第35話 ~ 最初は痛いと思うッスけど、意外とこれが気持ちよく ~
第4章第35話です。
よろしくお願いします。
フルフルがようやくライカたちに合流できたのは、その日の未明だった。
マフイラとの再会を懐かしむ間もなく、まだ夜が明けない商人の街で響き渡ったのは、悪魔の叫びだった。
「ご主人が捕まったんスか!?」
「ああ……」
ライカは肩を落とした。
側にはクリネも立っていて、姉と同じくしゅんとしている。
「そうッスか。とうとう……」
項垂れる主人の婚約者の様子を見て、珍しくフルフルも同情の顔を浮かべる。
そして細い肩をぽんと叩いた。
「いつかはやると思ったッス……。でも、元気出すッスよ、ライカ」
「フルフル殿。いつかとは?」
「最初は痛いと思うッスけど、意外とこれが気持ちよく――」
「いや! だから何を話しているのだ!!」
「――え? ご主人、とうとうライカを襲ったんじゃないんスか?」
「おそ――――」
「無理矢理はめられたライカがとうとう怒って、衛兵に付きだした、と」
「な、なにを……」
「いつかやるんじゃないかと思ったッスよ。……だから、フルフルという性の掃き溜めがいたのに。ずっとオ○禁してるから」
うんうん、とフルフルは頷いた。
その様子を見ながら、何故かマキシアの姉妹は顔を見合わせ、力強く頷いた。
そして――。
プローグ・レド!!
魔法がフルフルに炸裂した。
「うわっちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃ!!」
水を求めて、フルフルは宿の前で転げ回る。
近くの桶に頭を突っ込んだものの、爆風ですべて吹き飛んでいた。
【二級水系魔法】ネロ・カニム!
炎を纏って彷徨う悪魔に、今度は水の砲弾を撃ち込まれる。
諸に受けたフルフルはそのまま建物の壁に叩きつけられた。火は消されたが、金色の眼はくるくると回っていた。
フルフルはべろをぺろりと出して、舌足らずの言葉で抗議した。
「ちょ、ちょっと……! 最近のクリネの愛情表現があ、あまりに過激……」
「愛情表現ではありません。単純に怒っているのです!」
「まったくだ。――こっちは本気で落ち込んでいるんだぞ」
「…………」
眼を回していたフルフルの顔が、途端に真剣になる。
そして言った。
「『落ち込んで、何かが変わるなら一生そうしているがいい』」
ふと悪魔の口から出てきた言葉に、その場にいる全員が驚く。
口にした者以外は――。
「そう…………いち……ろう…………?」
「今のは声真似ッスよ」
「な、なんだ……」
クリネががっくりと肩を落とす。
だが、声真似というレベルではなかった。
側に宗一郎がいて、本当に喋っているような気がした。
故に、皇女の落胆は大きかった。
「けど……」と逆接が聞こえた時、その小さな顎が再び上がる。
「ご主人なら、そういうと思うッスよ」
「「「あ……」」」
3人の声が重なる。
フルフルは少し悪戯っぽい――でも、何か少し困ったような笑顔を浮かべた。
「何せご主人は意識が高いッスからね」
いつもの言葉を宣言した。
「大地が消滅するほど力だと……」
フルフルたちの報告を聞き、ライカは戦慄した。
クリネもギュッと姉の腰布を掴んだ。
マフイラはいまだ信じられないという風に、その光景を映した眼鏡を拭いた。
「私もびっくりしました。プリシラ様の力無しに倒せなかったモンスターの命を、あっさり刈り取り、かつオーバリアントを震わせるほどの力なんて想像もできません」
「だが、事実なんスよね。これが……」
「魔法なのか?」
「現状ではそれしか考えられません。おそらくレベルアップすることによって得られる魔法でもないと思います。ギルドには5級の魔法まで登録・確認が行われていますが、たとえその先の6級があったとしても、あそこまでの威力はないでしょう」
フルフルは顎に手を当て、1人黙考する。
プリシラが設定した魔法は、おそらくモンスターを【倒す】ことにあって、殺傷することにはない。
オーバリアントで害悪のはずのモンスターを倒せない。
何故、そのようなシステムにしてあるのか、女神に問いたださねばならないが、十中八九モンスターを【殺す】魔法は、どんなにレベルを上げても覚えることはできないだろう。
推測が正しければ、あの核爆弾のような力はプリシラのシステムによるところではない。
気になるのは、これがゲーム世界となったオーバリアントに起きたイベントであることだ。
だが、フルフルの記憶によれば、これほど残虐なイベントはない。
残された可能性は、人為的なものとしか考えられなかった。
「それにウルリアノ王国が絡んでいるのか?」
「それも推測です」
「しかし、自国の領内でそんな残酷な――」
「試射じゃないッスかね?」
「テストということですか?」
フルフルはクリネに向かって頷いた。
「ということは、本番があるということか……」
「ちょっとお待ち下さい。では、一体今度は、どこに――――」
「ウルリアノ王国が大量破壊兵器を打ち込みたい相手なんて、少ないと思うッスけどね」
――――――――――――――――!!!!
フルフル以外の3人は同時に息を飲んだ。
「マキシア……」
「我が国か」
「ウルリアノとマキシアは、今でこそモンスターの跋扈によって不戦条約が結ばれていますが、その仲はいまだにいつ戦争が起きてもおかしくない状況ですからね」
戦争をしないための商業自治区という緩衝地帯。そのためにファイゴ渓谷があるといっても過言ではない。
実際、ここ20年以上は、帝国から使者すら送ったことはない。
その内情は間諜によって伝え聞いてはいるが、依然として強大な国であることに変わりはなかった。
「思えば、ウルリアノ王国ほど、モンスターを倒せる兵器を欲している国はないだろうからな」
「どういうことッスか?」
「ウルリアノ王国は元々盗賊が建てた国なのだ。といっても、もうお伽話レベルの昔話だがな」
「なので、とても好戦的な王が選ばれる傾向にあって、その仕事の半分以上が外征だと言われています」
「正直に言うと、チヌマ山脈がなかったら、マキシア帝国の版図は大きく変わっていただろうな」
「大好きな外征がモンスターによって自由に出来なくなったってことッスね」
それぞれ深く頷いた。
クリネはまた俯き、深く息を吐いた。
「宗一郎様がいない時に……」
「クリネ」
ライカは妹の頭に手を乗せる。
「なんでも宗一郎に頼るな。これはマキシアとウルリアノ――両国間の問題。我々皇族が処理しなければならないことだ」
「あ、はい……。そうですね、お姉様」
「宗一郎が捕まったのもそうだ。オーバリアントの法令上の問題でもある。……それを正すのは宗一郎の役目ではない」
「ふふん。やっとライカらしくなってきたッスね」
「これ以上、フルフル殿の口から宗一郎の言葉を聞きたくないからな」
「む! 『どういうことだ。ライカ』」
「やめないか、フルフル殿」
「『ライカ、好きだ』」
唐突に、宗一郎の声で告白を受け、ライカの顔が一気に赤くなる。
「だ、だからやめ――」
「ふ、フルフル様……。わ、わたしも一言――」
「……な、何を言っているのだ! クリネ!」
「『クリネ、好きだ!』」
「きゃああああああああああ!!」
顔を抑えながら、クリネは全力で赤くなる。
「じゃあ、私もお願いできますか?」
「『マフイラ、好きだ』」
「お、おふぅ……。こ、これは、これでなかなか刺激的……」
マフイラは曇った眼鏡をローブの袖で拭いた。
「やめろ、お前たち!! 宗一郎の声で遊ぶな!」
「『ライカ、結婚してくれ!』」
「な、何を言っているんだ、宗一郎――――はっ!」
「ぷははは……。とうそう間違ったッス!」
フルフルはくの字になって爆笑する。
「フルフル殿!!」
「わ、待つッス。あ、いや……『待て、ライカ。オレだ』」
「問答無用!!」
ライカは細剣による突きが、フルフルに向かって乱れ飛んでいった。
今日のサブタイだけをみて、まさか本当に直接的な表現とは思うまいて……。
明日も18時に更新です。
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