第41話 ~ 心の準備的なものが必要なヤツでは! ~
第4章第41話です。
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無事、城門を抜けたマフイラとフルフルは、ウルリアノ王国王都を歩いていた。
ともかく人よりも馬の姿が目立つ。
馬が通りやすいように整備された道。
街のあちこちには樹木が並び、休憩用の厩舎があちこちに建てられ、馬用の飼い葉や置き場や水飲み場まである。
しかし、活気自体は帝都とさほど変わらない。
露天や商店が立ち並ぶ区画があり、人々の表情にも影はなく、幸せそうに見える。
何より移動が馬というのが面白い。
国民のほとんどが馬に乗り、交渉ごとも馬上で行われている。馬に商品をくくりつけて、練り歩くものもいた。
帝都では馬車での移動や緊急時以外、馬の騎乗は禁止されているが、ウルリアノでは逆らしい。
如何にも強い馬が育つ国らしい光景だった。
「ほえー。なんか個性的な国ッスね」
「そうですね。皆さん、馬が好きなんでしょうね」
「なんていうか漠然と独裁政権をイメージしてたから、もっと荒んでいるのか思ってったスけど、全然そんなことないッスね」
「10年前に暴君がたったことによって、かなり疲弊したそうですけど、これはそれを取り戻すほどの発展ぶりですね」
「今のは王は、よほどの賢君なんスね」
「ともかく、ギルドを目指しましょう。私の知り合いが働いているはずですから」
マフイラは行き交う馬の群れを横に見ながら、足早に王都のギルドを目指した。
ポラス・ソリューノスは、王都ギルドに来て、2年目のカウンター係だ。
坊ちゃんカットのブロンドに、つぶらな瞳――小さな顔とくれば、如何にも幼顔の少年を浮かべるだろうが、すでに60年も生きるエルフである。
特徴的な耳介を見れば、一目でエルフだとわかる彼だが、その顔ゆえ手続きをしにきた冒険者に軽んじられることが多い。
元は冒険者であるため、腕っ節にはそれなりの自信はあるのだが、穏便に済まさねば後の業務に差し障ることになる。
窓口ではなく、内務の仕事を希望はしているのだが、幸か不幸か窓口業務は彼にあってるらしく、上司の評価も高い。おそらくあと5年は窓口業務だろう。
今日も1件、「クエスト料が安い」とクレームをいいに来た冒険者の相手をしたところだ。正直にいって、クエスト料が安いなら別のクエストにすればいいのにと思うのだが、こういうクレームを言ってくる輩は、何故かそこまで頭が回らないらしい。
背を丸め、ため息を吐く姿は、どこか老境の域に達していた。
「次の方、どうぞ……」
「はあい。ポラス、元気?」
眼鏡をかけたエルフが軽く手を振って、カウンター越しに現れた。
ポラスのつぶらな瞳がみるみる大きくなっていく。
「マフ――――」
マフイラ先輩!!
と叫ぼうとして口を開けた瞬間、その先輩の手によって口をふさがれた。
「し――――」
口に人差し指を立てる。
キョロキョロと周囲を見回した。
数人の冒険者がこちらを向いていたが、すぐに目を離した。
「ちょっと訳ありで、あんまり目立ちたくないの。大きな声で名前を呼ばないで」「――――!」
ポラスは頷くと、ようやくマフイラは手を離した。
「ぷは~。先輩、どうしてウルリアノに? 確か今は、ローレストにいるんじゃ?」
「細かい話は後よ。……ちょっと協力してほしいことがあるの」
「協力? ……なんか嫌な予感が――」
このマフイラというエルフは、ポラスの昔の冒険者仲間だ。
かなり頭の回るエルフで、パーティーの中のリーダー的な存在だった。
年下のエルフということで、よく可愛がってもらったのだが、可愛がり方が尋常ではない方法だった。
おとりと称して、モンスターの巣に叩き込まれたのは数知れず、度胸試しと言われて、罠の解除なんかもやらされた。新しい魔法の薬だといって、実験体になったこともある。
良い思い出など、1つもなかった。
「大丈夫よ。そんな無茶は言わないって」
「本当ですかぁ?」
ジト目で睨む。
マフイラはちょっと耳貸せと合図した。
先輩よりもやや上向きの耳を寄せる。
「ここのギルドの内部情報を見せてほしいのよ」
「――――――――――――!?」
“やっぱり犯罪じゃないですか!?”
と叫ぼうとして、再びマフイラに口を塞がれた。
今度はカウンター向こうの職員に睨まれる。
マフイラは「にしし」と笑って誤魔化すと、職員は仕事に戻っていった。
「大事なことなの……。お願い、ポラス」
「うぐ……」
マフイラはヘーゼルの瞳をキラキラと輝かせ、懇願する。
対してポラスは言葉を詰まらせた。
そう。これだ。
――この目が僕を死地におとしめたのだ……。
断れ、ポラス。
このヘーゼルの瞳にいつも騙されてきたのではないか。
「あの…………。先輩、今回はかん――――」
「そう言えば、昔さ。嫁入り前のエルフが沐浴しているところに、男のエルフがのぞき見している話があってさ」
「はい。わかりました。慎んで協力させていただきます」
ポラスはカウンターにこすりつけるように頭を垂らした。
「そう。それはよかったわ。ありがとう、ポラス」
「…………」
マフイラは満面の笑み。
ポラスは唇をかみしめながら、涙を流した。
そんなポラスの手を握り、さりげなくメモを渡す。
「じゃあ、仕事が終わったら、2番街のこの宿に来てくれる?」
「……わ゛、わ゛がり゛ま゛じだ」
「何か不服そうね?」
「――――――!」
“そんなことはありません!”
絶叫しようとして、また口を塞がれる。
「窓口業務は静かにね?」
ニコリと笑い、マフイラは手を振ってギルドを後にする。
カウンターの上で突っ伏し、ポラスはさめざめと泣いた。
ポラスは先輩に指定された宿を探した。
2番街はいわゆる歓楽街で、飲み場や風俗、そして安い宿が並んでいる。
酔客や賭場に遊びに来た商人、客引きで、道に人があふれかえっていた。
断言していいが、マフイラが来るようなところではない。
まして、働くようなところでもない。
しかし、ますます嫌な予感がした。
指定された宿にたどり着く。この辺りでは割とおとなしい感じの宿だ。
入ると、フロント横の椅子にマフイラが腰掛けていた。
「遅いわよ」
いきなり怒られた。
「すいません」
謝ってしまう自分が情けない。
「とりあえず私の部屋へ行きましょう」
「部屋……?」
一瞬、ドクンと胸が高鳴った。
部屋――。
ということは、先輩と2人っきり。
密室……。
そしてここは歓楽街……。
――まさか心の準備的なものが必要なヤツでは!
意識し始めると、鼓動が速くなり始めた。
胸の奥から、カンカンと鐘が鳴る音が聞こえてくる。
「どうしたの?」
「は、はひぃ」
突然、マフイラは2階に上がる階段の途中で止まり、振り返った。
「な、なんへもひゃいです!」
「そう……。顔が赤いわよ」
「い? いい!!」
ペタペタと顔を触る。
「あんた、まさか変なことを考えてないでしょうね?」
「いや、そ、そそそそそんなままままさか――――」
自分で制御不可能なぐらい目が泳いでしまう。
「心配しなくて、そんなことはないから。……さ。はやく上がりなさい」
――ですよね~~。
ポラスは肩を落とす。
ふと視線を下に向けると、まだ自分が1歩も階段をのぼっていないことに気づいた。
ポラスみたいな後輩いじられキャラは結構好きです。
明日も18時に更新します。
よろしくお願いします。




