第40話 ~ 事実だから、否定しようがないッスね ~
第4章第40話です。
よろしくお願いします。
耳を切る夜気が冷たい。
マフライは何度も自分の手を暖めながら、エルフ特有の耳を覆った。
ピンと横に張り出すエルフの耳は、どうしても髪に隠れてくれない。
冬季になると、専用の耳当てを使ったりするのだが、ドーラにある自宅に置いたままだ。その自宅もモンスターの襲撃にあっているだろうから、原型をたもっているかどうかわからない。
ほう、と吐く。白い息が後ろに流れていった。
上を見れば、満天の星空である。
そして下を見れば、雲とその切れ間から剣呑なチヌマ山脈が見えた。
マフイラは再び空にいた。
その細い足の下には、黒毛の滑らかな肌がある。
蝙蝠みたいな羽根を水平に立て滑空し、あるいは力強く羽ばたかせた。
「最近、こんな役割ばっかッス……」
フルフルの声が前から聞こえた。
馬のような長い頭と、新木のような角が、同じく風を切っている。
悪魔の姿を見るのはこれで2度目だが、すっかり慣れてしまった。
よく見ると、意外と眼の辺りなんかはクリッとしていて可愛いのである。
「フルフルは筋斗雲じゃないんスから」
「きんとうん?」
「心が綺麗じゃないと乗れない乗り物ッス」
「自分で言うのもなんですけど……。私、心が綺麗ですか?」
「大丈夫ッスよ。……フルフルの筋斗雲は悪魔だって乗れますから」
「そ、そろそろ機嫌なおしてくださいよ、フルフルさん。ウルリアノ王国に入るのは、これが一番確実なんですから……」
ウルリアノ王国への渡航は、かなり厳しい制限がかけられている。
商人、ウルリアノ王国に家族がいる人間以外は、基本的に入る事が出来ない。
密航は厳しく罰せられ、2度と出てくることが出来ないと言われている。
フルフルたちがやっていることも密航だが、ファイゴ渓谷に敷かれた厳しい臨検と、商人を抱き込むのに時間がかかるため、結局空から侵入することになった。
高度と夜の闇にさえ紛れておけば、容易い。
問題は先日、出くわした騎馬隊のような兵だが、早々出くわすことはないだろう。
いざとなれば、逃げればいいのだ。
「ウルリアノ王国ってどんな国なんスか?」
「私もそんなに詳しくはないんですけど、歴史はマキシア帝国より古いはずです」
「へぇ……」
国土はマキシア帝国の半分以下だが、オーバリアントで3番目に広い。
政治体制は王制。最高決定者である王が、行政、立法、軍すべてを統括している。
王の下には多くの家臣がおり、また各街には王の代行者として『代官』が任ぜられ、統治を行っている。
領土のほとんどが平原で、良質な牧草が生えることから、昔から牧畜が盛んに行われてきた。ウルリアノ王国の肉は、【肉の宝石】といわれるほど、オーバリアントの市場で高値がつくほど有名だ。
そしてもう1つ有名なのが、騎馬隊である。
ウルリアノ王国を駆けめぐり、鍛え、良質な牧草で育った馬は他のオーバリアントに生息する馬と比べても大きく、また体力・走力ともに群を抜いていた。
扱う人間も、子供の頃から馬に乗っているような者ばかりで、馬体が黒が多いことから【黒の脅威】といわれ、版図拡大の原動力となった。
「問題は王制ですね。時々、暴君が現れて、その度に国力が下がったり、民の暴動や内紛が起こってます」
「……でも、いまだに解体されずにあるって珍しいッスね」
「国民もなれちゃっているのかもしれません。実際、暴君もいましたが、それ以上に仁君もいましたから」
「なるほどッス」
「あ? 見えてきましたよ」
「おお……」
チヌマ山脈をぬけ、さらに東に向かうと、それは見えてきた。
尖塔が何本も立ち、周囲を高い城郭に守られた城。
さらに、その周囲には街が広がり、その周りさらに城壁がそびえている。全体的な形は、四枚の花びらに似ている。
現代世界でいうところの丑三つ時ではあるが、城内のあちこちには篝火が焚かれ、街にあるいくつかの建物にも明かりが灯っている。
点々としているが、闇の中に光るそれらは、夜空を鏡に映したかのように綺麗だった。
「さすがに、街のど真ん中に降り立つわけにはいかないッスね」
「少し離れたところに着陸しましょう」
フルフルは徐々に高度を落としていった。
城門の近くにまで辿り着いた2人は、草原から様子を伺った。
「城門が閉まってるッスね」
マフイラが持ち込んだ遠眼鏡でフルフルは周囲を観察する。
城壁の上にも兵が配置され、強引に突破するのは難しい。
「城門が開くまで待つしかないッスね。朝には開くッスよ」
「城門から入るのですか? 私たち、ウルリアノ王国の身分証も通行証も持っていいないんですよ」
「そこは、ほら……。悪魔の力を信じてほしいッスよ」
フルフルは遠眼鏡から眼を外し、ニカッと笑った。
日が昇り、城門が開いた。
城壁の側で開くのを待っていた商人や、その彼らをモンスターから守るため寝ずに番をしていた冒険者たちが列を作る。
フルフルとマフイラもその列に並んだ。
思ったほど、検問は厳しくないようだが、やはり身分証の提示が義務らしく、皆それを見せて、王都に入っていく。
身分証をなくした若い男が、事情を話したが、兵は全く取り合わない。
それでも追いすがる男に、棍を打ち付けた。
ひどい仕打ちを見ながら、フルフルは。
「異世界ものの主人公の初期位置が、ウルリアノだったら、転生して速攻で死んでるッスね」
などと訳の分からないことを言っていた。
そうこうしているうちに、列の前の方まで来た。
次がマフイラたちの番だ。
「マフイラは、身分証を探すフリして、ちょっと時間を稼いでほしいッスよ」
「わ、わかりました」
緊張した面もちで、マフイラは頷く。
そして2人の番になった。
「身分証を見せろ」
ぶっきらぼうに衛兵は言い放つ。
「は、はい。少しお待ちを」
マフイラは鞄の中に手を突っ込みながら、「どこ行ったかしら」と打ち合わせ通り時間を稼ぎはじめた。
「待っている間に出しておかんか!」
「す、すいません」
厳しい叱責に、マフイラは苦笑いを浮かべ、やりすごす。
衛兵の1人がフルフルの方を見た。
「お前もだ。身分証を」
「こっちに預けているッス」
「そうか」
「それよりも兵隊さん」
「なんだ?」
ずいっとフルフルは衛兵に擦り寄る。
ぽよよん、と胸を弾ませ、男の兵に迫った。
「ふん。色仕掛けなんぞ通用せんぞ」
鼻を鳴らす。
「身分証がなければ通すわけにはいかない。……怪しい行動をとったら」
「いや、その前に眼のゴミをとってほしいッスよ」
「はあ?」
フルフルは顔を寄せる。
「そんなもの自分か相方に――」
兵は金色の瞳を見つめる。
「あ――」
と一瞬何か気を失ったような反応を見せた。
ふらついた兵に、他の兵が駆け寄る。
「大丈夫か? どうした?」
「いや、なんでもない」
というやりとりの後、フルフルは尋ねた。
「もう通ってもいいスか?」
「ああ。大丈夫だ。通れ」
すんなりと通してくれた。
狐につままれたような顔をしたのは、一部始終を見つめていたマフイラだった。
「す、すごい! 今のどうやったんですか?」
「驚くことはないッスよ。簡単な『誘惑』ッス。言われたことに、ただ『はい』と答えるように意識を刷り込んだだけッスよ」
「…………」
「どうしたッスか?」
「いや、ただただ感心してしまって。フルフルさんって、身体的に優れているのはわかってましたけど、そんなことも出来るんですね」
「ふふん。もっと褒めていいッスよ」
「ただの下ネタ好きな淫乱女子だと思ってました」
「うん……。事実だから、否定しようがないッスね」
若干、額に汗を浮かべながら、フルフルは認めるしかなかった。
マフイラたちがウルリアノ王国に潜入した頃、クリネは宿のベッドから起き上がった。
ふと隣を見る。
綺麗に寝具が片づけられたベッドがあった。
「お姉様?」
小さな首を傾げる。
すると、外の方から気勢と剣を振る音が聞こえた。
窓を開ける。
ライーマード特有の朝霧に街全体が包まれていた。
下を見る。
まだ往来の少ない通りの端で、剣を振るう美しい姫騎士の姿があった。
クリネは慌てて服を着替える。
パタパタと階段を下りると、弾かれるように宿を飛び出した。
「お姉様!」
背中に声をかけると、姉は師直伝の突きを繰り出し、身体を止めた。
刃についた滴を払い、剣を鞘に収める。
ふう、と息を吐き、妹に振り返った。
「おはよう。クリネ」
「お早いですね。修練ですか?」
「宿暮らしが長くて、かなり身体が訛っていた。それに――」
ライカの顔が険しくなる。
そして腹の辺りをさすった。
仕草を見て、クリネは「あ」と声を上げる。
「まだ……。ギルドでのことを……」
ミスケスに後れをとったことを悔やんでいるのだろうと、察した。
姉の眉間にますます皺が寄る。
「冒険者最強はともかく、ミスケスのレベルが上であることは確かです。場数も向こうが上でしょう。あまり思い詰めるのはよろしくないかと……」
「わかっている。……だが、私はあいつのレベルが高かったから負けたわけでない」
レベル戦で切り刻まれ倒されたなら、まだ納得できる。
けれど、ライカを蹲らせたのは1発のボディブローだった。
「あれは不意打ちで……。しかも相手の力量もわからぬまま」
「戦場では、それは言い訳にならない」
ライカは金髪を振り、否定した。
冒険者としても、武人としてもミスケスは強い。
だが――――。
「次は後れをとらない。冒険者として届かないにしろ。武人として引くわけにはいかないのだ」
そうだ。
もし、宗一郎ならば――あのレベル1の勇者なら、きっとレベルを言い訳にして、引き下がることなどしないだろう。
宗一郎はこれまでにことごとくレベルの差を覆してきた。
意識の高い女になる。
そう宣言した自分が、おめおめと宿の隅で成り行きを見守っているわけにはいかない。
クリネは息を吐く。
「わかりました。微力ながら、私もお力になります」
すると、花蕾の杖を顕現させる。
「クリネ?」
「私だって、宗一郎様のように意識の高い女になりたいのです」
妹の雄々しい姿を見て、ライカは薄く笑みを浮かべる。
そして細剣を引き抜き、構えた。
「では、相手になってもらおうか」
「言っておきますけど、お姉様よりもレベルは高いですからね、クリネは」
「手加減無用といいたいのだな」
「ご理解いただきありがとうございます」
「「では――」」
2人の姉妹は共に飛び出した。
この物語は――。
サブタイを「ただの下ネタ好きな淫乱女子だと思ってました」と書いてから、
「ああ。なろう内でならともかく、これをTwitterで宣伝するのはまずい」と思い、
妥協した意気地なしの作家が書く作品です。
そんな作家の作品は
明日も18時に更新します。
作家はいくじなしですが、作品は嫌いにならないで下さい!!




