第32話 ~ オーバリアント最強の冒険者だ ~
第4章第32話です。
よろしくお願いします。
剣を突き立て、膝を折り、姫騎士ライカは胃液を吐き出す。
しかし、闘志は失わない。
緑色の瞳は依然として燃えさかっていた。
その視界に、ゴールド製の脛当てが映る。
かろうじて顔を上げた。
姫騎士の闘志をあざ笑うかのように、ミスケスが口端を歪めている。
「格の違いを思い知ったか、お姫様……」
「…………!」
「おっと……。お姫様じゃなくて、王様だったか。いや、皇帝様? まあ、この際どうでもいい」
「あなた、何者ですの?」
尋ねたのは、クリネだった。
花蕾の杖をミスケスに向け、眉間に小さく皺を寄せて睨んでいる。
「おいおい。今度はお嬢ちゃんがやろうってのか?」
「もちろんですわ。自慢じゃありませんけど、私はお姉様よりレベルが高いんですのよ」
「ほう……。そいつは、楽しみだ」
ミスケスは歯茎をむき出しにして笑った。
次いで駆ける。
一瞬にして、クリネとあった間合いを制圧。
魔法士の彼女に1文字も呪文を唱えさせなかった。
ミスケスは拳を振り上げる。
反射的にクリネは目を反らしてしまった。
が――。
「そこまでだ」
ミスケスの拳を取ったのは、宗一郎だった。
あまりの唐突な登場に、皆が唖然とする。
一拍遅れ、衛兵は宗一郎を縛っていた縄が解かれていることに気付く。
「宗一郎様……」
「そう、一郎…………」
クリネは尻餅を付く。
ライカはまだうずく腹の痛みを堪えながら、片目を開けた。
「やめておけ。ライカ、クリネ」
ミスケスではなく、ライカとクリネに制止を促す。
戸惑いながら、反抗の言葉を紡ごうとした瞬間、先に宗一郎が口を開いた。
「ちっ!」
ミスケスは手を振り払い、真正面から見据える。
そんなソードマスターを、宗一郎は指さした。
「この男……。強いぞ」
「や、やってみなければわからぬ」
ライカはようやく立った。
しかし思ったよりも強めに叩かれたらしい。膝が笑い、立っているのがやっとだ。
「お姉様!」
さすがに心配になったクリネが、姉に駆け寄る。
肩を貸すと、またライカは妹に寄りかかるようにしてまた崩れ落ちてしまった。
「ミスケスといったな。ただ者ではないな」
「あんたこそただ者じゃないな。拳に触られるまでわからなかったぜ」
「そいつを拘束しろ、ミスケス」
冷静に命じたのは、アラドラだった。
目にも留まらぬ戦技の応酬が行われていたというのに、汗1つかかず涼しい顔をしている。
よほどミスケスの実力を信頼していたのだろう。
「あいよ。……その前に、名前なんだっけ?」
「杉井宗一郎だ」
「俺はミスケス。ミスケス・ボルボラ」
と名乗ったミスケスは、さらにこう付け加えた。
「何を隠そうこの俺様こそがオーバリアント最強の冒険者だ……」
自分を指さし、得意満面の笑みを浮かべる。
だが、その笑顔に負けないほどの邪悪な表情を浮かべるものがいた。
対峙する現代最強魔術師である。
「ほう……。それは興味深いな。何を持って、オーバリアント最強なんだ?」
「まずレベルがギルドで登録されている最高値だ」
「参考までに聞いておこうか」
「聞いて驚け。190だ」
「ひゃく!」
「きゅうじゅう!!」
揃って驚いたのは、皇族姉妹だった。
宗一郎はただ「ほう」と声を上げる。
「なんだよ? 反応うすいなあ……。もっと驚いてくれてもいいんだぜ」
「別にレベルが高い低いなどオレには些末なことだからな」
「な――にぃ……。試してみるかい?」
「やめておけ。最高レベルの冒険者がレベル1に敗れたのでは洒落にならんだろ?」
「言うねぇ……」
「やめろ、ミスケス。挑発に乗るな!」
アラドラはミスケスの肩に手を置いて、引き留める。
しかし、最強の冒険者は宗一郎の方だけ見つめていた。
「アラドラさんよ。こいつがオーガラストを倒したって噂は本当かい?」
「事実として、オーガラストは生きている」
「だが、見たんだろ?」
尋ねたのは、宗一郎を「悪魔」と告発した神官だった。
「み、見た……。――そいつが悪魔になってオーガラストを……」
「けど、オーガラストは生きている。お前、本当にこいつが悪魔になるとこ見たのかよ?」
「そ、それは…………」
神官の男は言い淀む。
アラドラはたしなめた。
「いい加減にしろ、ミスケス。そいつを拘束しろ。今すぐだ」
「…………」
ミスケスはしばらく動かなかった。
ただじっと宗一郎を見た。赤い眼で。真剣に。
そして――。
「へーい」
めんどくさそうに頭を掻く。
ミスケスの敵意が失われたのを感じて、宗一郎は再び両の手を差し出した。
再びミスケスの「ちっ」という舌打ちが響く。
「縄……」
「はっ?」
衛兵は聞き返す。
「縄だよ。縄! 貸せ」
「は、はあ……」
言われるまま衛兵は縄を渡す。
そしてミスケスもまたアラドラに言われるまま、宗一郎を拘束しはじめた。
縛りながら、ミスケスは囁く。
「あんた、なんでこんなにあっさり捕まってるんだ?」
「ん?」
「だから、逃げようと思えば逃げられるだろう?」
「ふん。……簡単なことだ」
「はあ?」
「オレは何も悪いことをしていないからな」
「…………」
赤い瞳が大きく見開かれた。
次いで、身体をくの字にしながらミスケスは爆笑した。
「ぷははははは……。なるほどな」
ギュッと縄をきつく縛った。
「気に入ったぜ、あんた……。いつかやり合おう。だから、死ぬんじゃねぇぞ」
「お前もな。オーバリアント最強の冒険者」
「はっ……」
ミスケスは歯茎を剥きだしまた笑った。
衛兵に突き出す。
「そ、宗一郎!」
三度立ち上がったのはライカだった。
「心配するな。それよりも、そこの堅物副所長殿を如何に説得するか。フルフルが帰ってくるまでに考えておいてくれ」
「だが、宗一郎は……」
「ライカ。努々忘れるなよ。オレたちが今なにをなそうとしているのか……」
世界を救うこと。
そのために、オーガラストと再戦し、勝利すること。
「頼んだぞ、ライカ。お前だけが頼りだ」
「わかった」
胸が痛い。
宗一郎の言うとおり、心配することはないかもしれない。
アラドラがどんな牢獄を考えているかは知らないが、彼を閉じこめておけるものなど、早々ないからだ。
でも、離ればなれになってしまう。
それはライカにとって、耐え難い寂しさだった。
宗一郎の背中が人混みに紛れて消えるまで、ライカは見送り続けた。
契約者が捕まったその日。
フルフルはブラーデルを帝都に送り届けた後、帰路につき、ライーマードまであと1、2時間といったところまで迫っていた。
陽は既に没し、空にはたくさんの星々が瞬いている。
夜気を切り裂き、優雅に羽根を動かす。如何にも闇の眷属らしい姿だった。
「まったくもう――――最近のご主人は人使いが荒すぎッス」
しかし、その馬形の口から紡がれる言葉は、主に給湯室で繰り広げられるOLたちの愚痴――のような独り言だった。
「フルフルは悪魔ッスよ。悪魔なのに……ドラ○エでいうところのラ○ミア? 6つのオーブ的なものを集めたら乗れる便利な鳥じゃないんスよ。……まあ、あのシーンは“神”ッスけど」
なんかゲームの話をしていたら、プレイしたくなり、空中で身悶える。
「そもそもご主人、真面目すぎるッスよ。意識高いッス!」
拳をぐっと握りしめる。
「もっと不真面目でいいんスよ。あんな回りくどいことやらないで、とっととオーバリアントの王様になって、ハーレムエンドにすればいいんスよ。折角、魔術っていうチート能力があるのに。もったいないッス!」
ぐへへへ、と顎をだらしなく垂らし、フルフルは笑う。
「そして夢の性生活ッスよ。ご主人の肉○をあーしたり、こーしたりして。ふへへへ……。搾取するッスよ。白くて白濁――――」
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「そう……。女の子の悲鳴に囲まれながら、乱○陵○プレイとかもいい――」
あれ?
今、何か女の子の悲鳴が聞こえ、さらに遠ざかっていったような気がした。
だが、ここは高度にして3000メートル上空。モンスターが飛んでこられない安全空域。
現代世界ならともかく、オーバリアントの空に人がいるはずがない。
例外は、あの色違いのボーカロイドくらいだ。
しかもその悲鳴は、どこか聞き覚えがあるものである。
フルフルは前方を見つめる。
何か高速で動く物体が、どんどん遠ざかり、すでに豆粒ぐらいにまで小さくなっていた。
フルフルは強く羽ばたかせる。
一気にスピードを上げると、風を切り、あっという間に追いついた。
目を剥く。
やはり知り合いだったのだ。
錐もみ状になりながら、目をぐるぐると回している。
フルフルはぽりぽりと黒くなった鼻の頭を掻き、言った。
「何してるんスか? マフイラ」
ホント、何してるの?
明日も18時に更新です。
よろしくお願いします。




