第50話 ~ 異世界最強の男の妻として ~
第4章第50話です。
よろしくお願いします。
ウルリアノ王国の騎兵隊を伴い、ライカはオーガラストがいる洞穴へと突入していく。
強靱な騎馬は、足場の悪い穴の中に入っても速度が落ちない。
地面に張った氷を割り、出現したモンスターを突っ切っていく。
荒地を物ともしない脚力も凄いが、馬の胆力も大したものだ。
普通――馬は臆病な動物で、些細なことでも飛び上がってしまう。
それは突然出現するモンスターにもいえることなのだが、ウルリアノ王国の騎馬は物怖じする様子がなかった。
――本当に1頭ほしいものだな……。
ライカはヤーノに捕まりながら思った。
しかし、馬が良くても、乗り手の問題もあるだろう。
その点、副長ヤーノの手綱さばきは目を見張るがあった。
馬の反応を先読みし、誘導する。その際にも、決してストレスを与えない。うまく馬に理解させている。まるでその胸中がわかっているかのようだ。
騎手、馬体ともに夜眼が効くのだろう。
先行する馬に点いた明かりを頼りに、的確に道を選んでいく。
考えたくもないが、もし戦争になれば、馬の夜襲は覚悟しなければならない。
だが、ライカにはそうはならない予感があった。
ウルリアノ王国の騎兵たちを見ながら、近い未来――マキシアと手を携えることがあるような気がした。
「いました!」
先頭を走る騎兵が叫んだ。
ライカは少し緩んだ顎を引き締め、ヤーノの脇から前方を見つめた。
オーガラストがいるボス部屋はまだ先なのに、馬車が止まっていた。
おそらく脱輪したのだろう。
ミスケスと獣使いらしき人影が、荷台を押し上げようと奮闘している。
「行くぞ!」
パルオが号令をかけると、ヤーノはさらに馬を加速させた。
「アラドラの旦那! 悠長に馬車に座ってないで手伝ってくれ!」
洞穴内で、ミスケスの声を響き渡った。
睡眠魔法から覚醒した獣使いが、指笛を鳴らして馬に合図し、ミスケスと一緒に馬車を後ろから押している。
脱輪はさほどひどいものではないが、人数が人数だ。
猫の手も借りたい状況の中、アラドラを呼んだが返事すら返ってこない。
まさか死んでいるのではないだろうなあ、と思い御簾を上げようとした。
「ミスケス!」
悲鳴じみた声を、獣使いが上げた。
振り返る。
何が起こったか、洞穴内に響き渡る蹄の音でわかった。
「なんだ! こりゃ!」
狭い洞穴を騎兵が駆け抜けてくる姿を見て、ミスケスは戦慄ではなく、狂気を感じた。
だが、馬の後ろに女帝と皇女が見えて、すべてを理解する。
すなわち、あれは自分にとって“敵”だ、と――。
ミスケスは獣使いの胸倉を掴んだ。
「くそ! おい! なんとかしろ!」
「なんとかって!」
「馬に薬でもなんでも飲ませて、力を引き出すんだよ」
「そんなの持ってるわけないだろ!」
「ちっ!」
舌打ちすると、胸倉から手を離した。
獣使いは悲鳴を上げながら、そのまま洞穴の奥へと逃げていく。
そうしている間に、ミスケスの眼前には騎兵が横一線に居並んでいた。
目を細める。
鎧の胸元部分に、ウルリアノ王国の紋章が見えた。
「おいおい。マキシア帝国の騎兵かと思ったら、ウルリアノ王国かよ。しかも、その背に乗っているのが、マキシア帝国の皇族方たあ。いつからあんたらは、手を組むようになったんだ?」
「つい先ほどだ。ミスケス」
ライカは馬から下りると、前に進み出た。
おもむろに細剣を抜く。
「パルオ殿。ヤーノ殿。手出しは無用でお願いしたい」
「1人でやり合おうってのかよ」
「むろんだ」
「あんたのレベルは俺の半分ぐらいしかないんだぜ」
「やってみなくてはわからん。それにな――」
ライカは腰をかがめ、切っ先を眼前の敵へと向けた。
そのしなやかな構えは、1匹の豹を思わせる。
堂に入った構えと殺気に、ミスケスは思わず息を飲んだ。
ライカは言葉を続ける。
「異世界最強の男の妻として、冒険者最強程度に引くわけにはいかんからな」
笑う。
冒険者に囲まれ、絶体絶命の窮地に立たされたあの時のように……。
あるいは異世界最強になると宣言した男のように。
苛烈というか。それとも凄然というか。
容姿は天使。しかし、その表情は悪魔のように、ミスケスには見えた。
寒気がする。
身体が震えた。武者震いなどではない。
明らかにミスケス・ボルボラは脅えていた。
自分よりも年若い女帝に。
己の半分ほどしかないレベルの姫騎士に。
瞬間、最強としての矜持に触れた。
「うがあああああああああああああああああああああああ!!」
突然、獣のように叫んだ。
沈みかけた己の心を奮い立たせる。
光と闇――。
2振りの刃を両手に顕現させ、天地に構えた。
2人の構えは両極端だった。
ライカは一撃突貫。
初撃ですべて決める超攻撃重視に対し……。
ミスケスは防御重視。
相手の初撃をいなし、カウンターに備える構えだった。
まさに剣豪同士のぶつかり合い。
異様な雰囲気に、見ていたウルリアノ騎兵隊員たちは、顎についた汗を払った。
膠着した2人を見て、ヤーノは少し眉を顰める。
「動きませんね」
「いや……。割とすぐだよ」
パルオの指摘は…………正しかった。
蹴る――。
先制したのはやはりライカだった。
迎え撃つミスケス。
「「速い!!」」
隊長、副長は声を揃えた。
確かにそうだ。
それはミスケスも感じていた。
――だけどよ。狙いがバレバレだ……。
喉元に伸びてきた細剣を全力で注視した。
下手に構えた光の剣を動かす。
鍔近くを狙ってかち上げる。
「ぐうぅ!!」
ミスケスは唸る。
思ったよりも重い。
女の細腕から放たれた突きとは思えないほどに。
全体重を乗せてきている。
言い返せば、重心が前のめりになり、次撃に時間がかかることは明白だった。
――死ぬ気で跳ね返せ!!
身体に鞭を入れる。
腕に力を込めると、筋繊維が何本か切れる音がした。
食いしばった歯茎から血が流れているのを、味覚で感じ取る。
光の刃から――それでも火花が散る。
勝負は――――。
ギィン!
強い金属音が鳴る。
――耐えた!!
勝利の凱歌を胸中で叫んだ。
後は、死に体になった女帝に、残っている闇の刃を突き立てるだけだ。
――だけなのだ!
しかし……。
勝負は――――まだ着いていなかった。
「えっ?」
ミスケスは寸前にそれを目の端で捉えていた。
いや、かろうじて視界に収めていた。
それはちょうど相手の体躯に隠れるように配置されていた。
左の脇腹に添えるようにして。
女帝はさらに1歩踏み込んだ。
今まさに闇の剣が脳天に振り下ろされんとしているところにも関わらず。
死の間際に、さらに先にある死へと踏み込んだのだ。
「な――」
驚くしかなかった。
そして振り下ろすしか、ミスケスには術がなかった。
ライカは踏み込むと同時に、左脇腹に隠していたものを放った。
それは――単なる無手だ。
強く握られた拳。
だが、それはミスケスには黒色を帯びた豹の牙を思わせた。
何か軌跡を這うように――大気を鋭く切り裂いた。
瞬間、重い音を立てて、拳がミスケスに突き刺さった。
ボディブロー。
それも少女の全体重が載った。
「かはっ!!」
鎧の隙間にねじ込まれ、ミスケスは大口を開けてこみ上げた胃液を吐きだした。
骨がいくつか折れる音がする。
それほど、少女の拳は重たかった。
目を見開き、自称冒険者最強は呆気なく崩れ落ちるのだった。
ライカも成長したな~。
明日も18時に更新します。
よろしくお願いします。




