第45話 ~ 接待はいらんぞ ~
第4章第45話です。
よろしくお願いします。
「これはこれは女帝陛下と皇女殿下ではないですか?」
ミスケスに気付いた2人は、身体を向けた。
仲良く険しい顔で睨んでくる。
しかし、やはり引く様子はない。
「こんなところで何をしに? ピクニックを楽しむには、少々寒く危険ですよ、ファイゴは――」
「決まっている。その馬車の中にある【太陽の手】を止めにきた」
「ほう……」
「お前たちが、その兵器を使ってオーガラストを倒そうとしているのは知っている。だが、それは危険な代物なのだ」
「へぇ……。どのくらい危険なんだよ」
「オーガラストどころか、このチヌマ山脈が消えるほどに――――」
――――!!
その一言は、冒険者たちの間に衝撃として伝わった。
動揺が広がり、「知っているか」という風にそれぞれ顔を見合わせる。
一片も表情を変えなかったのは、ミスケスぐらいなものだ。
「皆も知っているだろう。数日前の謎の光とライーマードを襲った暴風……。それが馬車の中にあるものの正体だ」
「だから、どうした? チヌマ山脈が消える? ……上等じゃねぇか。あの化け物を倒すなら、それぐらいの力があっても不思議じゃないだろう」
「考えてもみろ! チヌマがなくなれば、マキシア帝国は丸裸なのだぞ」
「知ったことか! それはそっちの都合だろうが! 俺たち冒険者には関係のないことだ」
「ライーマードも、ウルリアノ王国に占拠されるかもしれないのだぞ」
「もう1度言ってやろうか、女帝陛下! 知ったことかよ!!」
「け、けどよ……」
と異議を唱えたのは、1人の神官だった。
「そんな兵器……。俺らも巻き込まれるんじゃ」
「大丈夫だ。その兵器は時間が経ってから爆発するんだとよ。その間に、逃げればいい。――だろ? アラドラの旦那!」
馬車に振り返り、ミスケスは確認した。
一拍遅れて、返答がきた。
「…………。そうだ」
「そ、そうか……。なら――」
冒険者の間に安堵の空気が流れる。
「これで不安材料はねぇ」
「自分たちの身が保証されればそれでいいのか?」
「なら、オーガラストをほっとくのかよ」
「なにぃ……」
「国が何をやってきた? 帝国も王国も、オーガラストを放置し続けたろ? メンツやら政治的な判断とやらで、何もしてこなかった。お前たちの方が、自分のことしか考えていないじゃないか?」
「待ってください! おね――陛下は、第7次討伐の折りに、自ら先陣を切って戦われたんですよ」
「だが、結局オーガラストを倒せぬまま本国に帰ったじゃねぇか……。それも結婚するためにな」
「…………あれは――」
「やめときな、皇女様よ。どんなお題目をいおうとも、俺たちは止められねぇぞ」
ミスケスの手に、闇と光の刃が握られる。
ソードマスターのスキル【魔法剣】だ。
それを皮切りに、他の冒険者も戦闘態勢を取った。
「話を……」
「良い。クリネ……」
「しかし、お姉様」
「ミスケスの言うとおりだ。どんなお題目を言おうとも、お互い様では仕方がない。それにいくら女帝でも、ここは帝国でもなければ、彼らは部下でもない」
「その通り」
「ならば、斬り伏せてでも止めて見せる」
ライカは細剣を鞘から引き抜く。
姉の堅固な意志を感じ、クリネもまた花蕾の杖を構えた。
ミスケスは歯を食いしばるように笑った。
「嫌いじゃないぜ。あんたらみたいなの」
ライカとミスケス。
両者は同時に地を蹴った……。
ポラスがエーリヤと呼んだ女性は、彼の証言通り美しい女だった。
腰まで伸びる豊かな赤毛。色白で、鼻は高く、卵を倒したような輪郭は、美人の条件を揃えていた。やや物憂げな青い瞳は、水晶で出来ているように不思議な光を放っている。
肢体は細く、しかし胸はため息が出るほど大きい。
硬い地面に押しつけられ、鏡餅のように広がっていた。
年がわかりにくく、40とも20後半という風にも見える。
エーリヤは手に込めた力を抜いた。
「観念したッスか? では、その身体を隅々までしら――」
スパン、と気持ちいい音が、路地裏に鳴る。
「痛いッスよ、マフイラ」
「悪のりしないでください」
フルフルは頭に出来た瘤を撫でる。
その横で、マフイラは叩く時に使った革靴をはき直していた。
「ポラス、間違いないのね?」
「はい。お話しした人です」
「そう――」
マフイラはしゃがみ込む。
「手荒なことをしてごめんなさい。ちょっとお話を聞かせてもらいたいんです」
エーリヤは逡巡した挙げ句小さく頷いた。
フルフルは身体をどける。
少しひねられた手首を気にしながら、エーリヤは立ち上がった。
「どこか落ち着いた場所で話を――」
「それなら――」
はじめてエーリヤは口を開く。
か細いが、落ち着いていて綺麗な声だった。
「付いてきてください。みなさんをお連れしたい場所があるので……」
「私たちを……」
「はい」
頷く。
マフイラは、フルフルとポラスの顔を見た後、彼女の申し出に同意した。
ライカはミスケスと斬り結ぶ。
姫騎士は突きを繰り出すと、二振りの刃を持つソードマスターはその倍の突きで返す。
薙げば、また2倍。
打ち下ろせば、2倍の斬撃が返ってくる。
当然のごとく、ライカは押されていた。
しかも、ミスケス1人だけでも大変だというのに、他の冒険者の相手もしなければならない。
唯一、救いなのは――。
「クリネ、大丈夫か?」
「はい、お姉様。他のものはクリネに任せてください」
妹の頼もしい言葉が返ってくることだ。
正直、助けてやりたいが、ミスケス1人相手するので精一杯だった。
「ほら。皇女殿下の心配をする余裕があるのかよ、陛下!」
尊称を叫びながらも、ミスケスの斬撃は容赦がない。
くわえて魔法剣。
剣や籠手で受けるわけにもいかず、回避し続けなければならない。
だが――。
「ロイトロスほどではない!!」
ライカは配下であり、お目付役であり、師でもある老兵の名を叫ぶ。
これまでカウンターを合わせていたミスケスの剣が動いた。
瞬間を見逃さず、自分の細剣を滑り込まらせる。
しなやかな黒豹の一撃は、ミスケスの手首へと向かう。
そして――。
赤いダメージ判定。
ミスケスは魔法剣の一方――光の剣を取り落とす。
そのまま抜け、2、3歩と後退したあと、マントを翻した。
「てめぇ……」
「どうした最強殿。……それとも私がマキシア帝国の女帝なので、手加減しているのか?」
「なんだと……」
額に青筋を浮かべる。
再び光の剣を手からひねり出した。
ライカは細剣を振るい、笑う。
「接待はいらんぞ。……冒険者最強――。本気で来い!」
腰を落とし、切っ先を敵へと向けた。
――お姉様は心配なさそうですね。
ちらりと状況確認したクリネは、自分を囲む冒険者に視線を戻した。
じりじりと距離を詰めていく。
不用意に間合いに入ってこられるのも、なめられているようで嫌やだが、こうも警戒されるのも考えものだ。
さっきのレベルを分析する魔法を放たれた。
回避することは可能だったが、わざと受けてみた。
クリネのレベルは今や130を越えている。
勘だが、この冒険者の中でミスケスを除けば、第2位の実力者だろう。
瞬間、空気が一変。
今の膠着状態というわけだ。
――レベルを気にしているようですけど……。
――戦いはレベルだけでは決まらないことを教えて差し上げますわ。
少女は心の中で小悪魔みたいに笑った。
すると駆け出す。
【土煙魔法】ネフェコン!
囲みの一角に魔法を打ち込んだ。
地面にある砂を固め、目標に向かって放つ魔法。
モンスターから逃げるために設定されたものだ。
途端、辺りは砂煙に覆われる。
むろん、視界はゼロだ。
あちこちで冒険者が咳き込むのを聞きながら、タッタッタッという走る音が響く。
状況を横目で見ていたミスケスが、一番先に気付いた。
「馬車だ! お前ら!」
叫ぶ。
だが、遅い。
クリネは土煙の檻から飛び出し、真っ直ぐ馬車に向かった。
「私の力でも馬車の車輪ぐらいはつぶせるはず!」
荷運びが出来なくしてしまえば、兵器をオーガラストに使うことが出来なくなる。
冒険者たちは大義名分を失い、魔法兵器が一旦ここに捨て、退却せざるえない。
時間を稼ぐことが出来れば、有力な情報を掴んだマフイラと合流し、ウルリアノと接点があるアラドラを糾弾することが出来るかもしれない。
クリネは頭の中で期待を込めながら、走った。
馬が嘶く。
ミスケスの言葉に反応した御者――獣使いが鞭を入れた。
「させません!」
【睡眠魔法】ウィクノス!
あの現代最強魔術師を眠らせた魔法。
獣使いもさほどステータスの値が高くないのだろう。
一発で眠り、ごろりと横になる。
「しまった!」
馬車は止まらない。
馬が半狂乱になりながら、クリネが起こした土煙の中を突っ込む。
狭い街道を奇跡的にバランスを取りながら、奥へと進んでいった。
ここからガンガンお話が進んでいきますよ。
主人公はちょっと待って。
明日も18時に更新します。
よろしくお願いします。
※ 本日をもちまして、連載4ヶ月となりました。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
これからも本作をよろしくお願いします。




