第49話 ~ 気持ちいいぞ。硬くて、でも居心地がいいのだ ~
第4章第49話です。
よろしくお願いします。
一陣の風がファイゴ渓谷を駆け抜けていく。
人の髪を、馬の尾が揺らし、コオオォォォと唸りのような音を立てた。
パルオの話に一同は黙って聞き入っていた。
ライカとクリネも例外ではない。むしろウルリアノの騎兵たちを見た時以上に、険しい顔をしていた。
「ライカ様は、ウロ陛下のことは知っておりますか」
「伝え聞いていることだけだがな。失礼だが、とんでもない暴君だったと」
少し悲しそうにパルオは首を傾けた。
「そうです。……ウルリアノ王国が壊滅するのではと思うほど、ひどいものでした。おかげでウルリアノは10年経った今でも、その傷が癒えていない状態です」
「そのウロ陛下がどうだというのだ?」
「弁護するわけではないのですが、陛下は優秀な方で賢君と称されることになるだろうと、即位前から噂されるほどでした。実際、1ヶ月だけみせた正常な治世は、賢君と称される王に並ぶ功績だったと政治学者はいいます」
「そんな方がどうして?」
質問したのは、クリネだ。
目を丸くしながら、パルオの話を聞いている。
隊長は一瞬言い淀んだのを見て、代わりにライカが答えた。
「ダークエルフか……」
「仰るとおり。……ウロ陛下はダークエルフの甘言に騙されてしまいました」
「マキシア帝国と同じだな」
「マトー様のことですか?」
「さすがは耳が早いな、隊長」
「まあ、色々と……。しかし、マキシア帝国は水際で止めることが出来たかと思われますが、我々は――――」
「気付いた時には、中枢を食い尽くされていたというわけだな」
「ダークエルフの仕業と気付いたのも、ウロ陛下の密葬が行われた後という始末で……。家臣としては、面目ないことでした」
「捕まったのか?」
「…………いえ」
ライカの質問に、パルオは首を振った。
「つまりはこうか。お前たちはそのダークエルフを血眼になって探していた。そして10年経って、ようやく尻尾を掴んだのがアラドラだったと……」
「ご慧眼……。さすがです、陛下」
「世辞は良い。だが、結果的に国外へ逃げられたというわけか」
「しかも飛んでもない兵器を持ち込んで――ですわね」
「面目次第もありません。貴国にご迷惑をおかけすることになってしまった。いち騎兵長の頭で済みませぬが、どうか陛下……。寛大なご処置を」
パルオは頭を下げる。
「良い。ウルリアノもそなたも最善は尽くしたのだろう。というより、よく知らせてくれたと労うべきだ」
「お姉様、少し甘くありませんか? 今の話は彼らの言い分で、ウルリアノ王国が関与していないという証拠には――」
「我々が嘘をついているというのか」
ヤーノはいまだ手に握った剣の切っ先を、皇女に向ける。
手を挙げていさめたのはパルオだった。
「やめろ、ヤーノ」
「しかし、隊長! 我々は侮辱を――」
「殿下の言うとおりだ。今の話は我々の言い訳にすぎない」
「…………クリネ」
「はい。お姉様」
「私は彼らの言うことを信じようと思う」
「「「――――!」」」
マキシア帝国女帝の言葉に、一同は驚いた。
「――ですが、お姉様!」
「根拠はある。もしウルリアノが兵器に関与しているなら、こんな周りくどいことをせずに、問答無用でチヌマ山脈を吹き飛ばせば良かったのだ」
「た、たしかに……」
「ずっと引っかかってはいたのだがな。それに――」
ライカは騎兵たちに目をやる。
「もし、ウルリアノが関与しているなら、私たちを真っ先に殺すだろう」
「――――!」
「そうしないということは、ウルリアノ――いや、少なくともパルオ隊長は、自分たちの潔白を信じてほしいのだと思う」
「あ――――」
「だから、クリネ……。信じてやってくれ」
姉の言葉を聞き、クリネは一歩前に踏み出す。
土の上に跪いたパルオの手を取った。
「謝罪を。……私が未熟でした。申し訳ありません」
「もったいないお言葉です。殿下」
「そちらの副長殿にも」
スカートを掴み、一礼する。
その典雅な仕草を見て、ヤーノの口元が赤くなるのが見えた。
「いや。私の方こそ、声を荒げてしまい。申し訳ない」
するとヤーノはようやく剣を鞘に戻した。
副長が納剣したことによって、部下も武器を収めた。
「さて、もう2、3聞きたいことはあるが、あまり悠長にしている時間はないな」
「そのようですな」
パルオは立ち上がる。
「アラドラはいずこに?」
「洞穴へと向かった。急がねば、【太陽の手】が起動する」
「わかりました。陛下はヤーノのに! 殿下は私の馬に跨り下さい」
「すまない」
「お早く」
ヤーノは躊躇わずに手を伸ばした。
その手をとると、ヤーノの後ろに座る。
クリネもパルオの腰を掴み、騎乗した。
「ゆくぞぉ!!」
号令をかける。
ウルリアノの兵は手をかかげ、声を張り上げた。
腹を蹴ると、マキシアにいる馬よりも大きな馬体を飛び上がった。
高く鋭い嘶きを上げると、疾走を始める。
「この馬……。速いな」
「当たり前だ。……あ、いえ――失礼しました」
ヤーノはいつもの調子で言いかけて、慌てて口を噤んだ。
やや顔を赤らめた副長を見ながら、ライカは微笑む。
「そんなに堅くならないでいい。馬まで緊張するぞ」
「あ。そうですね」
「しかし、いい馬だ。1頭ほしいものだ」
「や、やれませぬ」
「冗談だ。……だが、貴国と国交が回復した折りには、是非譲っていただきたい。マキシア帝国からはそうだな……。畳であげようか」
「タタミ?」
「気持ちいいぞ。硬くて、でも居心地がいいのだ。まるで草原で寝そべっているような感覚になる」
「はあ……」
ヤーノは戸惑っていた。
子供のように顔を輝かせ、敵国の兵に語りかけるマキシアの王。
マキシア帝国については、兵学舎で色々と学んだ。
オーバリアントで1番の版図をもつ帝政の国家。
魔法、建築、内政、統治能力――どの分野においても、1級品の能力をもつという。
そんな大帝国の最高権限者がどんな人物か、兵士になる前から色々と夢想したものだが、まさか自分とあまり年の変わらない女の子とは思わなかった。
しかも一緒の馬に跨るなど、夢にも思わなかった。
――誰も信じないだろうな。
ヤーノは人知れず笑みを浮かべた。
「飛ばします。しっかり捕まっていてください」
「よろしく頼む」
ライカはヤーノの細い腰に手を回した。
瞬間、風になったのではないかと錯覚するほど、景色が巡り始める。
ウルリアノ王国の馬に、マキシア帝国の女帝が跨る。
意図しなかったとはいえ、それは密かに行われた歴史的快挙の瞬間だった。
宗一郎は瞼を開けた。
しかし、景色は瞼の裏側の世界とさほど変わらない。
見慣れた牢獄の闇が横たわっていた。
すでに日にちの感覚はなくなっている。
故に、自分一体何日、拘留されているのかすらわからない。
当初は差し出されていた食事も来なくなった。
おそらく自白剤のようなものが仕込まれていただろう。
だが、宗一郎には効果がないと悟ると、兵糧を断たれてしまった。
現代最強もさすがに空腹は応える。
身体の循環を調整しながら、なんとか抑えてはいるが、本能的な欲求に関してはどうしようもない。
いっそ意地を張らずに、脱獄してみるかと思うが、動いているライカには申し訳なく思い、我慢しているといったところだ。
唯一の救いは、話相手がいることだろう。
少々気に食わない相手だが、いないよりはマシだ。
「アフィーシャ……」
手を開く。
ずっとフルフルから預かっているブローチを見つめた。
宝石の中に入っているダークエルフの少女は、目を擦りながら宗一郎を見上げる。
「なに……? ふあぁ」
と大きな欠伸とともに、狭いブローチの中で伸びをした。
「気になっていたのだが、お前たちが人を操る時の言葉は、魔法の類か何かか?」
「いいえ。違うかしら。……あれは純粋な話術よ」
「ほう。どれくらいの人間が引っかかるのだ?」
「なんで、そんなことを聞くのかしら?」
アフィーシャは質問を質問で返す。
「すでにオレはお前の術中にあるのではないかと思ってな」
宗一郎の言葉を聞いた瞬間、ダークエルフは弾かれるように笑った。
「それはないかしら。あなたみたいな恐ろしく強固な信念を持つ人間は、そうそう引っかからないものよ」
「あのマトーもそうだったのではないのか?」
「意外と勇者様の評価は高いのね。でも、違うかしら。マトーはどちらかといえば、私が信念を強固したの。ああ、見えて……。彼は弱い人間だったのよ」
「完成品と未完成品の違いだったというわけか」
「その通りかしら……」
「では――。これまで引っかからなかった人間はいるのか?」
「いないかしら。……話術に引っかかる引っかからないは、少し話せばわかるかしら」
「ほう……。大したものだ」
宗一郎の声音は、ちっとも賛美しているようには聞こえなかった。
質問を続ける。
「逆に騙されたことはあるのか?」
「そんなことあるはずないじゃない、かしら」
「例えば、ダークエルフに騙された振りをしていた、とか」
「…………」
「ほう。あるのか?」
宗一郎は愉快げに笑った。
宝石の中で、アフィーシャは少し頬を膨らませた後、弁解した。
「すぐにわかったけどね。ダークエルフを騙そうなんて、あなたも考えない方がいいかしら」
「こうして捕まっているヤツがいうことか」
「…………」
またムッとした顔でアフィーシャは睨む。
「どんなヤツだった?」
「あなたみたいなヤツかしら。……強い信念――感情を持つ人間は、決して私たちの話術には引っかからない」
「そのような人間が、お前たちの天敵なのかもな」
「それは違うかしら」
「ん?」
「私たちの天敵は、いつの時代も変わらない。私たちを迫害しつづける――ただ普通な者たちかしら」
「……なるほどな」
宗一郎は瞼を閉じ、それ以上質問をしなかった。
ユニークが15万突破しました。
今まで読んでくれた方ありがとうございます!
これからもよろしくお願いします。
明日も18時に更新します。




