第46話 ~ 今、笑っておられましたよ ~
第4章第46話です。
よろしくお願いします。
「ちっ!」
ミスケスは横目で戦況を確認しながら、舌打ちした。
2本の剣を振るい、襲いかかってくるライカを無理矢理引き剥がす。
【二級炎魔法】プローグ・レイ!
さらに魔法を打ち込む。
高位魔法は唱えることは出来ないが、ソードマスターは【魔法】も使うことができる。
連射する。
足元を狙い、さらに姫騎士を後退させる。
距離を取ったのを見計らうと、マントを翻した。
進む方向は馬車だ。
「やらせるか!」
ライカも後を追う。
ミスケスは忌々しそうにまた舌打ちをした。
「おい! こいつらを足止めしろ!」
指示が飛ぶ。
ようやく砂煙から脱した冒険者たちは、顔を上げた。
ミスケスを追うライカの行く手を阻む。
同様にクリネも囲んだ。
それを確認すると、ミスケスは道具袋を漁る。
1本の薬品を取り出すと、一気に飲み干した。
青白い光が足に宿る。
一定時間の間、スピードが上がる魔法薬だ。
風のような速度を得たミスケスは、馬車を追いかけていった。
結果的に馬車の突破を許してしまったことになる。
取り囲む冒険者たちを警戒しながら、項垂れた。
「すいません。お姉様。私が余計なこと……」
「いや、お前の行動はベストだった。気に病むな」
「でも――」
「ともかく、この囲みを突破する。いいな」
「は、はい!」
返事したが、さすがに多勢に無勢。
しかも、ライカたちは冒険者たちを倒さなければならないのに対して、相手は囲みさえ破られなければ良いという状況……。
決して無理はしてこないだろう。
おそらくクリネが使った奇襲はもう通用しない。
ここからはレベルと実力で排除しなければならない。
時間をかければ達成は可能だが、時間をかける暇はない。
ライカは思う。
――こんな時、宗一郎ならどうしただろうか……。
ライカと宗一郎とでは、レベルが上回っていても実力が違う。
それでも宗一郎なら、今のライカのような状況になっても、きっと打開策を見つけるはずだ。
「お姉様……」
「ん? どうした?」
「あ。それが……。今、笑っておられましたよ」
「私がか?」
「はい。……それも何か――」
“まるで宗一郎様のようでした……”
「ふふ……」
思わず笑った。
宗一郎のことを考えていたら、宗一郎のように笑っていたと称された。
「どうやら……。私も“意識の高い”乙女になりつつあるらしい」
「?」
「戯れ言だ。気にするな」
そしてもう一度、妹の名を呼んだ。
「クリネよ」
「はい?」
「諦めるな」
「…………。は、はい!」
そうだ。
宗一郎なら決して諦めたりはしない。
この絶望の最中でも、あの男ならきっとそう――――。
ライカは笑った。
そしてクリネも笑った。
マキシア帝国皇族の姉妹は、両者共に悪魔のような笑みを浮かべていた。
冒険者はおののく。
一瞬、恐怖に駆られ、1人の冒険者が飛び出した。
見れば、ギルドで宗一郎を糾弾していた神官だ。
どうやら参加していたらしい。
2人の表情を見て、何か思うところがあったのだろう。
涎と絶叫をまき散らしながら、襲いかかってくる。
手にはメイスを持ち、振り上げていた。
ライカは武器に注視しながら、冷静に捌く。
神官の喉元に細剣を突き立てた。
赤い判定が発光する。
致命を取った。
神官の【体力ゲージ】がみるみる減っていく。
「お。おえ」
絶望に顔を歪ませる。
神官は静かに項垂れた。
擬似的な死――。
感傷に浸ってる暇はなかった。
囲みの一角が崩れたのだ。
「クリネ!」
「はい。お姉様!」
2人は開いた穴に向かって駆け出す。
しかし――。
「あ!」
妹の悲鳴を聞いて、ライカの足が止まった。
振り返る。
束縛系の魔法にクリネが捕らえられていた。
木の幹のようなものが地面から生え、少女の小さな身体に巻き付いてた。
クリネの【運】は相当に高い。
だが、まさに不運なことに低確率を引いてしまったらしい。
こんな時に限って、だ!
「お姉様! 行ってください!」
「しかし――」
ライカの迷いは、妹を慮ってのことだが、半分はすでにどうしようもない状況だったからだ。
2人が足を止めたことによって、すでに一瞬出来た穴は塞がれていた。
冒険者は再び迫ってくる。
クリネを拘束され、状況は最悪といっていい。
さすがに笑えない。
「ならば、悪あがきぐらいはしてやるか」
細剣の切っ先を冒険者に向け、妹を守るように構えた。
ヒュッ!
不意に風を切る音が聞こえた。
「――――!」
声なき悲鳴……。
1人の冒険者が突如、崩れ落ちた。
皆が視線を送った時には、すでに【即死】判定されていた。
その喉元にはゴールド製の鏃がついた1本の矢が突き刺さっている。
――――――!
冒険者は戦慄する。
ライカも、クリネも驚いていた。
「上だ!」
冒険者の誰かが叫んだ。
視線を上げる。
崖の一段上。今、ライカが立っている場所よりも狭い道幅の場所に、太陽の光を背に受けた人影が見えた。
それも無数。
皆、騎乗し、武装もしていた。
「あれは――!」
緑色の瞳を大きく見開き、ライカは絶句した。
「エーリヤ・ミリハシムと申します」
名乗った彼女が連れてきたのは、ウルリアノ王国の西にある墓地だった。
王国が管理する墓地で、芝は苅られ、白い石碑が整然と並んでいる。
墓碑は大小様々あり、大きいほど刻まれている名前が長いところを見ると、平民も王国の家臣も分け隔てなく、葬られているらしい。
王都内とはいえ、2番街からここまで随分遠く、すでに空は白々と明け始め、西から太陽が顔を出そうとしていた。
誰かの墓の見舞いでもするのだろうか。
だが、エーリヤは墓地に入っても足を止めず、少し離れたところにある森林へと入る。
管理が行き届いた墓地とは違って、森林には全く人の手が入っていなかった。
枝打ちもされていない樹木が鬱蒼と茂り、小動物が横切っていく。お世辞にも整備されているとはいえない人道を歩いていくと、エーリヤの足が止まる。
自ら生み出した【光明の神秘】を持つ手を掲げる。
暗い森林の中で、ぼんやりとした光を浴びたのは、1本の木だった。
なんの変哲もない普通の樹木。
強いて言うなら、他の木よりも真っ直ぐに伸びていることぐらいだ。
「ここは?」
マフイラはエーリヤの横顔を見ながら尋ねた。
妙齢の神官は真剣な顔で言った。
「お墓です」
「お墓?」
「そうです、先輩」
口を挟んだのは、ギルド職員であるポラスだった。
「ウルリアノ王国では、たいてい死者を白亜の石碑の中に眠らせるのが慣例です。けれど、ある条件を満たす人間は、石碑の中に入れません。ここにある木がその人間の墓なんです」
「ある条件って、なに?」
ポラスは言い淀む。
少しエーリヤを見つめた。彼女はやや俯き加減で言葉を聞いている。
「犯罪を犯したものです」
「じゃあ、このお墓は……」
エーリヤは首を振った。
青い目には涙が溜まっている。
「犯罪者なんかじゃない! ジェリフは……。それに――」
絶叫する。
「ジェリフ・ハインドは生きています!!」
か細い――しかし美しい声が、森林の中に響き渡る。
まるでセイレーンの声のように耳をこそばせたが、言葉に載った感情は悲哀を表していた。
だが、一同は呆然とするだけだった。
「落ち着いてください、エーリヤさん」
「そうです。1から話してくれませんか?」
エルフのコンビが声をかける。
その側で、フルフルはじっと頬に涙の痕を作った女性神官を見つめていた。
「すいません。取り乱してしまって」
「いえ……」
「お話します。ジェリフのことを……」
そしてエーリヤは話し始めた。
10年前に起こったあの事件のことを…………。
ようやくらしくなってきました。
明日も18時に更新します。
よろしくお願いします。




