表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
第4章 異世界冒険編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

136/330

第39話 ~ その割には、汗が出てますけど ~

第4章第39話です。

よろしくお願いします。

 肩をいからせ、ライカは宿の入口へと向く。


 その姿は亭主を探しに行った宿の女将と重なったが、渦巻く怒りは別次元のものだった。


「落ち着きなさい、陛下」


 エタリヤの冷たい声が背後から聞こえる。

 次いで目の前に現れたのは、マフイラだった。


「エタリヤさんの言うとおりです。それにもう閉所時間です」


 外を見る。

 夜の帳が落ち、昼間騒がしかった通りには、人の気配はない。

 向かいの居酒屋には明かりが灯っているが、ほとんどの建物が寝静まっていた。


「くそ!」


 珍しく悪態を吐いた女帝陛下は、椅子に座り直し、水を飲んだ。


「今は案ずることはありません。すぐには外征をしてこないでしょう」

「ええ……。この辺りのモンスターは、ドーラやローレストにいるモンスターとは桁違いに強い――――あ!」

「そうだ。その兵器があれば、モンスターなど恐れることなく、進軍する事ができる」


 マキシア帝国が西に勢力を拡大出来たのも、東にチヌマ山脈という剣呑な山々が存在したからだ。そしてカールズの時代に西のローレスト三国と同盟を築くことができた。


 東と西を抑えたことで、カールズは内政に専念し、帝国の支配を盤石なものにしたのだ。


 だが、その構図を崩されれば話はまるで違ってくる。

 ウルリアノ王国のような好戦的な国がマキシアを攻めれば、他の国も便乗する可能性が高い。さらに同盟を組んで、ウルリアノ王国が兵器を他国に売り、モンスターの脅威を排除すれば、侵略は容易になってくる。


 そうなれば、一気に60年前のオーバリアントに戻ってしまう。

 いや、それ以上の地獄が待っているかもしれない。


 それはライカはもちろん、宗一郎や父カールズが望む世界ではない。


「どうしたらよろしいでしょうか、お姉様」


 クリネが心配そうに自分の腰布を引っ張る。


 その顔を見ながら、ライカは自身を落ち着かせるように柔らかいブロンドの髪を撫でた。


 ――ともかく、落ち着け、私!


 エタリヤの言うとおり、すぐにウルリアノが攻めてくるわけではない。


「まずは、その兵器を抑えないとな」

「はい。正解です。しかし、その兵器の数がわからなければ、イタチごっこになるでしょう」

「私がウルリアノ王国に潜入して、探ってきましょう」


 手を挙げたのは、マフイラだった。


「幸い、ウルリアノ王国のギルドには、知り合いが働いています。アラドラと兵器のことについて調べて参ります」

「私も同行しよう」


 ライカの提案に、マフイラは静かに首を振った。


「陛下はさすがにお顔が……」

「む。確かにな」

「フルフルが行くッスよ」


 元気良く手を挙げる。


「フルフルなら、顔はわからないはずッス」

「わかった。頼めるか、フルフル殿」

「もちろんッスよ。……くぅ! 新しい国とか楽しみッス!」

「まあ、好奇心旺盛なのはいいが、あくまで調査とマフイラ殿の護衛だからな。忘れないでくれよ」

「わかってるッスよ。……なんか日に日に言い方が、ご主人っぽくなってきたッスね」

「そ、そうか……」


 白い肌に、ポッと朱が差した。


「残ったクリネたちは引き続きアラドラの動向と、その兵器の在処を探せばいいんですのね?」

「私の方でも、情報を集めておきましょう」

「エタリヤさん、ありがとう」

「主から協力せよと言われていますので」


 エタリヤは相変わらず澄ましていたが、その顔は若干赤くなっているような気がした。


「ともかく、これで――」


 息を吐きながら、ライカの顔が下を向く。

 マフイラは心配そうに見つめる。


「宗一郎様のことは……」

「言わないでくれ。絶対に助けてみせる。そのために今は、帝国にとって――いや、オーバリアントにとっての大事を片づけなければならない」


 もし逆の立場でも、宗一郎ならそう選択したはずだ。


 ライカと宗一郎の総意は「オーバリアントの平和」……。

 カールズの意志を受け継ぐことだ。


「ヘステラ子爵家の情報網を利用して、裁判を遅らせるように取りはからいましょう」

「そんなこと出来るんですか?」

「ここで偉いのは、アラドラでもなければ、ライカ陛下でもありません。商人なのですよ。努々お忘れなく。ジーバルド様の口添えがあれば、裁判をなくすことはできなくとも、遅らせることはできるはずです」

「何から何まですまない」

「頭を下げることはありません。……私はあくまで“協力せよ”と申しつけられただけなので」

「エタリヤさん。もしかしてその文言を拡大解釈をして無理なことをしているのではありませんか?」

「いいえ。……私は言いつけを守っているだけですよ」


 やはり澄まし顔で答える。

 クリネはそれを見ながら、思わずプッと吹きだしてしまった。


 さて、とエタリヤは立ち上がる。


「そろそろお暇いたします。そろそろ主の就寝時間ですので」

「なんスか? ジーバルド君は、子守歌がないと寝られないッスか?」

「フルフル様! 折角の協力者になんて言いぐさ――――」

「…………」


 エタリヤを見ると、眼を大きく広げて「何故、それを知っている」という風に表情を歪めていた。


「え? 本当なんですか?」

「……冗談ですよ。失礼しました」

「その割には、汗が出てますけど」

「食あたりです。では――――」


 エタリヤは半ば強引に突っ切り、宿の入口へと向かう。

 すらりと細い足が、つと手前で止まった。


 クリネを見る。


「もう1つ、伝言があることを忘れていました」

「伝言?」

「閣下からです。『デート、楽しかった。何卒息災に』と」


 クリネは胸の前で手を組み、大きく息をした。

 確認するまでもなく、その顔は上気し、耳まで真っ赤になっている。


 エタリヤはやはり無表情でそれを見つめた後、スカートを摘んだ。


「失礼いたします」


 黒のワンピースと白のエプロンを翻し、女給仕はライーマードの夜に消えていった。




 外の夜よりも暗い地下の一室で、叫声と鋭い音が響いていた。


 衛兵が詰める屯所の地下。

 容疑者などを閉じこめておく留置所の中でも、もっとも不衛生な地下牢から聞こえてくる声と音は、次第にヒートアップしていく。すでに現代世界の時間でいうところの2時間ほど続けられていた。


「おらぁ! どうだ! このぉ! 痛いか! 吐け! 吐けよぉ!!」


 叫びながら、鞭を振るう。

 赤髪に赤い眼。背の低い――少年といっても差し支えないような――童顔の男は、顎を開けて、荒く息を繰り返した。


 目の前の鎖に繋がれた男を睨む。


 如何にも高価な鎧を身につけているが、帯剣はしていない。

 だが、今のその手に握られているのは、硬い野生動物の表皮から作られた鞭だ。


 自称冒険者最強を謳うミスケス・ボルボラは、拷問していた男を観察する。


 一言で説明できる。


 全く無傷だった。


 何十発、いや何百発と鞭を振るっているのに、だ――。


「おい。どうした? もうしまいか? 随分と息が上がっているようだが」


 魔女の汚名を着せられた男――杉井宗一郎は、顔を上げる。


 綺麗なものだ。

 着ている奇妙な服にも、綻び1つない。


「何故、当たらないんだよ。お前!!」

「…………。企業秘密だ」

「くぅ~~!」


 ミスケスは鞭の先を握り、U字になるまで曲げた。


 その鞭が宗一郎に当たらないのは、もちろん因果律操作によるものである。


「ところで、聞いておきたいんだが……」

「ああ?」

「お前のような冒険者が、なんでアラドラなんかに付いているんだ?」


 聞けば、ミスケスはアラドラの護衛役として雇われているという。


「冒険者最強云々はともかく……。最高レベルを持つ冒険者が人の護衛とは、随分ともったいない使い方だと思うが」

「アラドラさんを悪くいうな。……まあ、あんな容姿だから誤解されることも多いが、仕事はいたって真面目だぜ」

「ほう……」

「冒険者の気持ちも汲んでくれるし、何より仕事を持ってきてくれる。モンスター退治をギルドに丸投げして、何もしてくれない国よりは、よっぽど信頼がもてる」

「なるほど」

「それにあの人はでっかい事をやろうとしている」

「なんだ、それは?」

「ギルドが中心となって、今度こそオーガラストを倒すのさ」

「また冒険者を集めるのか?」

「違う。今度はギルドという組織がオーガラストを倒すのさ。俺たちの親分が、本腰を上げるってことだ」

「ギルドは中立な組織で、各国に非武装も約束している。それを破るということか?」

「そんなの建前だろ? ギルドは多くの冒険者を抱えている。その数はもうすぐ各国の軍の数を超えるって話だ。ギルドはな。もはや国よりも強い組織なのさ」

「ギルドを使い、世界を変えるか……。お前はその先兵になるつもりか?」

「おおよ」

「なるほどな……」


 宗一郎は瞼を閉じる。ゆっくりと口角を上げた。


 その表情を見て、ミスケスの顔に青筋と皺が寄る。


「何がおかしい」

「如何にも頭が悪そうだと思っていたが、やはり頭が悪いなと思ってな」

「なんだと!」


 鞭を振るう。

 しかし、やはり当たらない。


 宗一郎は涼しい顔だ。実際、鞭の風圧を気持ちよく思っていた。


「ギルドや冒険者が世界を制してどうなる? 結局、その先にあるのは、統一された世界ではなく、ギルドや冒険者同士で相争う醜い世界だと思うがな」

「…………!」

「お前のようなヤツが頭を使って小難しいことをやろうとしても、無駄なあがきだぞ」


 賞賛の言葉は、ミスケスを馬鹿にしているように聞こえた。


「どうしてそう歪んでしまったのか知らないが、お前は本来真っ直ぐな人間だろ?」

「お前に何がわかる!」

「史上最高レベルなんて、その年で達成しているのだ。形振りかまって達成できるものでもないだろう……」

「うるせぇ!!」


 また鞭を振るう。

 鋭い音を立て、壁を叩いた。


「知ったような口を聞くな、魔女が!!」


 黒マントを翻し、ミスケスは鞭を投げ捨てた。


「もう終わりか? だったら、鎖ぐらい外してくれ」

「うるせぇ。俺様に指図するんじゃねぇよ」


 ミスケスは牢獄を出ていった。


よく考えたら、久しぶりにあまり主人公が出てこないシリーズだな。


明日も18時に更新します。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作はじめました! よろしければ、こちらも読んで下さい。
『転生賢者の最強無双~劣等職『村人』で世界最強に成り上がる~』
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ