第33話 ~ なんかの回しプレイかなって ~
第4章第33話です。
よろしくお願いします。
肩の近くまで伸ばした濃いブロンド。
少しつり上がったヘーゼルの瞳。
ほっそりとし、白い肌の体躯。
何より眼鏡と、特徴的な横に張り出した耳介は忘れもしない。
「こんなところで会うなんて奇遇ッスね」
「そ、そののののの…………こええええ…………フルフルるるるるさんんんん」
回転しているからだろう。
マフイラの声が、扇風機に向かって「あ゛あ゛……」と声を出した時みたいに震えていた。
「そっスよ。みんなのアイドル、フルフルたんッスよ」
「ご、ごごごごぶさたたたたたたしてますすすすすすす」
「おひさッス! ところで聞いてくださいよ、マフイラ」
「ここここんななななじょうたいいいいいいいのわたしでよよよよければばばば」
「最近、ご主人がすっごく冷たいッスよ。……なのに人使い荒いし。なんスか、こういうの。倦怠期っていうスかね」
「あののののの……。そのまえええええええにににですねぇえええええ」
「最近、セッ○スしようとするとすぐ逃げるし。そりゃあね。ご主人には、ライカっていう人がいるのはわかるッスよ。……でも、男の器量としてね。愛人の身体を満足させてあげるというのは必要かと思うッス」
「ふるふるふるふる……さんんんんのいいいいたいことはははははわかりりりましたかららららら……。だから、あののののの…………」
「わかるッスか。そっスよね。マフイラは愛人2号ッスもんね」
「わわわわわわわわたしはべつにににににあいじんなんてててててて……」
「ちっちっちっ! 隠しても無駄ッスよ。フルフルはこう見えて、男女の秘密を暴くのを得意とする悪魔ッスからね」
「だだだだだかららららちがいますすすすすすすす!」
「ああ……。話が変わるんスけど」
「ななななんでしょうかかかかかか?」
「すっごく回転してるッスけど、しんどくないんスか?」
「今、ツッコミますか、そこ!!」
思わず明確に怒鳴ってしまった。
「ははははやくとめてくださいいいいい」
「なんだ。止めてほしいなら早くいうッスよ」
そう言うと、器用に前足を使ってマフイラの回転を止める。
瞬間、落下しそうになるのを受け止め、フルフルはマフイラの背に乗った。
エルフの女は「ぜえぜえはあはあ」言いながら、青くなった顔に浮かんだ汗を拭う。
「あ、ありがとうございます。でも早く止めてほしかったです」
「いやー。なんかの回しプレイかなって」
「フルフルさんが言うと、すっごく卑猥に聞こえるのは私だけですか?」
「そういうのは聞こえたら負けなんスよ」
「うっ」
マフイラはポッと頬を染めた。
ようやく落ち着いてきて、周囲を見回す余裕も出てくる。
不意に自分が乗っているものの背中が、妙に獣じみた体毛に覆われていることに気付く。
馬よりも柔らかくすべすべしている。
眼鏡を上げて、今一度確認する。
蝙蝠――というよりは、飛竜のような大きな羽根。
獣のように突きでた顎門。馬のような蹄。
星に向かってそそりたつ大角。
その姿は異形――モンスターのようだった。
「ひ……ひ……」
「どうしたッスか? マフイラ?」
なのに、フルフルの声が聞こえてくる。
「ひやああああああああああああああああああああ!!」
星明かりに照らされ、雲海が下に見えるほどの上空――。
エルフの悲鳴が響き渡った。
「ば、化け物!」
マフイラは後ろに下がる。
だが、ここは空の上。逃げ場などあろうはずがない。
フルフルは脅えるエルフを呆然と見ていた後、前足をポンと叩いた。
「ああ、そうか……。マフイラは、この姿を見るのはじめてだったッスね」
「…………!」
「信じてもらえないかもッスけど……。正真正銘、マフイラもよく知るフルフルッスよ。どっちかっていうと、こっちの方が本来の姿なんス」
「ほ、本当にフルフルさんなんですか?」
「まあ、信じられないのは無理ないッスからね。……なんというか。オーバリアント的にいうと、フルフルは太陽なんスよ」
「太陽って……。バリアンのこと?」
神に磔にされ、太陽となった悪魔のことだ。
「そうッス」
「じゃあ、宗一郎様ってもしかして神さま……?」
「神さま……?」
ぷははははははは……。
フルフルは大口を開けて笑った。
「ご主人が神さまッスか。まあ、確かに神さまに喧嘩を売れるほど強いッスけどね。……フルフルから言わせれば、意識の高い――ちょっと奥手な普通の20代男性ッスよ」
「そうなんですか?」
「まだ怖いッスか?」
「あ……」
いつの間にか震えが止まっていた。
「何かいつも通り、フルフルさんと会話する感じで話してたら止まってました」
「それは良かったッス。……でも、威厳ある悪魔としては、なんか微妙な感じがするッスけどね」
「ふふふ……」
マフイラは口元を隠しながら笑う。
釣られてフルフルも笑った。
「ところで、マフイラが空を飛んでいたのって、ベルゼバブ様の仕業ッスか?」
「よくわかりましたね」
「あの人ぐらいしか思い当たらないッスからね。悪魔でもあんなことしないッス。正真正銘、悪魔ッスけど」
マフイラが空気の薄い上空で平気な顔をしていられるのも、今もうっすらと発動している――ベルゼバブが張った障壁によるものだろう。
「えっと……。やはりあの方も……」
「そっスよ。あれでもフルフルの上司ッス」
「あれ、ね……」
マフイラは乾いた笑いを浮かべる。
「マフイラはやっぱオーガラストと戦いたくてライーマードに行こうと?」
「あ、はい……」
宗一郎に「有給全部つぎ込んででも――」とお願いしていたマフイラだったが、思いの外オーガラストとの再戦が早まったこと。ドーラの復興がまだということもあって、断腸の思いで同行しなかった。
だが、やはり諦めきれなかったらしい。
「それもありますが、宗一郎様にお伝えしなければならないこともあって」
「伝言ッスか?」
「実は――」
ドーラに宗一郎の命を狙うルーベルという謎の人物が現れたことを話す。
「へぇ……。杞憂とは思うッスけどね」
「ですが、一応ご報告を」
「わかったッス。とりあえず、一緒にライーマードに行くッスよ」
「はい!!」
マフイラは元気よく返事した。
それが――まるで合図のようだった。
光の輪がオーバリアント全土を駆け抜けていく。
なに――?
疑問に回答する間もなく、雲海が一瞬にしてめくれ、爆風がフルフルとマフイラに襲いかかった。
いきなりのことで、フルフルは面を喰らう。
風に煽られながら、なんとか体勢を整えようとする。
「しっかり捕まってるッス!」
「はい――」
そして遅れてやってきたのは、地が裂くような轟音だった。
鼓膜が潰れそうな音に耳を塞ぎたかったが、それどころではない。
翼を閉じ、あるいは開きながら、暴れ回る風の波を受け流す。
フルフルの背中の上で、マフイラは体肌を引っ張るようにしがみついていた。全身を風で煽られながら、うっすらと片目を開ける。
はっと息を飲んだ。
「フルフルさん! アレ!!」
指さすほど余裕はないが、マフイラは真っ直ぐ顔を向けた。
フルフルは弱まりつつある風を制しながら、ヘーゼルの瞳の向く方を見つめる。
「あ――――」
早々驚くことがない悪魔が、思わず口を開けて声を漏らした。
その金色の眼を染めたのは、遙かに大きな光の塊だった。
次第にそれは収縮し、次に現れたのはキノコのような大きな雲だった。
フルフルがいる上空を遙かに越え、白い噴煙が立ち上っていく。
いくつか小規模の爆発と、空間が潰れるような震動と音が続いている。
風が止むことはなかったが、フルフルは翼を伸ばし、バランスを取った。
そして真っ直ぐに、恐ろしい雲を見つめる。
「な、なんなんですか、あれ……」
先ほどフルフルの正体を知って驚いた以上に、マフイラは声を震わせた。
背中にしがみつく悪魔は答えなかった。
ただ一言――オーバリアントの言葉ではない単語を呟いた。
「まるで核ッスね」
いつになくフルフルの声は真剣だった。
本来だったら、「まるで核ッスね」がサブタイトルとして適当なんだけど、
やっぱり欲望には逆らえなかった。
明日も18時に更新します。
よろしくお願いします。




