第30話 ~ あなたには、魔女の嫌疑がかかっております ~
第4章第30話です。
よろしくお願いします。
「らあああああああ!」
ショートソードを構えた冒険者が突っ込んでくる。
おそらく戦士――装備からすると、軽戦士だ。
軽いフットワークでフェイントを入れ、宗一郎の利き手側に回り込む。
凶刃が脇腹を向いた。
無手の宗一郎はタイミングを見計らい、一歩退く。
ショートソードの切っ先が目の前を通り過ぎると、男が前のめりになる瞬間、顔面に掌底を合わせた。
もろにくらった軽戦士は「あ」とうめき、そのまま昏倒する。
まずは1人……。
だが、安心するのは早い。
背中に殺気が膨れ上がるのを感じる。
反射的に右側に回避する。
グレートアクスを持った男が、飛び込んできた。
そのまま唐竹に斧を落とし、ギルドの床を突き破る。
「ふっ」と息を吐き、2歩だけ下がる。
もう少し距離を取りたいが、すっかり囲まれていた。
「宗一郎!」
ライカは悲鳴じみた声を上げる。
「近づくなよ。どうやらこいつらの狙いはオレらしい」
「しかし――!」
「オレを誰だと思っている」
「わ、わかった」
宗一郎のレベルはたったの「1」。
しかし帝国最強の男を圧倒し、最強のモンスターを引き裂き、そして異世界の達人と渡り合ってきたのだ。
今更、冒険者に遅れを取るわけにはいかない。
目で数を確認する。
4人……。いや、すでに倒した人間もいれて5人か。
この際、アラドラも警戒するべき相手とみるべきかもしれない。
宗一郎はステータスを見る魔法を習得していないのでわからないが、雰囲気からして高レベルであることに間違いない。
が――何度も言うが、遅れを取るわけにはいかない。
自分に敗れてきたものは、この何倍も強かったのだ。
4人の中に、魔法系の攻撃があるのは神官1人。
ここはギルドの中だ。攻撃魔法は使わないだろう。問題なのは補助魔法だ。
じりじりと4人の冒険者は詰め寄ってくる。
先制したのは、先ほどの斧使い。重戦士かと思ったが、装備が軽装であることから、狂戦士だろう。
雄叫びを上げながら、がたいのいい狂戦士は再び斧を振り下ろす。
振りは速いが、予備動作が大きい。
宗一郎はやすやすとかわす。
再びギルドの床がえぐられる。木の板の飛沫が顔にかかり、右目の瞼を一瞬閉じる。
それを狙っていたかのように、狂戦士の背中から女シーフが飛び出した。
ナイフを投擲する。
宗一郎は慌てない。
因果律の魔術を駆使し、外す結果を引き当てる。
必中を予感していたのだろう。
女シーフの顔に驚きと疑念が浮かぶ。
隙を見逃さない。
まずは狂戦士の懐に飛び込む。見事、顎の下を征すると、掌底を打ち上げた。
意識を刈り取られ、巨体がお尻をついて倒れる。
さらにシーフを狙い、前傾姿勢を取ろうとした瞬間、宗一郎は足を止める。
目の前に、矢が飛んでいく。
ビィンと鋭い音を立てて、ギルドのカウンターに刺さる。
木のカウンターから煙のようなものが吹き出し、木を溶かした。
――毒か……。
硫酸とかそういう類いのものだろう。
――こいつら……。ゲームでいうところのPKといったところか……。
冒険者もやりながら、裏家業もこなす。
以前、人身売買を行っていた商人に雇われていた暗殺者と似たようなものだ。
身なりと、血の匂いがしないので、つい反応が遅れた。
「おい。こいつの捕獲が目的だぞ。毒はしびれ薬程度にとどめておけ」
「そうだったな」
5人の中で一番の年長らしき剣士が、横の弓使いをたしなめる。
弓使いは「けけけ」と気味悪い笑みを浮かべながら、次弾の鏃を拭き取る。そして宗一郎に向かって構えた。
「心配するな。オレに弓はきかんぞ」
「挑発のつもりかよ」
弓使いは矢を放つ。
宗一郎はまたもかわし、逆に突っ込んでく。
だが、弓使いは2本弓を持っていた。次弾をつがえ、構えを取る。動作が洗練され、速い。
狙いをつけ、放つ。
必中の距離――。
それでも宗一郎はかわす。
いや、むしろ矢が逸れた。まるで神のいたずらのように……。
「な――」
驚く間もなく、弓使いの腹に拳が突き刺さっていた。他の2人と同様に昏倒する。
あっという間の出来事に、隣の剣士の反応が遅れる。
慌てて剣を構え、横薙ぎに振るう。
宗一郎は大きくかがみ、距離を詰める。足を払う。剣士の体勢が崩れると、顔面を打ち抜いた。
これで3人目。
残ったのは、女シーフと冴えない男性神官だ。
「私が行く。あんた、足を止めて」
女シーフは指示すると、神官は黙って頷いた。
先手は神官の言霊だった。
【束縛の神秘】プロス!
床から魔法で出来た鎖が現れる。
宗一郎はぼけっと見ていたわけではない。
自分にかけられるのは初めてだが、見るのが初めてというわけではない。
【運】のステータスによって、判定確率が変動する神官の秘技。
神官のレベルは知らないが、初期レベルの宗一郎よりも数倍高いことは間違いない。判定確率は、もはや必中に近い精度だろう。
しかし、宗一郎は回避する。
「なんで?」
神官は思わず声を上げた。
その時にはすでに、女シーフが宗一郎に向かって飛び込んでいた。
繰り出される短刀を余裕を持って回避。さらに細腕を取る。そのまま背負い込むと、一気に地面に叩きつけた。
頭と背中を強打した女シーフはそのまま意識を失った。
宗一郎は立ち上がり、一旦スーツの袖と襟元をただした。
残った神官に眼光を向ける。
あまりの覇気におののいたのか、ぺたんと尻をつけた。
カチカチと歯を鳴らし、震える指先を宗一郎に向ける。
眉間に皺を寄せた。
神官の様子がおかしい。
圧倒的な武力に恐怖しているというよりは、まるで化け物でもみるかのように、目を見開き、血走らせていた。
ついには口から泡を吹き、纏っていた神官ローブに黒い染みのようなものが広がった。
「やっぱりだ……」
ようやく声を絞り出す。
ライカもクリネも注視する中、神官は叫び始めた。
「俺は見たんだ!!」
「……?」
「こいつが……。こいつが悪魔になる姿を!! 悪魔になって、あのオーガラストを圧倒するところを見たんだよ!!」
神官は狂ったように叫び続けた。
「…………」
宗一郎は沈黙する。
黙って男性神官の言葉を聞いていた。
「宗一郎が悪魔だと? そんなことはない!」
ライカが弁護するが、宗一郎にはわかっていた。
オーガラストと戦った際、ベヒモスの力をすべて自分の身体に降霊させた。
あの時、ライカを含めた冒険者たちはみな気を失っているかと思っていたが、目撃していたものがいたのだ。
うかつだったかもしれない。
もちろん、切羽詰まっていたのもある。
だが、ライカを傷つけられ、冷静さを失っていたのは否定できない事実だった。
「スギイソウイチロウ様……。あなたには、魔女の嫌疑がかかっております」
「な――――」
声を上げたのは、ライカだ。横でクリネも口を開けて驚いている。
「確認のためにご説明いたしますが、このオーバリアントには【魔女】といわれる存在が2つあります。1つはダークエルフ。そしてもう1つが、強力無比な力を持ち、それを制御できない人間のことを指します」
「…………」
「こうした存在は、どの国においても罰則の対象となります。むろん、この商人自治区であるライーマードも例外ではありません。そして求刑される刑罰はみな死罪です」
「随分と極端だな」
「これまでそうした存在は、幾度となく国や世界に脅威を与えてきました。99を守るために、1を切り捨てるのは仕方ない処置なのです」
「しかし、そこの男の証言だけで決めていいものか?」
「故に裁判が行われ、慎重に審査されます。それまであなたには猶予が与えられるでしょう。拘留はさせていただきますが……」
――現代世界にあった魔女裁判と同じか。
オーバリアントではどのように行われるかは知らないが、元いた世界からすれば野蛮で原始的なものかもしれない。
問題は宗一郎が悪魔になったということが、事実であるということだ。
「ご納得いただけましたか? これ以上、乱心するのであれば、裁判での心象が悪くなります」
「わかった」
宗一郎は手を挙げる。
ギルドに衛兵が入ってくる。
「スギイソウイチロウを、悪魔になった罪で無期限の拘留。後に魔女裁判を行い、追って沙汰を下すものとする」
と高らかに宣言した。
本来なら、魔“男”なわけですが、ここではわかりやすく魔“女”にしました。
明日も18時になります。
よろしくお願いします。




