第31話 ~ お前の方こそ、抜かないのか? ~
第4章第31話です。
よろしくお願いします。
どん――。
強く叩く音が、ライーマードのギルドに響く
皆が一斉に振り返った。
衛兵によって縄をかけられた宗一郎も含めてだ。
全員の視線の先にあったのは、美しい金髪の姫騎士だった。
真っ赤になった拳を、ギルドのカウンターにぶつけている。
「陛……下…………」
半ばおののきながら、ギルドの副所長アラドラは口を開く。
返ってきたのは、殺意を秘めた緑の眼光だった。
声をかけたアラドラだけではなく、その場にいる誰もが10代でマキシア帝国の頂点に君臨する少女の威圧に、気圧された。
「納得できるか!」
言葉は喉の奥で引き絞られ、そして打ち出された。
「宗一郎が魔女だと……。ふざけるな! 彼は勇者だ! オーガラスト討伐で多くの冒険者を救い、ダークエルフの調略を受けた我が帝国を救ってくれた。何より、彼はスペルヴィオとの戦いにおいて、我が身を助けてくれた」
「しかし、陛下……。現に彼が悪魔になったと証言する者が、この神官以外に2名存在しています。そんな荒唐無稽な話をするものが、同時期に現れるでしょうか」
どん――。
ライカは叩く。
今度はカウンターなどではなく、自分の胸を叩いた。
「あえて言う――。私はマキシア帝国第120代皇帝ライカ・グランデール・マキシアだ! 私の証言以上に、一体誰の証言を信じることができる」
「同じく帝国の皇女クリネ・グランデール・マキシアも証言します。……宗一郎様は悪魔なんかではありません」
クリネも加わり、一同を睨み付ける。
………………………………………………………………。
しん、と静まり返った。
ライカの言うとおりだ。
マキシア帝国女帝の証言ほど、有力なものはない。
マキシア――いや、オーバリアントにとって、それは金よりも重い言葉だった。
「ライ――――」
「証言に身分なんて関係ないって俺は思うけどな」
口を開きかけた宗一郎よりも、先に言葉を重ねたものがいた。
ギルドの奥の部屋からやってくる。
見るからに冒険者。しかしその容姿や背丈からして、ライカと同じかそれよりも低い年齢を思わせた。
炎のように伸び上がった赤髪、生意気そうにつり上がった瞳。身体はライカよりも小さいが、纏っている鎧は分厚く如何にも守備力が高そうな装飾が施されている。
一見、剣士のようにも見えるが、帯剣しておらず、手にも何も持っていなかった。
「それが公平――裁判ってものじゃないのか?」
ややきざったらしく口角を上げる。
「おお。ミスケス……」
名前を呼び、彼の登場を歓迎したしたのはアラドラだった。
ライカは眉をひそめる。
「ミスケス?」
「お! 俺の名前を知っているのか? そうだ。俺こそが――――」
「いや、知らん」
ズテン!!
ミスケスは盛大にずっこけた。
「クリネは知っているか?」
「お魚の名前にそんなものがあったとしか……」
「なんだよ、それ!」
「ともかくだ」
ライカは腰を落とす。その手を剣の柄にかけた。
「ミスケスだろうが、それがライーマードの総意であろうが、関係ない。宗一郎を拘束するというなら、押し通ってでも救いだしてみせる」
「右に同じですわ」
クリネは空間から花蕾の杖を取り出し、構えた。
いまだ地面に突っ伏したミスケスは、2人を見て、ゆっくりと立ち上がる。
黒いマントをバッと翻し、歯を見せ笑った。
「ほう。俺とやろうってのかい? 帝国のお嬢さま方よ」
「お嬢様と侮っていると痛い目を見ますわよ」
「そうだ。我々の戦歴とレベルを決して侮ってならんぞ」
その通りだ。
ライカのレベルは100目前。クリネに関しては、100を越えて、まださらに高いレベルにある。
そして戦歴はいうに及ばない……。
しかし、ミスケスという男は落ち着いていた。
常に笑みと余裕を見せている。
その態度は、慢心や驕りからくるものではない。
絶対的な自信――。
四捨五入すれば三桁におよぶレベルの2人を前にしても揺るがぬ、自分への信仰ともいうべき自信を漲らせていた。
「陛下。お引きになられた方がよろしいかと」
「アラドラ……。罪になることはわかっている。しかし、ここで退くわけにはいかない。宗一郎にはやってもらわなければならないことが山積しているのでな」
「いえ。老婆心でいっているのです?」
「……?」
「ミスケスは強いですよ。何故なら――」
「さあ、どうした? かかってこいよ。お嬢さま……」
アラドラが言葉を言い終わらぬうちに、姫騎士――マキシア帝国女帝に向かって、「来い」と合図を送った。
宗一郎は思う。
――こいつ…………。強いな…………。
空気が歪む。
心なしか室内の温度が上がっているような気がした。
汗が滴る。
その中で、ライカ、クリネ、そしてミスケスが睨み合う。
3人を取り囲むように衛兵、アラドラ、宗一郎が見つめる。
しばしの沈黙……。
破ったのは、ミスケスだった。
「どうした? かかってこいよ、お嬢さま」
「お前の方こそ、抜かないのか?」
「抜く? ……ああ、そういうことか」
何も持っていない両の手を見つめる。
「気にすることはねぇよ」
「…………」
「でも、まあ武器を持っていない相手に、斬りかかれないよな」
ライカはまだ細剣を抜いていない。
無手の相手に気を遣っているというよりは、おそらく自分の方から抜きたくはないのだろう。
こちらがきっかけを与えれば、その後の処理においてつけ込まれることになる。
「じゃあ、まあ……。戦いやすいようにしてやるよ」
ミスケスは床を蹴った。
――速ッ!
ロイトロス――とまではいかないが、身体を能力をフルに生かしたスタートダッシュ。
あっという間にライカとの距離を埋めてしまう。
だが、驚嘆すべきはここからだった。
ミスケスは疾走しながら、腕を地に対して水平に掲げた。
そして――。
「召喚!!」
と叫ぶ。
【闇の剣】ズフィール!!
右手の漆黒の剣――。
【光の剣】ラバーラ!!
左手に光り輝く剣が、顕現する。
「まさか【魔法剣】のスキル!!」
叫声を上げたのは、クリネだった。
驚きのあまり1度体勢をひいてしまう。
【魔法剣】――。
現代世界のゲームでもおなじみともいえる人気スキル。
だが、オーバリアントにある数々のジョブの中で、【魔法剣】のスキルを与えられるものは、1つしかない。
ソードマスター……。
戦士や剣士のスキル。加えて、魔法士の魔法を使用できる――スペルマスターに並ぶ――実質、最強のジョブ。
非常に希少なジョブであるが故、宗一郎が見たのはこれが初めてだった。
それはライカも、クリネも一緒だ。
しかし、迎え討つライカも物怖じする様子はない。
姫騎士とて、ソードマスターに勝るとも劣らないステータスを持つ。
剣士のスキルと、神官の神秘を扱うことが出来る希有なジョブなのだ。
ミスケスは闇と光の剣を交差させる。
「はっ!」
振り払うように宙を斬った。
衝撃波がライカに迫る。
女帝は冷静に回避する。後ろのテーブルと席が吹き飛んだ。
怒りを露わにしたライカだが、ミスケスを油断ならない人物だとわかって、逆に頭が冷めたらしい。
オーバリアントの討伐の時にも思ったが、普段こそ激情家に見えるが、こと戦闘に関しては感情に流されない強い理性が、ライカにある。
その理性こそが、マキシア帝国女帝という肩書きにあっても押しつぶされない強靱な精神力の源といえるかもしれない。
初撃こそかわしたが、まだミステスが走ってくる。
ライカはようやく剣を抜いた。
2人は交錯する。
鋭い剣戟の音が、ギルドの窓をびりびりと震わせた。
それぞれ攻撃を放った姿勢のまま固まる。
先にうずくまったのはライカだった。
咳き込みながら、吐瀉物を吐き出す。若干、血が混じっていた。
対してミスケスは涼しい顔だ。
顕現させた【魔法剣】を消滅させる。
黒マントを翻させ、ライカに向き直った。
何が起こったのか、わからなかった。
唯一目で追えていたのは、宗一郎だ。
最初に攻撃したのはライカだ。
細剣をのど元に向かって突き出す。当たれば致命のボーナス。
当然、ミスケスは1本の剣で払う。
音が鳴ったのはこの時――。
ライカはすぐに剣を引く。
最初の一撃は、嘘剣だったのだ。
ロイトロス並の連撃で、今度は脇を狙う。
だが、先に攻撃したのはミスケス。
もう1本の剣を振りかざす。
【闇の剣】の攻撃をライカはぎりぎりでかわし、さらに懐に入る。
――つもりだった。
が、その前に剣が伸びる。
それは剣の鋭さのことをいうのではなく、単純に剣長が伸びたのだ。
慌てて、上半身だけを引き、顎ギリギリをかすめて回避。
この時、ライカの2撃目が完全に死んだ。
体勢が不十分となり、後退を余儀なくされる。
ミスケスは逃さない。
さらに1歩前に出る。
【光の剣】を消滅させて、拳を相手の腹に突き刺した。
強い衝撃を受けて、ライカは前傾させたまま前に進む。
ミスケスも拳を抜き、前へと流した――というわけだ。
その間、わずか1秒半。
濃密な攻防の末、姫騎士ライカは敗れ去った。
サブタイの後ろに「(意味深)」ってつけたいけど、やめました。
明日も18時に更新します。
よろしくお願いします。




