第34話 ~ 角はデリケートポイントなんスよ ~
第4章第34話です。
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謎の爆発によって生じた爆風は、ライーマードも襲った。
その衝撃は、チヌマ山脈の硬い岩盤によって減衰したが、ファイゴ渓谷をすり抜けた風が麓にあった商人たちの自治区を直撃する。
簡素な露店は一瞬にして吹き飛ばされ、白壁の一部が剥げ、木製の屋根板がめくり上がった。
なす術ないまま捕まった伴侶を思いながら、眠れる夜を過ごしていたライカも、突っ伏していた食堂のテーブルから顔を上げる。
2階から慌ててクリネが降りてくる。
姉妹が揃って、宿を出た時には、ライーマードの街は嵐にあった後のように荒れ果てていた。
荒れ狂う暴風が、両者の黄金の髪をかき乱す。
それを手で押さえながら、発光する山向こうを見つめていた。
「なんだ、あれは……」
碧眼に映ったのは、禍々しい雲の柱だった。
大気の状態が落ち着いたのを見計らい、フルフルとマフイラは現地に向かった。
風は収まったが、今だ空気が微震し、「ゴゴゴ」という火山の噴火を思わせるような音が続いている。
「ふーむ。放射能とかは大丈夫そうッスね」
「…………」
フルフルはペロリと空気を舐める。
その背中の上で、マフイラは立ち上った禍々しいキノコ雲を見つめていた。
場所はライーマード、チヌマ山脈を越えたウルリアノ王国領内だった。
ウルリアノ王国はオーバリアントの中では北にある大国だ。
夏季は乾燥し、冬季は厳しい寒さに襲われる。そのため背の低い草花が多く、樹木の少ない平原が国土の半分を占めている。
その爆心地も平原のど真ん中だったが、大地は蹂躙され、野草や野花は完全に吹き飛んでいた。
代わりに存在したのは、モンスターの死骸だった。
真っ黒に焼け焦げ、あるいは体肌が溶けた姿が、あまりに凄惨で、マフイラは思わずえずいてしまった。
さすがのフルフルも顔をしかめる。
核爆弾は好きだが、さすがに使用された惨状を見るのはあまり好ましくない。
喜ぶのは死神くらいだろう。
しかも、これは核ではないのだ。
「あのフルフルさん? さっきの“核”ってなんですか?」
「ああ……。フルフルの世界にあった強力な爆弾ッス」
「爆弾?」
「ああ。簡単に言うと、強力な魔法みたいなものッスよ。しかもそれは恐ろしいことに、爆発した途端、大量の毒をまき散らすから始末が悪いッス」
「毒――――?!」
「大丈夫ッスよ。この爆弾は無害みたいッス」
反射的に口を袖で隠したマフイラは、その手でホッと胸をなで下ろした
問題はオーバリアントでこれ程のエネルギー量を放射できる技術があるということだ。考えられるのは魔法だが、プリシラが設定した魔法の中にはない。
とすれば、エルフ――――オーバリアントに元々あった古代魔法を持ち出した可能性が高い。
厄介なのは、この魔法がモンスターを殲滅できる力を持っているということだ。
多少難があっても、国はこの力を欲するだろう。
そしてモンスターを倒した後、その矛先は自然と人間の方へと向かう。
そうなれば、兵力も国力も関係ない。
ただ――その古代魔法を多く運用できた国が、オーバリアントを統べることになる。
それはもっとも主人が嫌がる結末であることは容易に想像できた。
「とりあえず、ご主人にご報告ッスね」
「フルフルさん!」
マフイラはフルフルの角を掴み、強引に首を向けた。
「ちょ、マフイラ! 角はデリケートポイントなんスよ。ちょっと感じちゃったじゃないッスか!」
「ふざけてないで見てください! あれ、あれ!!」
「べ、別にふざけてなんか――――ん?!」
金色の瞳が見つけたのは、数十名で構成された騎馬隊だった。
皆、当然武装し、広い爆心地に散らばっている。どうやら何かを探しているらしい。
「あれ? ウルリアノ王国の騎馬隊ですね。鎧に紋章が……」
「さすが詳しいッスね」
「何をしているんでしょうか?」
「爆発の現地調査にしては、対応が早すぎッスね」
「じゃあ……。この爆発の張本人?」
「可能性は――――危ないッス」
フルフルは強く羽ばたき、急旋回する。
すぐ目の前で矢が飛んでいった。しかもゴールド製ではない。
普通に殺傷能力をもった鏃だ。
眼下を見つめると、騎馬に乗った男がこちらに狙いを付けていた。
爆発であちこちから火の手が上がり、場は明るいとはいえ、月もない夜。その空の色に同化するような黒い肌の悪魔を見つけるとは、よほど夜眼が利くらしい。
相手はたかだか数十騎の騎兵。その装備も原始的だ。
フルフルの敵ではないが、さすがにマフイラを乗せては難しくなる。
判断に迷っていると、今度は地上から魔法が放たれた。
無数の大気の鎌がフルフルに殺到する。
これも悪魔は急旋回と急上昇をうまく使って逃れる。
「フルフルさん」
「興味はあるッスけど、一旦退却するッスよ」
「わかりました」
さらに矢が地上から放たれる。
フルフルは旋回してかわす。
強く羽根をはばたかせると、上昇した。
夜の闇に完全に同化し、首をライーマードに向けた。
石壁に覆われた堅牢な牢屋の中で、宗一郎は地上の震動を感じ取っていた。
片目を開ける。
半覚醒状態にあった身体を、自らの意志で起こした。
「ちょっと……。何かしら」
手を開く。
いつの間にか握りしめていたブローチの宝石の中で、アフィーシャが眠い眼を擦った。
宗一郎は顎を上げる。
小さな埃が落ちてくる。時々、何か崩れるような音が聞こえた。
「嵐でも来たのかしら?」
嵐にしては様子がおかしい。
それに宗一郎の見立てでは、しばらく晴天が続くはずだ。
昨日の今日で、いきなり嵐が来るのはおかしい。
「モンスターか?」
「ドーラのようなことが起こってるってこと? その割には悲鳴のようなものが聞こえないかしら……」
同感だった。
「人為的なものだとしたら……。アフィーシャ、何が考えられる?」
「むふふふ……。人が大地を震わせるほどの強大な力。ぞくぞくするけど、現実的ではないかしら」
「ならば、お前たちならどうだ?」
「…………」
ほのかに香る程度に紫を垂らしたような白眉が、わずかに動く。
宗一郎がその反応を見ることはなかったが、比較的お喋りなダークエルフが沈黙したことだけで、十分に伝わった。
「これはオレの推測だが、ダークエルフというのはおそらく遺伝子レベルでこの世界の破滅のために生きているような種族なのだろう?」
「いでんしレベル……かしら?」
「本能的とでもいうのか」
「ああ。……あながち表現としては間違っていないかしら」
「そしてお前たちがバラバラに動くのも、他人を信用しないというよりは、各々が考える世界滅亡のプランが違うからではないか?」
また沈黙するが、その口元は明らかに笑っていた。
「たとえば、お前は人とモンスターをいじることによって、強力な生体兵器を作ろうとした。かつてこのオーバリアントにモンスターを呼び込んだエルフも、異世界との扉を開いて、滅亡を狙った」
「…………」
「そして、中には大量破壊兵器のようなものを用いて、世界を焼き払おうと考える輩もいる」
「つまり、あなたはこの騒動がダークエルフの仕業だといいたいのかしら?」
「あくまで推測だがな。オレが今持つオーバリアントの知識の中で、こんな大騒動を起こすのは、お前たちぐらいしかいないからな」
「まあ、心外……かしら。……でも、当たらずとも遠からずってとこかしらね」
「いるのか? そんなエルフが?」
「さあ……かしら。あなたも言ったようにダークエルフは群れないし、個体数も少ない。何より興味もないしね。だから、私の回答は“知らない”かしら」
「なるほどな」
「宗一郎……。あなたはどうするのかしら?」
宗一郎は肩を竦める。
そのまま石壁に寄りかかった。
「残念ながら、塀の中の人間でな。オレの行動範囲は、この4畳にも満たない小さな牢屋の中だけだ」
「いつでも出られるくせに……」
「ライカに任せる。……どうも陛下は、オレに甘えすぎているようでな。ここらで初心に戻ってもらわなければ」
はあ……。
アフィーシャは深く息を吐いた。
「あなたって、本当に意識が高いわね……かしら」
微震が続く中、ダークエルフの少女は宝石の中で横になった。
宗一郎も眼をつぶる。
数分後、小さく寝息を立て始めた。
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これからも『その現代魔術師は、レベル1でも異世界最強だった。』を
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明日も18時に更新です。
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