第52話 ~ 整形には興味ないの。私が興味あるのは ~
第4章第52話です。
よろしくお願いします。
目の前の闇医者はしばらく整形の方法について語った。
お尻の肉を……。
頬の骨を……。
外耳を切って、整形したものを……。
などなど――眉をひそめるものばかりだ。
マフイラは黙って聞いていたが、いい加減うざくなってきて、闇医者に詰め寄る。
壁を叩き、顔を近づけた。
「私はね。整形には興味ないの。私が興味あるのは、あなたが手術したジェリフ・ハインドのことよ」
「――――!」
闇医者は息を飲む。
饒舌に動いていた唇が、途端に固まった。
「それともアラドラ・ガーフィールドと言い直しましょうか……」
「…………」
やはり黙りだ。
しかも口を抑えて、徹底抗戦の構えを見せる。
マフイラの射るような視線は、かなりの効果をもたらしている。
それは老人の額から溢れた汗からもわかる。
だが、闇医者は一切を喋ろうとはしなかった。
この男が、10年前の事件で重度の火傷を負ったジェリフの顔を整形したという調べはついていた。
何故なら、この闇医者はすでにウルリアノ王国の憲兵に拘束され、取り調べを受けていたからだ。
10年前の混乱期、くわえて王国に数多いるという整形医をどうやってウルリアノ王国が調べたのかはわからないが、気が遠くなるようなローラー作戦であったことは間違いない。
これでわかったのは、ウルリアノ王国もまたアラドラを探しているということ。
しかもかなり血眼になって、だ。
アラドラは今、ウルリアノ王国のコントロール化にはない。
元々そうなのか――それとも自ら離脱したのか。
それは現時点ではわからないことだが、彼が自らの意志によって動いていることは間違いないだろう。
暴走したアラドラの手には、【太陽の手】という大量破壊兵器がある。
そしてその矛先は、おそらくここ――ウルリアノ王国王都。
かつての王国に、冒険者に裏切られ、妻子を失った因縁の場所であることに間違いない。
アラドラの過去には同情する。
復讐する気持ちもわかる。
だが、それでも惨劇を止めなければならない。
「いいわ。なら、私の目を見て聞いて」
時間がない。
医者が話したくないというなら、その表情から推察するしかない。
「あなたは10年前の暴動で運び込まれたジェリフ・ハインドを施術した。これは間違いないのでしょう」
闇医者が顔を逸らそうとする。
マフイラは顔を両手で掴むと、大きく見開かれた老人の目を見つめた。
「彼は自分の家で焼け出され、大きな火傷を負っていた。そうよね?」
「…………」
「でも、手術しなければならないほど火傷を負っていた人間が、1人であなたのところに来るなんて考えられない。おそらく、付き添い人がいたはずよ」
「…………っ」
少し表情が変わる。
いや、強まったというべきかもしれない。
老人に満ち満ちていた負の感情が、一層増幅されたような気がした。
――やはり……。
マフイラは目を細め、激しく追求した。
「そいつはどんなヤツだった!」
「むふ……。ふぅ! ふふふぅ!!」
激しく頭を振る。
マフイラは思わず老人の白髪を掴んで、再度尋ねた。
「薄紫の髪に、褐色の肌じゃなかった?」
「ちが――。あいつは、あか――――」
追求から逃れるように闇医者は口を開いた。
瞬間――――。
「うぇえらろろろろろろろろろろろ…………」
老人は顔を下に向けて吐瀉した。
だが、その出てきた物はドロドロに溶けた胃の内容物ではなかった。
虫だ。
小さな虫を大量に吐き出した。
「あなた!」
マフイラは刹那の間だけ驚いた。
すぐに気持ちを建て直す。
老人の首を手で掴む。
そして――――。
「エオ・ヌゥ・アパクリス、パウ・ピル!」
エルフの呪文を唱える。
状態を少し前の時間に戻す魔法。
すると、闇医者の症状が和らいでくる。
激しく呼吸していたのが、寝息のように静かになった。
口についた内容物の残りを、白衣の袖で拭う。
「あんた、エルフの魔法が使えるのか?」
「ええ。ごめんなさい。もっと慎重になるべきだったわ」
今度は闇医者がマフイラの胸倉を掴む番だった。
怒られるかと思いきや、出てきた言葉は意外な一言だった。
「助けてくれ」
老人の目から涙がこぼれる。
マフイラは辛そうに哀願する顔から目を逸らした。
「ごめんなさい。……私には――」
「あ……。ああ――――」
呻きながら、闇医者は手を離す。
その場に蹲った。
「俺を取り調べたエルフも同じ事を言っていた。俺にかけられたのは呪いだって。それを解呪するのはまず不可能だろうって」
「やはり、ダークエルフに会ったのね」
「…………」
肯定も否定もしない。
頭も動かすことはなかった。
ただ地面の方に顔を向けていたが、その反応で十分だった。
【太陽の手】という高度な魔法兵器。
アラドラという駒を使って、帝国と王国の道を開けようとした。
以前からなんとなく気配を感じていたが、得てして悪い予感は当たってしまった。
だが、1つ疑問が出てくる。
今、この状況はダークエルフのコントロール化にあるのか。
アラドラの憎悪を利用し、ウルリアノ王国を壊滅させる?
では、チヌマ山脈を破壊するというのは陽動?
いや、そんな周りくどいことはしない。
ウルリアノを狙うなら、とっくにやっていたはずだ。
マフイラはダークエルフという種族を多少知っている。
ヤツらは決して自ら手を下さない。
ウルリアノを魔法兵器で消滅させるよりは、戦争を呼び込み、人間の手で壊滅させることを選ぶ下種な種族なのだ。
――やはり、アラドラのスタンドプレーなのかしら……。
考えれば考えるほど、思考の迷宮に囚われる。
これもダークエルフの呪いなのかも、勘ぐってしまう。
形の良い顎に手を当て考えていると、闇医者は突然口を開いた。
「アラドラを探しているなら、ヤツはライーマードにいるぜ」
「知っているわ。……でも、私の勘ではすでにこの王都にいるはずよ」
「奴さんがいそうな場所なんて、俺には検討なんてつかねぇよ。家は焼かれて、アラドラとして過ごしていたアパートも引き払ったそうだ。あいつの居場所なんて、もうどこにもねぇ」
「アラドラの居場所…………」
――――!
「しまった! 私、なんて馬鹿なのかしら」
茶色に近いブロンドの髪を掻きむしった。
「ありがとう! お大事にね」
礼を言うと、マフイラは走り出した。
闇医者はエルフの後ろ姿を、ただ呆然と見送る事しかできなかった。
マフイラがやってきたのは、王都の西にある王営の墓地だった。
貧民街からここまで走ってきたが、随分時間がかかってしまった。
東を見れば、太陽が没しかけ、赤く焼けただれたような1本の道を平原に刻んでいた。
整地された墓地を抜け、鬱蒼と木々が茂る森に入る。
もつれながら懸命に動いていた足が、スローダウンする。
少々心許ない胸を大きく動かし、息を整えた。
青い瞳に大柄の男が映る。
黒いローブに身を包み、同色の帽子を被った姿は、墓木に祈る神父のように見えた。
「見つけたわよ。アラドラ……」
男は振り返る。
帽子を取った。
禿頭から、頬にかけて、痛々しい火傷の痕があった。
取り調べだけになってしまったが、
ここからがクライマックスです。
明日18時に更新します。
よろしくお願いします。




