をひそめた。


 今から戦うというのに、香水をつけているらしい。

 戦いが終わった後で、女を抱きにでもいくつもりなのだろうか……。


「ライカとはどのようなご関係なのだ?」


 宗一郎の眉尻がピンと跳ねる。


「どのような――とは?」


 聞きたいことはなんとなく察したが、あえて尋ねた。


「わかっているだろう。……男と女の仲なのか、と訊いている」


 いきなり踏み込んだことを質問してくる。


「2日前に会ったばかりだぞ。そこまで深い――」

「どうであろうな」


 言葉をかぶせ、マトーは追求する。


「お前達は戦場で出会った。極限の危機の中でだ。……その中で颯爽と現れたお前に、あの堅物の姫騎士がコロリと惚れてしまった――そうではないか?」

「まるでライカがオレに惚れてほしい、みたいな言い方だな」

「それは誤解だ、勇者殿。……私が言いたいのは戦場とはそういう場所だということだ。極限の中に身を置けば、女の1つも抱きたくなる。かくいう俺も、この後絶世の美女とベッドをともにするつもりだ」


 予想が当たってしまった。


「それはライカとは別の女か?」

「気になるか?」


 言ってしまってから宗一郎は「しまった」と思った。

 表情は変えなかったが、対戦相手の機微を察したマトーは、笑みをこぼす。


「心配するなよ、勇者“君”。あれは美しい。帝国の宝石だ。しかし岩石のように堅物でもある。姫という身分でありながら、剣を振るっていることに幸せを見いだすような女だ。許嫁である俺には見向きもしない」

「…………」

「時々思う。あれには男が宿っているのではないか、とな――」


 さらにマトーは顔を近づけ、一層声をひそめる。


「本当のことを話したまえ、勇者君。……あれと寝たんだろう? 出なければ、お前のようなレベル1の浮浪者を連れて凱旋し、天界から現れた勇者などという戯言をぬかすはずがない」


 顔を離す。


 香水の匂いが遠ざかるのを感じて、宗一郎は静かに瞼を閉じた。



 ――なるほど。そういうことか……。



「黙りか……。詐欺師め」

「いや――。感謝しよう。マトー殿、機会を与えてくれて」

「礼に及ばぬよ。お前の化けの皮をはいで――」

「正直、あまり気乗りしなかったのだが、少々やる気が出てきた。穏便に済まそうと思っていたが、全力で相手をさせていただこう」


 マトーは一瞬、キョトンとした後。


「ふ……。ふははははははははははははははは……」


 大口を開けて笑い出した。


 聞きながら、宗一郎はライカとの約束を思い出していた。


 ――こんな許嫁を気遣ったライカの気持ちなど、

                  この男には一生わからぬだろうな。


 こほん……。


 咳が払われた。


 気がつけば、宗一郎とマトーの間に初老の兵士が立っている。


「このようなところで会うとは、奇遇ですな。勇者殿」

「確か……。ライカの部下の――」

「ロイトロスですじゃ。……お見知りおきを」

「久方ぶりだな、ロイトロス。まだ現役でやっているのか?」

「ご無沙汰しております、マトー殿。……はい、おかげさまで」

「一瞬で片が付くだろうが、それまでぎっくり腰にならんようにな。審判役」

「審判が付くのか?」

「そうです、勇者殿。さすがにご両人に何かあると、姫が悲しみますからな。老体に鞭を打っております。――それでは、ルールの確認を」


 事前に説明されていたルールの確認を行う。


 ざっくり説明すると以下になる。

 1つ。ゴールド――つまり生体鉱石を使った武器の使用、魔法などのスキルを使用可能とすること。

 2つ。「体力」が0になった時点で負けとする。

 3つ。気絶や審判が続行不可能と判断した場合も、その状態にあるものは負けとする。


「ただし殺してしまったり、致命傷を負わせるような一撃は禁止しますじゃ。……この決闘は、私闘ではありますが、相手を殺してしまった場合、帝国の法に基づき裁かれるのでご注意を……」

「案ずるな、ロイトロス。猫を撫でる程度に留めておく」


 ははは、とマトーは腰に手を当て笑う。


「致命傷の一撃とはどの程度だ?」

「内臓への直接的なダメージや、多量の出血を伴うような斬撃、または重大な後遺症が残るような打撃も遠慮していただきたい」

「わかった……」

「では――」


 2人が背を向け合い、距離を取る。


 緊張感が増し、次第に歓声が止んでいった。


 2人の距離を確認した後、ロイトロスは観客席に振り返る。

 老兵の視線に気付いた皇帝は、椅子から立ち上がった。


 片手をかざし、厳かに――しかしよく通る声で言い放つ。



「はじめよ……」



 わっと歓声が沸く。


 同時に、宗一郎はツッコんでいた。

 あらかじめ帝国から支給された生体鉱石の剣は、鞘に収めたまま。


 ただ真っ直ぐに走ってくる。


「無手で俺に挑もうというのか……」


 マトーは手を広げた。


「いいだろう! 最初の1発ぐらいはくれてやる!」


 余程、打たれ強さに自信があるのだろう。

 確かに体格だけでいえば、2人の実力は伯仲している。


 宗一郎の柔な腕で、マトーの筋肉の鎧を貫けるはずがない。

 そもそも顔以外、全身を黄金の鎧で覆っているのだ。


 素手が通じるはずがない。


 が――。


「アガレス……。かつての力天使よ。お前の打ち破る力を、オレに示せ」


 呪唱する。


 宗一郎の利き腕に、淡い赤光が閃いた。


「ん?」


 マトーが何かに気付いた時には遅い。


 宗一郎の渾身のフックが、色男の顔面に突き刺さった。


 顔が完全に歪んだ。

 上体が浮き上がると、そのまま真横へと吹き飛ばされる。


 固い地面に背中から激突。衝撃はそれで収まるかと思いきや、身体は跳ね、さらに水切りのようにアリーナを滑っていった。


 やっと止まった時には、闘技場の壁際だ。



 しん…………。



 闘技場の歓声が、時が止まったかのようにやむ。


 皆、一応に同じ顔で驚いている。

 皇帝も、そしてライカも椅子から立ち上がって、顔面を引きつらせていた。


 聞こえてくるのは、闘技場を抜ける風の音。

 そして――。


「う、うう……。な、なんだ? い――いまの…………」


 かろうじて意識を保ったマトーの呻き声だった。


「ロイトロス……」


 皆と同じく顎が外れかかりそうになるほど大口を開けていた審判役に、声がかかる。


 老兵に身体を向けたのは、宗一郎だった。


「今のは致命傷か?」

「は、はあ……。い、生きてはおるようですが、出来れば控えていただきたい」


 ロイトロスは一言一言、唾を呑みながら忠告した。


「そうか。もう少し手加減すればいいな」


 ――て、手加減してあれなのか……。


 あっけらかんという宗一郎に、ロイトロスは二度驚かされた。



水曜に予告した通り、明日は2話投稿させていただきます。


第9話を12時に。

第10話を18時に投稿しますので、よろしくお願いします。

お楽しみ下さい!


※ 昨日の1日のPVが24000を超えました。

  2万超えて、さらにそこから4000伸ばすなんて!

  ションベンチビリソウ…………。


  皆さん、サブタイに釣られたのかな……。

  だとしたら、期待外れに思ったかも。すいません。

  いや、むしろ「3P」だったら、さらに爆上がりだったのか?


  などと考えているアホな作者です。


  日間も49位まできました。

  ブクマ、評価いただいた方ありがとうございます。

  今後もよろしくお願いします(^_^)

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