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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
第4章 異世界冒険編

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第51話 ~ 悪いが1発は1発だ ~

第4章第51話です。

よろしくお願いします。

 拳を引く。


 どぉ、と音を立てて、ミスケスは倒れた。


 手を握ったままライカは、ずっと止めていた息を再開する。

 肩で荒く、呼吸を繰り返した。


「お見事です、陛下」


 パルオが(イメ)から下りて、近づいてきた。

 ヤーノもミスケスに近寄る。その手を取って、縄を付ける。


 ミスケスにはまだ意識があった。

 身じろぎするが些細な抵抗だ。


 しかし、見開かれた瞳には明らかに憎悪が込められていた。


 ライカは真っ正面から向き合う。

 桜色の上品な唇を動かした。


「悪いが1発は1発だ。返させてもらった」

「これで勝ったと思うなよ」

「思わんさ。1勝1敗……。これで引き分けだからな」

「…………」

「事が済めば、帝都に来るがいい。いつでも相手になってやろう。といっても、私の用事が済まないことには、その暇はないが」

「……ちっ」


 ミスケスは目を反らす。

 どこかやりきった感のある女帝陛下の顔を、これ以上見ていられなかった。


「お姉様。お疲れさまです」


 クリネが側に立ち、花柄の刺繍がついた四角い布を差し出した。

 礼を述べて、ライカは額と頬についた汗を拭う。


「しかし、まだ一働きしないとな……」


 クリネからもらった布を懐に入れ、向き直った。


 目線の先には馬車がある。


 すでにウルリアノ王国の騎兵たちが取り囲んでいた。


「アラドラ、大人しく出てくるがいい」


 パルオが話しかける。

 その表情は険しい。ぐっと力を込めた顎には、皺が寄っていた。


 ……………………。


 応答はない。


 目で合図する。

 副長であるヤーノが進み出て、ゆっくりと馬車に近づいていく。


「出てこい! アラドラ!」


 威圧するが、やはり反応はない。


 とうとう馬車の御簾に手をかけた。


 力一杯引くと、御簾が馬車から取り外され、地面に落ちる。

 中身を覗いた瞬間、ヤーノの身体が固まった。


「どうした?」


 パルオが近づく。


 覗くと、1人の男が脅えるように場所の角で蹲っていた。


「アラドラか?」

「違う!!」


 質問を弾くような返答がかえってきた。

 ライカはふと気づき、パルオたちと一緒に覗き込む。


 大柄で、禿頭、頭から頬にかけて火傷の痕。

 アラドラの特徴と一致する。


 が、どこか――雰囲気が違う。

 そもそも声が違っているのだ。


「特徴と一致するが……」

「いや、こいつはアラドラじゃない」


 ライカは幌の中に入る。


 大げさに鉄靴を鳴らしながら、大型の何かの装置の前で蹲る男を見下した。


「貴様、何者だ!?」


 赤と緑の布を交互に巻いた長衣。

 これもアラドラが着ていたものとそっくりだった。


 その胸元付近を掴んだ。


 だが、ライカは確信した。

 根拠こそないが、こいつはアラドラではない、と……。


 男はただ脅えるだけだった。


 何かを言おうとして、何度も口をパクパクと動かすのだが、声を出すことができない。


 驚きのあまり――というよりは、何か別の力が働き、男が喋るのを阻害しているように見えた。


「おそらくエルフの魔法でしょうな」


 振り返ると、パルオとヤーノが揃って立っていた。


「私もさほど詳しい方ではありませんが、特定の情報を喋ることを出来なくする魔法があったと思います」

「では、この男から聞き出すことは……」

「難しいかと」

「隊長、こいつは……」

「わかっております。おそらくアラドラではないでしょう。アラドラの顔を被った偽物でしょうね」

「この顔を似せているのも魔法か?」

「いえ。おそらく闇医者による整形かと」

「整形?」

「ウルリアノ王国は古来から顔や身体を変える医術が発展してきた背景がございます。この男もおそらくは……」

「隊長……。では、本物のアラドラはどこに?」

「その詮索の前にやることがある。ヤーノ、男を拘束しておけ」

「了解しました」


 命令通り、縄をかけ始める。

 アラドラの顔をした男は抵抗もせずに大人しく従った。


 パルオは大きな魔法装置に歩み寄る。

 ライカもそれに加わった。


「これが【太陽の手(バリアル)】か?」

「おそらく違います」

「何故、そう言い切れる?」


 ライカは目を細めた。

 緑色の瞳に、猜疑の感情が宿る。


 パルオは冷静に手を上げて、自制を促した。


「誤解しないで頂きたい。……これも、ダークエルフを追う内にわかったことなのです」

「というと……」

「つい最近のことなのですが、先代ウロ陛下の私室で我々は秘密の地下室を見つけまして」


 聞きながら、アフィーシャもマトーの部屋に秘密の部屋を作っていたことを思い出した。


「そこで見つけられたものの中に、【太陽の手】と思しき設計図を見つかったのです」

「その設計図はどこに?」

「捜査資料として、厳重に保管されています。ほとんどが暗号化されていて、我々シルバーエルフにもちんぷんかんぷんの代物です。おそらく本人にしかわからないでしょう」

「疑ってすまないな」


 パルオは首を振った。


「一国の代表者として当然の追求ですよ」

「では、アラドラもこれも偽物だとすると……。本物はどこに――」

「おそらく――」


 ウルリアノ王国騎兵隊隊長は、身体の向きを変えた。


 洞穴内にありながら、パルオが示す方向は、ちょうど忠義を誓う祖国の王都の方を向いていた。




 小柄な老人は息を切らし、裏路地を走っていた。


 安い賃料の長屋が並ぶ王都の貧民街。

 木の桶を蹴り、路地に堂々と張り巡らされた洗濯物を払い、時に後ろを確認しながら、逃亡していた(ヽヽヽヽヽヽ)


 老人は布の服の上に、白衣を着ていた。

 現代世界では白衣は、医療や研究分野で働く象徴ともいえるものだが、ウルリアノ王国でも同じ意味を表している。


 老人の白衣は汚かった。


 あちこちに酒や垂れた料理のシミが付き、ボタンの一部が解れていた。


 逃げる時に引っかけたのか、脇腹の部分が破れている。


 しかし老人は何一つ気にすることなく、ただ一心不乱に走り続けた。


 狭い十字路に出る。

 長く走っていたおかげで、すでに方向感覚を狂っていた。


 本能のままに左を選択。

 それが悪手だった。


 高い壁に覆われた袋小路に出てしまったのである。


「追いつめたわよ」


 老人が立ち止まると同時に、鋭い声が背後から聞こえた。


 そろりと振り返る。


 眼鏡をかけたエルフが、ショートスピアを握って立っていた。


「ひいぃいいぃぃいいい!」


 幽霊でも見たかのような悲鳴を上げる。

 白眉を大きく持ち上げて、目を大きく見開いた。


 エルフは無造作に近づくと、老人は同じように後退する。

 2、3歩下がったところで、背中に冷たい壁の感触を味わうこととなった。


「別に逃げなくてもいいのに……。私はちょっと聞きたいだけなの」

「し、しらん! わしはなんも知らんぞ!」

「だから、何を知らないの?」

「ジェリフなんて患者なんて知らん」

「自分で言ってるじゃない」


 指摘されて、老人は思わず口を手で塞ぐ。

 時すでに遅しだ。


「あなたが、ジェリフ……いえ、アラドラの整形手術をしたのね」


 老人は塞いだ手をそのままに「もごもご」言いながら、首を振った。


「別に取って食おってわけじゃないの。あなたがやった闇整形を糾弾しようってわけじゃない。私はただアラドラって人を探したいのよ」


 眼鏡越しに老人を見つめる。

 青い宝石のような瞳は、純粋な光を放っていた。


 老人はそっと手を離す。


「本当にわしを捕まえにきたんじゃないのか?」

「実は言うと、私も密航者でね。お互い様っていうわけ」


 老人は目を丸くする。


 そしてエルフの女の背中をバシバシ叩いた。


「な、なんじゃ! お主も犯罪者か。それならそうといわんか!」


 いきなり態度を豹変させる。


 老人は抜けた歯を見せて、ニッと笑う。

 人差し指と親指で丸を作った。


「どうじゃ? お主、美人さんじゃて少々骨は折れるが、今なら安くしておくぞ」

「何を?」

「整形に来たんじゃないのか?」

「………………。エルフも大丈夫なの?」

「もちろんじゃ」


 老人は胸を叩く。胸ポケットに入れた酒の缶を落としそうになった。


 マフイラ・インベルターゼは自分よりも小さな老人を見ながら、引きつった笑みを浮かべるのだった。


今回のサブタイは元ネタがあるのですが、完全に作者が記憶違いをしていて、

全く違った台詞になっていました。

元ネタと同じにしたいけど、ライカが言うと変になるので断念したという経緯が。


明日も18時に更新します。

よろしくお願いします。

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