第44話 ~ 無謀ともいえる困難を前に、一切の迷いなく立っていられる人間 ~
第4章第44話です。
よろし…………「4」がそろったあああああああああああああああ!!
(だからなんだよ……)
ファイゴ渓谷から漂ってくる朝霧にライーマードが覆われる中、その入口の前で十数人の冒険者が集まっていた。
戦士、神官、魔法士、弓使い、槍使い……。
バランスよくジョブが配分され、高い経験値と、確かな意志を感じさせる。
中には“自称”冒険者最強ミスケスの姿もあった。
皆一様にライーマードの街の方を向き、黙したまま何かを待っていた。
やがて馬の蹄の音が近づいてくる。
鉄で巻いた車輪の音が聞こえると、大きな幌を被った馬車が現れた。
御者が手綱を引く。
馬は小さく嘶き、立ち止まった。
「遅いぜ、アラドラの旦那」
ミスケスが馬車に近づき、幌の後ろに回り込む。
後部には現代世界で言うところの御簾のようになっていて、ローブを被った大柄の男が座っているのが見えた。
「おい。返事しろよ」
「…………。す、すまない」
くぐもった声が返ってくる。
ミスケスは首を傾げた。
「なんだよ。今さら、びびってんのかよ」
「そ、そうかもしれないな」
「まあ、いいや。……旦那の秘密兵器ってのは、忘れてないだろうな」
「…………」
「おい」
「……確認した。大丈夫だ。ここにある」
「……ったく。しっかりしてくれよ。あんたが言い出しっぺなんだぜ。みんなでオーガラストに復讐しようって……」
ここにいるのは、皆オーガラストに大なり小なり恨みを持つ冒険者たちだ。
討伐の折り、不慮の事故で仲間や家族を失ったものがほとんどだが、中には装備やアイテムにつぎ込み、返済しきれない借金をこさえ、どうしてもあの竜種を復習したくて参加しているものもいる。
理由は様々だが、あの竜を倒したいという想いを強くする者たち。
アラドラはそうした冒険者を集め、オーガラストがいる洞穴までの護衛として雇ったのである。
「欲をいえば、自分の手でブッ倒したいけどな。……まあ、今回はあんたにかけるぜ。頼んだぜ、アラドラの旦那」
「…………」
「今さら引き返すなんていわないよな」
「……大丈夫だ」
「頼んだぜ、旦那」
ミスケスは馬車から離れる。
冒険者たちの方へと帰ってくると、「出発だ!」と声を張り上げた。
馬車を取り囲むように布陣し、冒険者一行はファイゴ渓谷を慎重に進んだ。
せっかちで、普段はソロプレイのミスケスはややイライラしていた。
やはり馬車移動は遅い。パーティーでの移動もだ。
だが、確実に馬車をオーガラストの元に届けなければならないことも考えると、致し方ない処置だった。
当然のごとく、モンスターは人間の事情などお構いなく襲ってくる。
ファイゴ渓谷の魔物のレベルはかなり高く、癖が強い。特に支援系の魔法を使ってくるゴースト系が厄介で、高レベルのパーティーも対処を見誤れば、全滅することだってあり得る。
しかし、手慣れた様子で冒険者たちは排除していく。
皆、ファイゴ渓谷のモンスターの動きを熟知している。何名かはレベルが3桁に手が届こうかという者もいて、現れてから倒すまでの時間が極端に短い。
ミスケスが加勢しようとした時には、もう終わっていて、ますます冒険者最強のストレスは溜まっていった。
その間、アラドラは黙って成り行きを見守っている。
いや、見守っているかどうかすら怪しい。ただ一同も幌から顔を出さず、馬車に揺られ続けていた。
モンスターとの一戦を終え、ミスケスはようやく1匹仕留める。
だが、雑魚1匹。彼がこれまで獲得した膨大な経験値の0.1%にも満たないものだ。
――それにしても……。
なかなかどうして、寄せ集めにしては冒険者たちの動きはいい。
質もいいが、情報判断に優れ、クレバーだ。もっとモンスターを倒したいと前面に出るような人間ばかりかと思ったが、それぞれ割り当てられたエリアを守り続けている。
ミスケスはモンスターを倒す冒険者の後ろ姿を見て思う。
――こいつらとならもしかして……オーガラストと納得いくまで戦えたかもな。
少し昔のことを思い出す。
つい数ヶ月前の出来事だ。
ミスケスは宗一郎たちが参加した第7次討伐の前、第6次討伐隊に入った。
すでにその時に冒険者最高レベルにあった彼は、隊長に抜擢される。
正直、ソロが長い彼は、自分でもリーダーに相応しくないと考えていた。だが、一度でいいから兵団単位の人間を動かしてみたいと思っていた彼は、これを引き受けることにした。
ギルドが確認する中で、最強レベルの冒険者――。
肩書きに嫉妬するものもいたが、尊崇の念を抱く者も多く、彼はたちまち祭り上げられた。
そして先頭に立って、オーガラストに立ち向かった。
突撃を繰り返し、1人で20万のダメージを与えた。
第6次討伐隊が与えたポイントは『232万8350』。
実に総量の1割近くを、たった1人の冒険者がくわえたのだ。
その事実は、例え現代最強魔術師の宗一郎とて「化け物」と称しただろう。
それほど、ミスケスはとんでもないことをしでかしたのである。
しかし、そんな彼がいる第6次討伐隊も、オーガラストを倒せなかった。
彼を中心に最初こそ士気が高かった討伐隊も、次第に疲弊していく。
その不満は、無策でただ突撃だけを繰り返す隊長へと向けられた。
次第に冒険者たちは諦め、戦線を離脱していった。
ミスケスは引き留めようとした。
“まだ、オーガラストは倒せていない!”
“ここにモンスターがいれば、困る人間がいる!”
“諦めるのか!”
と――。
その声に耳を傾け、鼓舞するものもいた。
しかし、余計に金のためだけにやってきた冒険者たちを白けさせた。
結局、最後まで残っていたのは、ミスケスだけだったという。
そして、彼は久しく忘れていた死の感触を味わう。
結果的に彼の活躍によって、第6次討伐隊の死傷者0だった。
ある意味、英雄といえる彼への仕打ちは、1ヶ月半近く棺桶に閉じこめられるというものだ。
つまり、誰もソロ冒険者だったミスケスを生き返らせなかったのである。
ミスケスを生き返らせたのは、その後ライーマードにやってきたギルド副所長アラドラだった。
その時に、アラドラの計画を聞いた。
正直うさんくさかった。
200万近いダメージを与えてなお生きているオーガラストを殺せる魔法兵器。
そんな都合のいいものあるわけがない。
だが、結果的にミスケスは計画に乗ることにした。
アラドラにあったのだ。
オーガラストを倒そうという熱意が……。
ギルド職員を越えて、あの化け物を倒すという意志が……。
オーガラストに立ち向かった本職の冒険者たちよりも、だ。
そうしてミスケスはアラドラの用心棒になることにした。
――この人を殺させてはならない……。
ミスケスは幌の中の人物を信じていた。
自分の思いに耽っていたミスケスは、突如止まった馬車に不審を抱いた。
「どうした?」
声をかけると、冒険者全員の足が止まっていることに気付いた。
前を向く。
2人の人影が、オーガラストがいる洞穴を塞ぐように立っていた。
ミスケスは思わず笑みを浮かべる。
「どけ」
冒険者の背中を押して、ミスケスは前に出る。
やや顎を上げて、見下すように見つめた。
1人はゴールド製のやたらと露出の多いライトアーマーを着た姫騎士。
もう1人は可愛いと称しても過言ではないほど、ピンクのドレスを纏った魔法士。
共に金髪碧眼。
倍以上の数の冒険者たちを前にして、1歩も引かない強い意志を見せている。
はっきり言って、ミスケスは嫌いじゃなかった。
むしろ、こういう部類の人間は好きだ。
無謀ともいえる困難を前に、一切の迷いなく立っていられる人間。
オーガラスト討伐を諦め、去っていた冒険者よりも遙かに……。
同情すら覚える。
それでも――ミスケスもまた引かない。
やるべき事がある。
たとえ、自分が間違っているとしても……。
ここからが怒濤の後半戦ですよ。
明日も18時に更新します。
※ この話をもって、50万字に到達しました(*^▽^*)
文庫本5冊ぶんくらいかな?
まだまだ道のりは長いな。




