第38話 ~ おかしいですか? 可愛いと思いますが ~
第4章第38話です。
よろしくお願いします。
宿屋の女将が出ていくのを、青い顔で見送った一行は、最初の体勢に戻る。
結局、フルフルの情報はどれも男や女がらみの情報で全く役に立たなかった。
ただ無為な時間が過ぎていく。
赤い陽の光が射しこんでいたガラス窓の外は、すっかり闇に染まっていた。
そんな中、入口の方で足音が鳴る。
静かな革靴の音には、どこか気品を感じさせた。
客かもしれない。
「すまないが、女将は今――――」
真面目なライカは席を立ち、対応しようとした。
半歩進んだところで、その足は止まる。
「そなた……」
瞼が大きく持ち上がる。
姉の反応に気付いて、クリネも視線を入口に向ける。
「あ……」
口を開けた。
「珍しいですね。あなたたちはもっと騒がしい人間だと聞いていましたが。何かお通夜でもあったのですか?」
3人の前に現れたのは、シックな黒のドレスに、白のエプロンを着た女性給仕だった。
黒髪をさっと腰まで垂らし、理知的な黒縁眼鏡を光らせ、3人を視界に捉える。
「エタリヤさん」
「ご無沙汰しております。クリネ殿下」
スカートをつまみ、優雅に一礼してみせた。
「何故、ここに?」
ライカやクリネの因縁の相手ともいえるヘステラ子爵。
その給仕が突然、宿に現れ、困惑した。
初対面のマフイラは1人蚊帳の外に置かれ、様子を見守っている。
「あなたたちに会いにきた以外、こんなボロ宿に来る必要なんて私にはありませんよ」
澄ました顔で、返答した。
「なんだ? 何か難癖をつけにきたのか? 残念だが、あなたの上司の上司に当たる人間は今――――」
「“魔女”の告発を受けて、牢屋の中……。相違ないですか?」
「あ、ああ……」
「何故、そのことを?」
クリネは再会の余韻に浸る間もなく、事情を尋ねた。
「さっきお姉様が仰られたじゃありませんか。杉井様は私の上司の上司。その状態を知らないわけにはいかないでしょう」
「どこから情報を?」
「尋ねて答えられる情報なんて、たかがしれますよ、クリネ殿下。情報というのは、時に宝石よりも価値あるものです。相応の対価を払わねばなりません」
先ほどやりとりを聞いていたかのように、エタリヤは言葉を返す。
しかし、その重みは、発言した本人とはまるで次元が違った。
「ならば、その情報をどう活かすのだ? 上司が捕まったから、命じられた温泉経営から撤退するというのではないだろうな」
ふふ……。
エタリヤはわずかに笑ったような気がしたが、やはりその表情は読めなかった。
ライカの方に歩いてくると、テーブルに座る。
円テーブルに、クリネとマフイラも集まり、ライカも座り直した。
「私は上司から言われてやってきただけです。あなた方に協力せよ、と」
「ジーバルド様が……」
クリネは驚いた。
温泉の経営権を奪い、自分が作った温泉宿を木っ端微塵にした張本人が、投獄された。
さぞ高笑いが止まらないだろうと思いきや、まさか協力を申し出ると思わなかった。
意外――。
という顔が、ライカとクリネからありありと読みとれたのだろう。
エタリヤはそれを見逃さず、軽く息を吐いた。
「我が主に対して、少々誤解しているようなので言っておきます。ジーバルド様はあなた方に復讐心や嫉妬心といったものを持っておられません」
「本当か?」
「我が主は、良くも悪くも貴族である前に商売人です。むしろ、帝国からのお墨付きをもらえたことによって、張り切ってるぐらいですよ」
「そ、そうなのですか?」
クリネはまだ安心できない様子で、胸の前で手を組んだ。
「むしろ、怒っていらっしゃいますよ」
「怒る?」
「経営者として名を連ねる杉井様が、“魔女”として捕まった。その風評被害を心配して、怒っていらっしゃいました」
「ジーバルド様もエタリヤさんも、宗一郎様は潔白だと信じていらっしゃるのですね」
「あの方が“魔女”……」
ふふ……。
また一瞬、笑ったような気がしたが、依然としてエタリヤの顔は無表情だった。
「ご冗談を……。あの方が“魔女”なわけないでしょう」
ライカとクリネは、理解者が現れた事に、顔を輝かせた。
「あの方は“魔女”なんて可愛いものであるはずがないでしょう。控えめにいっても、“魔女”以上の化け物であることは確実です」
途端、2人の皇族姉妹は苦い顔を浮かべた。
「それでどのように協力してくれるのですか?」
「こちらのエルフの方は?」
質問したマフイラの方を向く。
「マフイラ・インベルターゼと申します。ローレスト三国のドーラという街のギルド職員をしています」
「元ライーマードのギルド副所長だ」
「ああ……。討伐隊の責任をとって、異動したという」
「そ、そんなかっこのいいものではありませんけどね」
「失礼しました。私はヘステラ家に使える給仕でエタリヤと申します」
「後で話すが、マフイラ殿が来る前に少しあってな」
「そうだったんですか……」
「ところで……」
エタリヤは眼鏡のズレを直す。
「先ほどから私の後ろで、何かカチューシャのようなものをかぶせようとしているこの変態チックな女の方はどなたですか?」
「うお! ばれてたッス!」
「ちょっとだけ会ってると思うが、改めて紹介すると、宗一郎の従者の――」
「肉奴隷1号フルフルっス!」
「肉奴隷? 杉井様にはそんなご趣味が?」
「わ、私の方を向いて尋ねないでくれ! い、一応、宗一郎の名誉のために言っておくが、あやつにはそんな趣味はない」
「本当に?」
何故かギラリと眼鏡が光る。
「断じてない! …………と、思いたい」
最後の方だけ、小さな声で付け足した。
「いやー、でも異世界のメイドさんっていかにもメイドさんっぽいッスよね。コスプレとかじゃなくて業務として着ているからスかね」
「コスプレ?」
「そのヒラヒラのエプロンとかどこで買ったんスか? ハンズっスか?」
「ハンズ? よくわかりませんが、これは自分で作ったんです」
「自分で?」
「おかしいですか? 可愛いと思いますが」
エタリヤの無表情からよもや「可愛い」という単語が飛び出すとは思わず、一同は面をくらってしまった。
自己紹介が済んだところで、エタリヤは本題に入った。
「ライーマードのギルド副所長アラドラ様について、色々と嗅ぎ回っていたそうですね」
「そんなことまで知っているのですか?」
「噂話は一瞬で千里を駆けますよ、殿下。……ちなみに聞いておきますが、成果は――――といっても、先ほどの様子では無駄足だったようですね」
「ああ……。その通りだ」
無念そうに、4人は俯いた。
「先ほども言いましたが、尋ねて答えてくれる情報などたかが知れます。特に商人は情報も価値あるものに変えようとします。むしろあなたが尋ねたことによって、価値が上がっている頃でしょう」
「あなたやジーバルドも、対価を求めるか?」
「私は主に協力せよと命じられただけです。情報を取り引きしろとはいわれていません」
クリネはほっと胸をなで下ろす。
「では、まずギルドが何故、オーガラスト討伐のクエストを取り下げ、渓谷への入山を取り締まっているかということからお話しましょう」
自然とライカ、クリネ、マフイラ、そしてフルフルは、エタリヤの方に顔を寄せた。
「どうやらまたギルドが中心となって、オーガラストを討伐するためのようです」
「また冒険者を集めるつもりか?」
エタリヤはゆっくりと首を振って、否定した。
「では、どうやって!」
「落ち着くッスよ、ライカ」
立ち上がった女帝陛下をいさめ、フルフルは椅子に座らせる。
場が落ち着いたのを見計らい、エタリヤは言葉を続けた。
「皆さん、今日未明に見た光と煙のことは知っていますね」
頷く。
「あれは【太陽の手】といわれる魔法兵器です」
「魔法……」
「……兵器」
「何故、あなたがそんな武器の名称まで知っている?」
「ヘステラ家はライーマードでかなり顔が利きます。大商人とのパイプもあり、むろんそれはギルドとて、例外ではありません」
「それって――」
「はい。有り体にいえば、未明に炸裂した兵器を使って、ギルドはオーガラストを討伐しようと考えているようです」
「た、確かに……。あれほどの兵器ならば、オーガラストを倒すことができるかもしれない」
「それだけではないでしょう……。おわかりですか、陛下?」
エタリヤの眼鏡が上がる。
その視線は、顔を青ざめさせたマキシア帝国皇帝を捉えた。
クリネが心配そうに姉の肩に手を置いた。
「お姉様……」
「それは絶対ダメだ」
「え? でも、オーガラストを倒してくれるなら」
「クリネ、問題はそれだけじゃないッスよ」
「え?」
「オーガラストに兵器を向けるということは、つまりファイゴ渓谷――ひいては、チヌマ山脈に向けられるということ」
「……そうだ」
ようやくライカは声を絞り出す。
「もし、フルフル殿が報告した通りの兵器がチヌマに炸裂すれば……」
「おそらく山諸共、消滅するでしょう」
エタリヤは静かに瞼を閉じる。
「ファイゴ渓谷の狭い谷がなくなれば、マキシアの後方の守りが崩されると同義だ」
「あ……。ウルリアノ王国に対する守りがなくなる」
「しかも、帝国の兵はエジニアに向かっている最中ッスよ」
「まずい!」
ライカは椅子を蹴って立ち上がった。
先にいっておくと、ジーバルドの再登場は今のところ予定はありません。
上司を差し置いて、登場するメイドの鑑……。
明日も18時に更新します。
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